弟、ルアンとクエストを受ける
とうとう明日は感謝大祭だ。
大通りはすでに馬車の往来が止められ、ずらりと並んだ屋台と露店が公園まで続いている。
いつもは静かなリリア亭も満室で、常連だという商人や旅人たちが出入りしていた。
食事の時間が終わっても談笑で賑やかな食堂。その横を通り抜け、ユウトは表に出た。
「ユウト、こっち!」
「ルアンくん、お待たせ」
今日は大通りの時計塔のある場所でルアンと待ち合わせていた。
遊びに行くわけではない。やることがないからレオに許可をもらって、ルアンと2人で街中での雑用クエストを受けることにしたのだ。
しかし2人で受けるとはいえ、ユウトが冒険者ギルドに行っても何の役にも立たないことは分かっていたから、ルアンがひとりで依頼を手配してきてくれた。ありがたいことだ。
「今日は付き合わせてごめんね。兄さんが1人でクエスト受けるの許してくれなくて」
「いいよ。オレも雑用クエストはランクアップのためにやらなきゃいけないことだったし。親父とだと力仕事の依頼ばっかでさ、オレあんまり役に立てないから、たまには違う依頼受けてみたかったんだよね」
「内容はルアンくんに任せちゃったけど、何の依頼受けてきたの?」
この時期どういうクエストがあるのか分からないから、受ける依頼の中身はルアンに一任していた。一体どんなものにしたんだろう。
「何か、男女2人のパーティ限定ってやつ。ランクCだからそれほど難しいことじゃないと思うけど」
「男女2人で限定?」
「公園の近くにある高級菓子の店知ってる? そこの依頼なんだ。休憩にお茶とお菓子が付くらしい」
「あ、その店知ってる! リリア亭に来てる商人の奥さんにそこのマカロンもらったけど、すごく美味しかった!」
「オレもユウトも甘い物好きだし、いいかなと思って。面接ありってあったけど、窓口で母さんに聞いたら『ユウトくんとなら大丈夫』って言われた」
「面接かあ。何するんだろ」
少し緊張するけれど、力仕事でなければどうにかなる。休憩のお茶とお菓子も楽しみだし、ルアンもいるのだから問題ない。
ユウトたちはさっそく依頼をくれた菓子店へ向かった。
仕事内容は、簡単に言えば店頭での菓子の試食品配布だった。
明日の感謝大祭から販売を始めるチョコ菓子の事前宣伝だ。男性向けのビターと女性向けのミルク。男女2人に依頼したのは、その2種類をアピールするためだった。
「あら、冒険者だから期待してなかったけど可愛いじゃない。あなたたち2人とも、お菓子が似合いそうだし良いわね。男の子にもうちょっと身長欲しいけど、問題ないわ、採用!」
面接と言っていたけれど、店長の女性は1分とたたずに採用を決めてしまった。
「午前は10時から1時まで、そこから1時間休憩を挟んで午後は2時から5時までね。休憩は軽い食事とお菓子を用意するわ」
「わ、やった! ありがとうございます!」
「これでランクC? すごく条件がいい気がしますけど」
「もちろん、その分頑張ってもらうわよ。何があっても笑顔は絶対! この時期はよそ者も多いし昼でも酔っ払いがいるから、絡まれても上手くいなしてね。そのために冒険者に依頼したんだから。特に女の子に触ってくる男が必ず出るから、気を付けて」
「そ、そんな不届き者が……」
最初は楽すぎると思った仕事だが、なるほどそれは由々しきことだ。ルアンは大丈夫だろうか。
気にしてちらりと彼女を見たが、しかし本人はいたって平気そうだった。
「じゃあ、これ衣装。それぞれ着替えてきてね」
「はーい」
「分かりました」
受け取った衣装を持って、それぞれ別々の部屋で着替える。
……そこで、今さらルアンが平気そうな顔をしていた意味を知った。
「て、店長さん! これ間違ってる……!」
「え? 何が?」
「ぷくく、オレはこうなると分かってたけどね」
