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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、クリスに10分やる

 フロアに、脱出方陣と宝箱が現れた。

 このゲートをクリアした証だ。


 クリスは剣を鞘に収めると、それを横目に吸血鬼の灰にまみれた魔石を取りに向かった。


「さすが、上位魔族だけあって良い魔石を落とすね。はい、レオくん」


 彼は躊躇いなく上位魔石をひとつレオに進呈する。もうひとつはすでに術式が込められている魔石で、それはクリスがポーチに入れた。


「……今の魔石、あの男に食わせたヤツか? あいつの変化を封じたのはその魔石の力だな」

「うん、ご明察」


 にこりと微笑んだ男は、いつも通りの柔らかな雰囲気に戻っていた。……やはりあの態度を見せるのは、魔族限定らしい。


「さっき魔封鍵を開ける時に、魔法解除アンチスペルを掛けただろう? あれは魔法を消し去るわけじゃなくて、この魔石で魔法を吸い取っているんだ。その魔法は、実は次に魔法解除が使えるようになるまで魔石の中に残っている。……つまり、この魔石には固定化の魔法が入っていたわけだね」

「固定化……そうか、体内から変化を封じたってことか!」

「魔物や魔族は体内の魔石から魔力を引き出して生きるものだからね。魔石を体内に取り込んでしまうと、身体の仕組みがその魔法を勝手に引き出すんだよ」


 レオはクリスの知識と、それを使って敵をそつなく倒しきる手腕に舌を巻いた。

 まさか魔封鍵を解除する時からこれを狙っていたわけではなかろうが、そうして手に入れた手段をすぐに戦略に取り入れる頭の柔軟さ、それをきっちり遂行する冷静さ、敵にあそこまで接近を許す大胆さには感心するしかない。


 しかしそれを成した彼は、何でもないような顔をして宝箱を指差した。


「レオくん、宝箱出てるよ。開けたら?」

「……あんたが攻略したようなもんだろ。あんたが取っていい」

「でも、私は偶然入ってきちゃっただけだし、レオくんがいなかったらエナジードレインで能力下げられてたかもだし、遠慮するよ。……それに私が宝箱を開けると、ちょっと残念なものが出てくることが多いんだよねえ」

「……ああ、なるほど」


 彼の運の悪さを考えると、この上位魔物のいたゲートの宝箱でもブーメランパンツ1枚とかありえそうだ。

 だったら自分が開ける方がずっといい。


 レオはクリスに代わって宝箱を開けた。


「……これは、アミュレットだな。エナジードレイン無効。まあ順当な戦利品か。……俺たちは持っているから、やはりあんたにやる」

「あ、必要ないなら喜んで。ありがとう」


 ユウトが開けると結構良いものが出たりするのだが、レオは普通だ。そのランク相応のものが出る。まあ不服ではないからいい。


「では戻るか」

「あ。ちょっと待って。少し本棚を見てもいいかな。面白い本があれば持って帰りたい」


 脱出方陣に向かおうとすると、クリスが部屋にある大きな本棚に食い付いた。

 レオとしてはユウトを待たせているから早く戻りたいが、ここは一度出ると消えてしまう空間。彼の功労も考えれば、少しくらい待ってやるべきだろう。

 仕方なく頷いた。


「10分でいいか」

「うん、ありがとう」


 レオは宝箱の蓋を閉じてその上に座る。

 そして、クリスが本棚に並ぶ蔵書の背表紙に目を走らせ、手に取る様子を眺めた。

 そこに書かれている文字は、レオには読めないものだ。

 ……魔族の持つ本には触れてはいけない禁忌書も多いが、この男は大丈夫なのだろうか。


「……あんた、魔界語が読めるのか?」

「うん、まあ普通の文字は。魔界の古代語とかになるとほんの少ししか読めないけど」

「え、魔界の古代語まで読めるのか!?」

「だから、ほんの少しだけだよ」


 魔界の古代語は禁書に用いられるとても難解なものだ。おそらく魔界でも、ルガルとそのほか数えるほどのものしか読解できないに違いない。

 以前大精霊が通信機のために竜穴を使う術式を組んでくれたが、いわばあれに相当するもののはず。本当に、この男は何者なんだ。


「私は昔から本が好きでね。初めて魔族を倒した時、そこにあった本を持ち帰って、魔法学校の研究機関で読み方を教えてもらったりしてたんだ。ディアさんとはその頃からの付き合いだね。……一応、この20年ほどもアホ化していたけど、これまでの知識が消えたわけじゃないし、本は読んでいたんだ」

