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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、サメの口から足が出ているのを見付ける

 巨大鮫メガロシャークは体表を脂身の防護層で覆われているようだった。

 血も出ないということは、レオたちの攻撃はそもそもその身体の内部には到達していないのだろう。


 剣による切れ込みを入れても、大きな身体全体に掛かる膨大な水圧が脂身を押すことで、刃を左右から挟み込む力に変換される。さすがに何トンもの力で剣筋を阻害されれば、レオやクリスでもそれを振り抜くことは困難だ。


 同じ傷に何度かアタックすればいつかは断ち切れるかもしれないが、すぐに脂が出て修復されてしまい、それもままならない。

 こんな奴、一体どうやって倒せばいいんだ。


「レオくん、ちょっとサメの相手しててくれる? 外からの攻撃はやっぱり無理そうだから、中から行ってみる」

「……中から?」

「巨大鮫は燃費が悪い魔物でね、おそらくすぐにガス欠になる。だから次の餌に仕掛けをしてみようと思って」


 そう言うと、クリスはポーチから水中爆弾を取り出した。それを隣の死骸の山に隠し入れる。

 なるほど、身体の中からダメージを与えるのか。

 彼が餌となる死骸をいくつかに分けて置いたのは、一度に大きくエネルギーを補給させないためと、食事という隙を作るため、そしてこうして討伐方法を探るためだったのだろう。


 レオはサメの気を引くために無駄にその身体を切りつけた。そのたびに巨体を振って反撃を仕掛けエネルギーを消費する敵を、次の餌へと誘導する。


 やがて巨大鮫の動きが鈍くなり、そのタイミングを見計らって、レオは敵から距離を取った。


「よし、餌を食いに行ったな」

「少しは効いてくれるといいんだけど」


 レオもクリスも、これで倒せるとは思っていない。

 しかしここでダメージが通れば、討伐のヒントになり得るのだ。

 2人はサメの動きを注視した。


 巨大鮫は再び燃料を補給するため、大きな口で爆弾入りの死骸の山に齧り付く。

 途端に、その口の中で爆発が起きた。

 ドン! という大きくもくぐもった音と共に、衝撃波が伝わる。


 激しく周囲の水流が乱れるが、水中歩行のおかげで水圧の揺らぎに身体が翻弄されることはない。それでも爆発の勢いで吹き飛んできた石や魚の骨に難儀する。地底の砂が舞い上がって、視界が塞がってしまったからだ。


「っ、みんな、平気か!?」


 辛うじてまだ見通せる後ろを振り返ると、エルドワがユウトの方に飛んできた石を上手に足で弾き返しているのが見えた。とりあえず彼らは大丈夫なようだ。


 ただ、隣にいたはずのクリスの気配が消えた。

 何か不測の事態が起きたわけではない。彼が自分で気配を消したのだ。


 そして、離れたところにいるサメが暴れ出したのが分かった。

 今し方まで爆発のショックで動きを止めていたようだったが、これはもしかして。


 レオはまだ濁ったままの海水の中を、警戒しながら敵に向かって進んだ。するとまもなく水の濁りがない場所に出る。

 ようやく取り戻した視界の中、小さなクレーターのできた爆発の中心地では、巨大鮫だけが苦しげに悶えていた。

 おかしい、クリスがいない。


 ……いや、ちょっと待て。

 サメの口の中から、足が見えるんですけど。


「ちょ、あんた、何やってんだ!」


 攻撃ではなくただ暴れる巨大鮫、その無軌道な動きに気を付けながら近付いて、素早く足を掴んで引っ張り出す。

 当然だが出てきたのはクリスだ。

 全身脂でギトギトになっている。


「……あー、レオくん、助かった。ごめん、この紐引っ張ってくれる?」

「……何だ、これは」


 クリスはずいぶん弱った様子でレオに紐の端を渡した。それはサメの口内に繋がっている。


「先端にツヴァイハンダーが付いてる。紐切られる前によろしく」

「ツヴァイハンダーが?」


 意味がよく分からないが、とりあえず頼まれた通りに紐を強く引いた。その勢いで飛び出してきた剣がサメの口内を傷付けたが、僅かに血が出た後にすぐに脂で塞がってしまう。

 ……これでは、さっきの爆発で出来た傷も同様に補修されてしまったことだろう。


 レオは柄に紐を付けられたツヴァイハンダーを回収すると、その場に座り込んでしまっているクリスの首根っこを掴んで後ろに下がった。


 海中に舞っていた砂が海流に乗って去り、視界が開けてこちらの様子に気付いたユウトとエルドワも近くにやってくる。


「クリスさん! 大丈夫ですか? 回復掛けますね」


 まだ敵がいるから危険ではあるが、口内から剣を抜かれた巨大鮫はさっき補給し損ねた餌を食べに向かっていた。まあ、今のうちなら大丈夫だろう。

 しかしユウトが回復魔法を掛けようとすると、クリスは身体に付いた脂を拭いながらそれをやんわりと断った。


「回復はいいや。それよりもユウトくん、クズ魔石を持ち歩いているんだよね? それで仕上げをお願いできるかな」

「クズ魔石ならいっぱいありますけど……」


 ……今、クリスは『仕上げ』と言ったか。

 レオは思わぬ言葉に目を瞬いた。つまり、彼はすでに何か手を下した後だということだ。

 間違いなく、さっきサメに食われていた……いや、自分から入ったのか? とにかく、その時に剣で何かをしたのだろう。


 クリスはユウトが差し出したクズ魔石を4つ手に取ると、それに自身が纏っていた脂をたっぷりと塗りつけた。


「今なら食事中で止まっているから、ちょうど良い的になる。ユウトくん、これを使って、巨大鮫のエラを脂で塞いでくれる?」

「分かりました」


 ユウトは言われた通り、その魔石を操ってサメへと飛ばした。

 敵はひとつの餌山を食べ終わり、その隣の餌を食べ始めている。おそらく、こちらが攻撃に行かない間に残り全ての餌を食べ、長く動けるエネルギーを取り込もうとしているのだろう。


