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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、魔笛を吹く

 死んでしまえば、巨大鮫の修復機能は働かない。

 レオたちは、その身体から素材を剥ぎ取った。


「肝油と脂身と皮、ヒレ……あとは歯か。深海鮫の肉は需要がないから置いていこう」

「レオくん、目玉が暗視アイテムの材料になるから取り忘れないで。エルドワ、魔石の場所だけ教えてくれる? 噛み付くと脂にまみれるから危ないよ。おじさんに任せなさい」

「アン」


 大きな身体を解体するには慣れた2人でも一苦労だ。

 それが済むのを待っている間、ユウトは周りに落ちたドロップアイテムを探している。ひとりだと心配だが、すぐにそこにエルドワが合流したから、特に問題はないだろう。


「ええと、これと、これ……。ん? 何だろ、小さい宝箱みたいな……」

「ユウト、どうした? 何か見付かったか」

「うん。そっちに持っていくね」


 少し離れたところで首を傾げている弟に声を掛けると、子犬を伴ってすぐに近くにやってくる。

 とりあえず必要な素材だけは取り終えたレオとクリスは、ユウトが持ってきたアイテムを覗き込んだ。


「まずはこれ、指輪。小さな宝石が3つ填まってるけど……何の効果かな?」

「こういうのは鑑定するまで置いておこう。水中呼吸あたりが付いてるとラッキーだが」

「場所柄や深度的にはありえる効果だね。そっちの可愛い巾着袋は?」

「酸素キャンディの詰め合わせです」

「へえ、初めて見た。その巾着にも何か付加効果があるのかな? それも鑑定してもらうと面白いかもね」

「最後に、この箱なんだけど……何か貴重品っぽいよね?」

「そうだな。宝石箱みたいに見えるが。開くのか?」


 ユウトが拾ってきたのは、巨大鮫の体格に似合わないドロップ品の小物3つ。その最後に差し出されたのが、何だか豪奢な小箱だった。


「怖いものが出てきたら困るから、まだ開けてない」

「うん、賢明な判断だね。じゃあ危ないから私が開けよう」

「……あんたは何でそう危険なことを進んでやりたがるんだよ」


 躊躇いのない男に呆れたように言うと、彼は屈託なくにこりと笑った。


「前途洋々たる若者に何かあったら大変だろう? いらない痛みは背負わなくていいんだよ。その点、私は冒険者としては先が短い立場だからね。何のしがらみもないし」


 ……クリスはその前途洋々たる若者時代にアホ化と夜の頻尿に悩まされつつ女性として生きてきた分、達観しているようだ。

 だがもう少し、自分を大事にしてもいいと思うのだけれど。


 しかしこちらが何かを言う前に、彼はユウトから小箱を受け取って開けてしまった。


「……おや、これは魔笛だね」


 とりあえず開けた途端に呪われたり、爺さんになったりするものではなかったようだ。それにひとまず安心してから、クリスが取りだしたアイテムを確認した。

 それは、筒状の魔法金属を加工した笛だった。


「クリスさん、魔笛って何ですか?」

「特定の魔物を呼び出す笛だよ。呼び出される魔物は基本的に、ゲートのランクより上の激強モンスター、稀少ですぐ逃走するレアモンスター、出てきた途端に問答無用でこちらを地上に転移させるカエルモンスターの3つのうちのどれかだ」

「魔笛は、吹いてみるまで何が来るか分からんからな……。このまま無視してもいいんだが」


 レオはそもそも、そういう不確定要素を含むアイテムは好きじゃない。だから特に笛を吹く必要性を感じないし、地上に戻されたりしたらまた65階から入り直すのが面倒臭いという気持ちの方が勝る。

 魔笛はどうせこのゲートでしか使えないアイテムだ。放っていってもいいだろう。


 ……と兄は思ったのだが。

 こういうのには弟が食い付くのだ。


「カエルモンスター……見てみたい……! クリスさんは魔笛を使ったことあるんですか?」

「あるよ。激強とカエルしか出たことないけど。カエルは緑のアマガエルで、葉っぱの傘を持ってる。エルドワと同じくらいの大きさかな」

「ええ~、何か聞いただけで可愛い! 出ないかなあカエル」


 待て、何でよりによってカエルに食い付く。

 一度ゲートを出たら正直、今日はもう入って来る気がなくなるんだが。おまけに再突入となると、この甘ったるい酸素キャンディを1・2個多く食べなくちゃならなくなる。激強モンスターの相手をするより苦痛だ。