何故かユウトの方に膝丈のエプロンドレスが渡されている。もしかしたら最初から奇を衒ったのかと一応袖を通してみたが、店長の反応を見る限りナチュラルに間違っているようだった。
一方ルアンはギャルソンのような格好を上手に着こなし、美少年の様相になっている。髪の毛までセットして、こっちはご満悦だ。
「衣装が逆です! 僕が男で、ルアンくんが女の子ですよう!」
「はっ? え、マジで? 私何の疑問も抱いてなかったけど」
「いいじゃん、ユウト。それめっちゃ似合ってるって。オレおっさんに触られたら絶対ぶっ飛ばしちゃうし、ユウトの方が堪え性あると思うんだよね」
「うぐ……確かに、これをルアンくんが着ると、痴漢にあっちゃうかも……。だったら男の僕が代わりになる方がマシか……」
こんな格好したくはないが、年下の女の子が痴漢被害に遭うくらいなら我慢するべきだろうか。
そうだ、高校の学祭でもメイド服を着せられた。それと似たようなノリだと考えれば。
「わ、分かった……このままでいく。でも店長さん、何か変装できるようなものありませんか。さすがにこのまま店頭に出るのは恥ずかしすぎる……!」
「あ、だったらウィッグがあるわよ。大祭での仮装用に買ってあったのよね。そうだ、少しお化粧もしましょうか。……はぁ、綺麗な肌してるわね~。これで男……」
セミロングのふんわりとしたカールのかかったかつらを着けられ、色つきのリップと薄いチークを乗せられ、淡い色のアイシャドウに軽くアイラインを引かれる。
それだけで、一見ではユウトと分からないくらいには変わった。
あとは、これは仕事なのだと自分に言い聞かせてやるしかない。
「うわあ、ユウト可愛い~! これ、ウチの母さんが見たらきゃあきゃあ言うぞ。お前の兄貴にもどんな反応するか見せてみたいな」
「レオ兄さんは見たくないんじゃないかな……。以前学校の祭りで似たような格好したの見られた時、いきなり兄さんの眼鏡がパーンって割れたし。あれ、びっくりした」
「……そのお兄さんの眼鏡が割れたのは多分、意味が違うと思うけど……。それにしても、全然違和感ない美少年美少女だわ。これはいける」
菓子店の店長は満足げに頷き、運搬用の二段ワゴンに乗せた試食品を持ってきた。
「こっちのトレイが女性用のミルクチョコのお菓子。これは男の子の格好してる君が持って配って。そっちは男性用ビターチョコのお菓子。こっちは女の子にしか見えない君が配ってね」
「うう、せめて名前で呼んで下さい……」
「ほら行くぞ、ユウト! 休憩まで頑張ろうぜ!」
意気揚々と行くルアンに連れられて、ユウトは少し重い足取りで店の外に出た。
「明日から発売の新作菓子でーす! ご試食いかがですか?」
公園に近いこともあり、店の周りにはずいぶん人がいる。明日の大祭を前に下見にきた観光客や冒険者が、興味ありげに覗いてきた。
やはり女性の方がお菓子には惹かれやすいようで、ルアンの方はすぐに人が集まる。
ユウトの方にも少しは寄ってくるのだが、どちらかというとお菓子よりもエプロンドレスに惹かれているようだった。
確かに、これを女の子が着てたら可愛いもんね。でも男なんですすみません。
「甘いお菓子が苦手な男性にもおすすめ、ビターなチョコ菓子です。ご試食いかがですか」
とりあえず、笑顔で声を掛ける。寄ってきたうちの何人かが試食に手を出してくれた。
理由はどうあれ、食べてくれればそれでいい。美味しいのは間違いないのだ。これをきっかけに店の味を知ってもらう、それこそが今回店長がユウトたちを雇った目的なのだから。
ただ、じろじろと眺めるだけで菓子に興味のない連中もいる。どこかに行ってくれないかなあと思うけれど、こういう輩は言うだけ無駄だ。
やはりルアンにこちら側をやらせなかったのは正解だったかも、とユウトは内心でため息を吐いた。