「ディアも古代語を読めるのか?」

「さあ、どうだろうね。私は古代語に関してはこうして手に入れた魔界の文献から知識を拾って、独学で覚えたから」


 妙に魔界やゲートの事情に詳しいのは、魔族の文献から得たこの知識があるからか。

 クリスをウィルと引き合わせたら、ものすごく気が合いそうだ。

 そんなことを考えていると、ふと彼が本棚に挟まっていた書類に目を付け、引っ張り出してきた。


「レオくん、面白いものを見付けたよ」

「……何だ? 系譜?」

「うん。おそらくさっきの吸血鬼一族のものだね。彼の言っていた兄弟の名前がずらっと書いてある。……人数はずいぶんいるようだけど、死んでる者も多いね」


 そう言って、クリスは魔界語を指で辿った。もちろんだがレオには何が書いてあるか分からない。

 当然それは彼も承知していて、自分で目当ての項目を探し出した。


「今倒したのはこれかな? てっぺんに公爵がいて、その下の13番目の息子。……うん、ステータスは総じて低いね。ただ、変化能力が特殊だったみたいだ」

「特殊な変化能力……。俺たちは封じてしまったから見ていないが、どんな変化なんだ?」

「透明化、だって」

「うわ、そりゃ厄介だな」


 実体化しないと血は吸えないだろうが、もしもクリスが変化を封じていなかったら眷属化されていた可能性もある。今さらだが相手にしたくない能力だ。


 おそらくジアレイスも、自分たちに与しないこの男を野放しにすることはリスクだったのだろう。透明になって後を付けられて、禁書のありかを知られたら……。

 ……いや、違うか。あの男は公爵の地位に興味がないと言っていた。だとすると、ゲートを出た吸血鬼は、どこに行くつもりだったのだろう。


「……あんたはもしあいつが俺たちを眷属にしてここを出たとしたら、何をするつもりだったと思う?」

「そうだね……まあ、推論の域を出ないのだけど」


 レオの問いに、クリスは僅かに思案しつつ答えた。


「彼がさらに上位の魔族に転生したかったのは本当だと思う。その前提で、エルダーレアの近くにあるランクSSSのゲートに向かうつもりだったのではないかと私は考えている」

「ランクSSSのゲートに?」

「彼にはおそらく付き従う部下がいないんだろう。人望のせいか能力のせいかは分からないけど。そんな彼が手っ取り早く魔性を集めるには、既存の高位ランクゲートのボスに成り代わるしかないんだよ」

「あー……、なるほど」


 透明に変化出来るなら、きっと最下層など余裕で行ける。冒険者と違って魔族はそれぞれのフロア間を自由に行き来できるし、謎解きをする必要もないのだ。


「だが、あいつがあそこのボスに成り代われるか……?」

「どうだろうね。私たちはボスどころか、あそこの深層がどうなっているかも知らないから。まあ、彼だって知っていたかどうかも定かではないけどね。……何にせよ、ランクSSのボス程度では上位に転生するための魔性が足りないし、SSSを狙っていたと考えるのが妥当だと思う」


 魔界ですでに高い爵位の魔族は、ランクSSのボスになっても上位への転生は厳しいということか。

 以前倒したランクSSの吸血鬼は転生目的ではなかったから参考にならないが、そういうことなのだろう。クリスの説明は知識に裏打ちされたものだと考えれば、その信憑性は増す。


 ……それにしても、ランクSSSのゲートか。魔研がその権利を独占し、何度も調査をしていた場所。そこのボスに成り代わろうとは。

 ジアレイスがここにあの男を幽閉したのも、何かこのあたりに理由があるのかもしれない。


「……おい。この系譜を持って帰って、後で全文翻訳してくれないか」

「うん、いいよ。じゃあこれもポーチ行きね」


 クリスはすでに手に持っていた書物と一緒にそれをポーチに入れた。それから再び本棚に戻る。

 もうすぐ10分になるが、本の選定は終わるのだろうか。


「そういえば、ユウトくんをここに連れてこなくて正解だったね」


 時計を見ていると、本を選びながらクリスがまた口を開いた。


「……何でだ?」

「ユウトくんの魔性、量も質もすごいもの。あの吸血鬼が見たら、絶対躍起になって自分の下僕にしようとしたと思う」

「っ……!?」


 そう言われて、レオは驚いて時計から顔を上げた。

 しかしクリスはいたって普通の様子で本の背表紙を眺めている。


「……あんた、ユウトが半魔だと知ってるのか……!?」

「うん、エルドワもね。……ああ、私は半魔に偏見はないから心配しないで。魔族は大嫌いだけれど、半魔は好きなんだ。真っ直ぐで良い子が多いからね」

「……いつから気付いてた?」

「最初から気配でそうじゃないかなあって思ってた。……私も昔仲間に半魔がいてね。纏う空気で分かるんだよ」

「……魔性も?」

「うん、何となく分かる」


 そこまで言って、ようやく本を選び終えたクリスがこちらを振り返る。その表情は柔らかい。


「ユウトくんはきっと良い子だからみんなに愛されているんだね。半魔の魔性は信頼と敬意を集めている証だよ」

「……だが、魔性が高いと魔物寄りになる」

「それを制御出来る精神力と自制心があれば大丈夫。ユウトくんの纏う魔性はとてもきれいだ」


 どこか確信めいた言葉に、少しレオの気持ちが軽くなる。

 弟の抱える魔性はずっと兄の心の重荷だったのだけれど、そんなふうに肯定されたのは初めてだったからだ。

 思わず安堵のようなため息を吐くと、彼は優しく笑った。


「待たせたね。では可愛い子供たちの元へ戻ろう」


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