「ねえ、レオ兄さん。魔笛吹いてみてもいい? 駄目かな?」


 しかし小首を傾げたユウトに上目遣いでお願いされると、非常に弱いレオだった。


「……仕方ないな」

「やった! ありがと、兄さん!」


 ぱあ、と喜ぶ可愛い弟の笑顔には逆らえない。うん、仕方ない。

 レオの心情の変化を隣でみていたクリスは、それに忍び笑いを漏らした。


「ふふ、2人とも可愛いねえ」

「……俺を含めるな。ユウトが可愛いのは当然だが。……あんたも、とりあえず戦う準備はしててくれ」

「はいはい。まあ、魔笛で何が来ても問題はないよね。でも、ユウトくんが望んで吹くならカエルの可能性が高いかな? おそらく使用者の幸運値も加味されていると思うから」

「……カエルだったら今日の攻略はもう切り上げるぞ。一度出るとやる気が失せる」

「それもいいかもね。私も早く帰ってこの微妙に残る脂のギトギトをきれいに洗い流したい」


 おおらかなクリスは、魔笛でどれに当たっても気にしないようだ。

 レオもユウトのすることなら、結局受け入れる。

 きっとカエルが出たなら弟はとても喜ぶだろうし、そんな可愛らしい姿を見れれば兄も嬉しいのだ。だったらそれでいい。


「じゃあ吹いてみるね! せーのっ」


 ユウトはワクワクとした様子で笛をくわえた。

 そのまま息を吹き込むと、甲高い音が周囲に鳴り響く。

 さて、何が来るのだろう。


 3人と1匹は、周りの闇の向こう側に意識を向けた。


「……何か来てる?」


 気配にまるで鈍感なユウトが、変化のない景色に首を傾げる。それに対して最初に答えたのはエルドワだった。


「アンアン! アン! アアン、アン!」

「あれエルドワ、何かいるっぽいの?」


 子犬が何かを訴えている。その前足が指す方向に、レオとクリスも意識を向けた。

 ……確かに、何かいる気配がある。


「ふむ……これは、激強モンスターではないね。殺気や強い魔性を感じない」

「やはりカエルか?」

「いや、気配が違う。スピードも遅いし……もしかするとレアモンスターの可能性があるかも。確率的には1%未満だけど、出ないわけじゃないからね」

「カエルじゃないのかあ……」


 それを聞いていたユウトが少しだけ残念がる。しかし、もしレアモンスターなら、カエルなんて比べものにならない幸運だ。当然素材もドロップアイテムも、その稀少性は極めて高い。


 引き続き気配を探っていると、やがて闇の中からうっすらと光を跳ね返す長細い魔物が姿を現した。

 ひらひらと長い背びれと胸びれを動かす、ゆったりとした泳ぎが印象的な、どこか神秘的な魔物だ。

 それが光の下に完全に出てきたところで、クリスが目を丸くした。


「こ、これは、もしかして『バンマデンノツカイ』……!? 嘘だろう、超激レアモンスターじゃないか……!」

「出現が珍しい魔物なんですか?」

「もちろんだよ! 私も当然初めて見るが、過去の文献でも数度しか登場しない幻のモンスターだ!」


 ユウトが訊ねると、クリスは興奮気味に説明する。


「目撃例は極端に少なく、討伐事例は皆無という超絶激レアだよ。まさかこんな魔物が来るなんて……ユウトくんの幸運値はものすごいな」

「激レアねえ……。こいつ、ずいぶん緩慢な動きだが、攻撃はしてくるのか?」

「いや、過去に誰かが攻撃を受けたという報告は一切ない。ゲートのヒエラルキーから外れた存在ではないかと言われているが……」


 転生をするためにゲートにいる魔物とは、存在が別物ということだろうか。

 まあ何にせよ、攻撃を仕掛けてこないなら、動きもトロいし楽に倒せそうだ。


「まあいい。せっかくだから討伐しよう。ユウトが呼び出したのだし、このまま逃がすのももったいない」

「どうだろう、いけるかな。バンマデンノツカイは攻撃回避率が異常に高く、だからこそ目撃されても討伐例が一度もないんだ。魔笛による誘引作用が解けて離脱されたら、海溝の奥深くにあるという巣に戻ってしまうまでに倒せるかどうか……」

「攻撃回避……魔法も駄目なのかなあ?」

「おそらく攻撃全般に対して回避するんじゃないかな。何かしらの攻撃が当たるなら、一度くらいは倒されているだろうし」

「……それは面倒臭いな。ま、逃がしたら逃がしたで構わん。わざわざ追う必要もないだろう」


 本来なら出会うこともなかった魔物だ。その素材が役に立つかも分からないのだし、深追いする必要もない。

 レオはそう割り切って、この明かりの届く範囲でだけ戦おうと考えた。それで倒せなければ粘ってもしょうがないから見逃そう。


 しかしそう決めたレオに、ユウトが思わぬ言葉を告げた。


「……レオ兄さん。精霊さんが、バンマデンノツカイの素材で魔界の瘴気の影響を受けなくなるアイテムが作れるって言ってる」

「……何だと?」


 どうやら、バンマデンノツカイは倒さなくてはいけないらしい。


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