「君、可愛いね。この店で働いてる子?」
「いえ、今日だけのお手伝いです」
「明日の感謝大祭、一緒に回らない?」
「すみません、先約があるので」
あなたが今口説いてるのは男ですよ。
そう言えたら、一発でこの人たちは散ってくれるのだろうけれど。
辟易した気分で笑顔を作る。
それでも最初に懸念されたような痴漢が現れないのは救いか。今のところ、触られたりスカートをめくられたりという被害はない。
ただ、時折手を押さえて去って行く男や、いきなり指から血を流す男がいたのが不可解だったが。
そうしてそれほど問題なく試食品を配っていた時だった。
不意に公園の方から大きな声で演説をする声が聞こえてきた。
それに周囲の客たちが眉を顰める。
「うわ、あいつら、こんなとこまで来てるのか」
「わざわざ感謝大祭の場所を狙って来るなんて、当てつけがましいわ」
「しばらく他のとこ行こうぜ」
さっきまで少し浮かれ気味だった場の雰囲気が重くなった。それに伴い、付近の客が明らかに減る。
ざわめきが遠くなり、その演説の内容がユウトの耳に届いた。
「ライネルは国王の器にあらず! 実父を殺し、弟を殺し、王位を簒奪した逆賊なり!」
どうやら、国王を糾弾しているようだ。
ライネルというのは国王の名前か。
「あー、反国王派のお出ましか」
隣でルアンが顔を顰めた。
それと同時に、店内から店長が出てくる。
「はあ……あれが始まっちゃったらしばらく駄目だわ。2人とも、少し早いけど休憩にしましょ。1時間もしたら終わるだろうし」
「はーい」
指示を受けるとルアンがワゴンを引いて店内に戻って行った。
ユウトも試食の看板を一旦下げて、店内に入る。
そしてそのまま案内されてスタッフルームに向かった。
「ウチの特製サンドウィッチと、これ看板商品のガトーショコラね。飲み物は紅茶でいいかな?」
「はい、ありがとうございます」
「わあああ美味しそう!」
さすがというか何というか。
パティシエが作ってくれたのはチキンと野菜のサンドウィッチと、フルーツサンド。どちらも見た目からして素晴らしく美しい。ガトーショコラは言わずもがなだ。
2人は頂きますと手を合わせると、あっという間に食べきった。
「めちゃウマだった……紅茶もいつも飲んでる安物と違う~」
「これだけでも依頼を受けた甲斐があったね。この格好は想定外だったけど……」
「いや、ユウトすげえ可愛いよ。大丈夫、誰も男だなんて気付かない」
「それはそれで微妙……」
少しへこんだ気分で、ユウトは話題を変えた。
「ところでさ、さっきの外の演説、何? 国王様って嫌われてるの?」
「んーん、ライネル国王陛下は国民にめっちゃ人気あるよ。ただ、一部に強力なアンチがいるんだ。まあ、やり方が強引なとこあるから」
「強引?」
「ユウトは遠い国から来たんだっけ? まだ何も知らないんだな」
「うん。その、ライネル国王ってどんな人?」
訊ねると、ルアンは首筋に手をやりながら、んー、と記憶を探るように唸った。
「まだ若くてさ、確か30歳くらいだったかな? 見た目は穏やかで優しそうな人だよ。んで、イケボ」
「イケボ……」
「そう。すげえ良い声だから、この大祭みたいに直接お出ましになって話をする時、女の人詰めかけんの」
イケボの優男。それは女性人気が高そうだ。
「でもさっき、実父と弟を殺して王位を簒奪、とか言われてなかった? 全然穏やかな感じしないんだけど」
「ああ、うん。そこが反国王派の突っ込みどころなんだ。前国王……ライネル様の実父だけどさ、それを攻め殺したのは間違いないから」
「実のお父さんを攻め殺すって……何で? 嫡男なら、そんなことしなくてもそのうち王位継承されるのに」
「まあ、王家には色々問題があってさ」
紅茶を飲みながら、ルアンはエルダール王家の概要を教えてくれた。