 食べることに夢中の巨大鮫は、極めて小さな魔力で飛んで来た魔石のことなど気にも留める様子はなかった。

 その隙に、ユウトは魔石を操って、脂でサメのエラを塞ぐ。

 これがクリスの言う仕上げなのだろうか。


「呼吸を阻害するのか? だったら、直接エラを攻撃に行った方が効果が高そうな気がするが」

「それは初めて相対したときにやって駄目だった。サメの弱点はエラと目なんだけど、その分護りも固い。敵の接近によって両方物理無効の透明な膜で覆われてしまうんだよね」

「……だから敵と見なされない微弱な魔力のクズ魔石を使ったわけか。……しかし、あんなもので効果があるのか?」

「うん十分。そろそろじゃないかな。君たちのキャンディがなくなる前に決着がつきそうで良かったよ」


 クリスはもう終わったような科白を吐いて、残りの身体の脂を拭う。彼が届かない背中の部分をユウトが代わりにきれいにした。


「ユウトくん、ありがとうね。……ふう、これでだいぶ楽になった。ひとりだったらかなりヤバかったかも」

「……この脂、身体の傷を補修するために滲み出ていたヤツだよな。何か人体に害のある成分でも入っているのか?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど。ただ、これって粘度が高くて、水を全く通さない脂でね。ほら、私たちの水中歩行って、体表に受ける水圧を調整する魔法だろう? それが、体表に脂の層が出来ちゃったことで、水圧調整が働かなくなっちゃったんだよね」

「それって、脂の層ができたせいでここが水の中だと感知されなくなって、クリスさんの身体に水圧が掛かってきちゃってたってことですか!?」

「そう。おかげで、脂に突っ込んだ途端に身体が重くて動かなくなってねえ。レオくんが来てくれて助かったよ」


 何か笑顔で話してるけど笑い事ではない。

 それだけのリスクを冒して、この男はあの巨大鮫に何をしたのだろうか。


 そう思ってサメの様子を窺っていると、最後の餌に食らいついたところで異変が起きた。こちらが何もしていないのに、敵が勝手に苦しみ暴れ出したのだ。


「……何だ? 呼吸を阻害されたからってわけじゃないよな。あんた、何をした?」


 このランクの魔物があれだけでやられるわけがない。もちろん息苦しくはあるだろうが、魔物は酸素呼吸に頼らなくても、身体に蓄積された魔力や瘴気を循環させることでも生命活動は維持出来るはずだ。

 つまり、クリスはそちらも止めたということ。


 レオが訊ねると、彼はようやく立ち上がった。


「さっき水中爆弾を食わせた時、僅かながら口内にダメージを負わせることができてね。もちろん、脂ですぐに覆われて補修されちゃったんだけど。だから、それを逆手に取ってみた」

「……逆手に?」

「口から入り込んで、心臓や太い血管を傷付けてきたんだ。当然、それもたちどころに脂で覆われ修復される。……すると、どうなると思う?」


 そう言われて、ようやくクリスのしたことに合点がいった。

 なるほど、それが狙いか。


「同じように補修されるなら、心臓の内部や血管内に、脂のかさぶたができて塞がる……! 体内の血液循環を阻害したのか!」

「魔物は体内に酸素、魔力、瘴気のいずれかを循環させないと身体を維持できない。その循環ポンプである心臓をせき止めれば、倒せるんじゃないかと思って」


 その発想はもとより、それを実行しようとする度胸がすごい。エルドワも敵の体内に入ることがあるが、あの子犬は確実な結果が得られる時しか入らない。それに比べてこの男、こんなリスク、よく冒そうとするものだ。


「……あんた、恐ろしい男だな。今後はせめて、何をするか言ってから行動してくれ。サメの口から足だけ見えるとか、ホラーだ」

「うん、ごめんね。ただ、あのタイミングしかなかったものだから。水中爆弾の起爆って炎じゃなく電気でさ、あの炸裂の瞬間に巨大鮫の鼻先にあるセンサー器官が電圧にやられてくれるかもなあ、って期待はしてたんだけど。上手いこと数秒間気絶してくれたから、飛び込んじゃった」


 爆弾を仕掛けた時にすでにそこまで考えていたのか。

 どうりで爆発の瞬間に気配を消して敵に突進していたわけだ。

 裏打ちされた知識と予測と洞察力を総動員した上で、リスク上等で躊躇いなく行動する男。

 本当に敵に回したら恐ろしい。


 すでに戦闘モードを抜けてのほほんとしたクリスの後ろで、とうとう機能不全を起こした巨大鮫の身体が、海底に落ちた。


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