兄、居場所がバレる
魔法道具屋を出たユウトは、ずっと黙り込んだままのネイを振り返った。
ついてきてもらっておきながら、魔法談義の間かなり待たせてしまった。何かお礼をしたい。
「ネイさん、付き合ってくれてありがとうございました。お昼も過ぎちゃったし、おなか空いてますよね? 何かご馳走させて下さい。……といっても、たいしたものは買えませんけど」
それでも一応、食堂に入って少しいいメニューを頼む位の余裕はある。ランクDクエストの報酬はレオが拒否するので、全額ユウトがもらっているのだ。
自分の懐具合を考えつつ声を掛ける。
しかしそれに答えは返ってこず、何故かネイに真面目な顔で見つめられた。
「……ユウトくんたちって、最近冒険者に登録したんだよね。それまでは何をしていたんだい?」
「……何を? 僕は学校で勉強をしてましたけど」
兄は日本でサラリーマンをしていました。と言って、ミワ以外に通じるんだろうか。
「兄は何だろう……お給料をもらって商談をする仕事……?」
「……剣士とは違う仕事をしてたのかい?」
「はい、以前住んでたところではすごく平和だったんで。こういうふうに戦い始めたのはごく最近です」
「最近……じゃあ、やはり違うのか……でも、気になるな」
ネイは小さく呟くと顎に手を当ててしばし逡巡した。
それから、ちらりとユウトを見る。
「……ねえユウトくん、お兄さんに会わせてもらうことって可能?」
「え、僕の兄に?」
「ちょっとでいいんだけど。魔工爺様がかなりの手練れって言うから、興味わいちゃってさ」
「んー……どうかな、昼間は寝てますし」
「昼間寝てるってことは、夜活動してるんだよね。そして職人ギルドのトップと繋がりがある……ますます気になるなあ」
思案するネイに、ユウトは目を瞬いた。
「……もしかして、ネイさんが捜してる人と重ねてます? 僕たちついこの間まですごく遠いところに住んでいたので、人違いだと思いますよ」
「違うならそれでいいんだ。一度確認できれば済むことだから」
少しでもその人に近い人物なら一応チェックしておきたいということだろうか。ずいぶん熱心だ。
「捜している人って、ネイさんの個人的なお知り合いですか?」
「まあ、大きな括りでいうとそうだね。俺の今の雇い主も必死になって捜してるけど」
「雇い主……清掃のお仕事の?」
「そうそう。国の大きなゴミを片付けたりする仕事の」
ネイはそう言って少し意味ありげに笑った。
「そうだ、感謝大祭なんかは、お兄さんと出掛けるだろう? その時でも良いから、会えないかな」
「あ、夜なら出掛ける予定です」
「夜? 大祭の日も昼間は寝てるの?」
「多分。よく分からないけど、昼間は『犬』があちこち走り回ってるから出ないんですって。僕は犬なんて見かけたことないけど」
「犬……!?」
ユウトの言葉に、ネイが細い狐目を見開いた。
まじまじとこちらを見る視線を受けて、首を傾げる。
「どうかしました?」
「……お兄さんが昼間にクエストを休むのは、祭りが終わるまでなんだよね? ……つまり、『犬』がいなくなるまで……。ついこの間まで遠いところにいた人間が、普段は王都に常駐している『犬』を知っているなんてこと、あるか……? ユウトくん、お兄さんと王都に行ったことは?」
「王都ですか? ないです」
素直に答えると、ネイは思考をまとめるようにぶつぶつと独り言を呟いた。
「『犬』から隠れるということは、顔を見られれば素性がバレるということ、そして見つかると捕まる立場だということ……。捜されていることももう知っているわけだ。なのに王都に行ったことがない……?」
ネイが一度言葉を句切り、ユウトを見る。
「……ユウトくん、君たちは遠いところから来たって言ってたけど、5年前……いや、5年よりさらに前にはどこにいた?」
「5年より、前?」
ユウトは問われた内容に少し困って眉尻を下げた。それ以前の記憶は無いし、レオから聞いたためしもないのだ。自分たちの昔のことは訊かれても答えるすべを持たない。
「あの、実は僕、5年前記憶喪失になってて……それ以前の記憶がないんです」
「記憶喪失? 5年前……ってことは、やはりビンゴか……!」
「ビンゴ?」
「あ、いや、ごめんね。変なことを訊いてしまって。しかし、だとすると君は……」
ネイは何故かしげしげとユウトを見つめ、それから慰めるように頭を撫でた。
「あ、あの……ネイさん?」
「ユウトくん、さっきの話は無しで」
「さっきの話って……」
「お兄さんに会わせて欲しいって話。あれ忘れて」
「え? どうして?」
いきなりころりと話を変えたネイに困惑する。
しかし彼はそこで完全に話を切り上げて、歩き出してしまった。
その顔にはいつものように人懐こい笑顔が乗っている。
「ユウトくん、食事は次の機会にしよう。大通りであのゴミパーティに見つかると面倒だしね。……宿の入り口まで送るよ。君たちが泊まっているのはどこ?」
「えっ? あ、リリア亭です」
「ああ、あそこか。何度も前を通ったけど気付かなかったな。……当たり前か、完璧に気配を消してるもんなあ」
ネイはひとりで納得すると、ユウトを連れ立って真っ直ぐリリア亭へと向かった。
夜8時を回り、レオはリリア亭を出た。
いつも通りに冒険者ギルドに行き、そのまま夜狩りに行くためだ。
しかしいつも通りの気分になれないのは、後ろからつけて来る奴がいるからだった。チ、と聞こえる程度に舌打ちする。
例のパーティの盗賊とは比べものにならない、綺麗な気配の殺し方。それでも僅かにこちらにそれを感じさせるのは、わざとだ。
つけていますよ、と知らせている。
完全に気配を消して近付いてくると、問答無用でレオに殺されると分かっているのだ。
小賢しいことをする。
覚えのある気配を後ろに引き連れながら、レオは冒険者ギルドでランクDの依頼を受けた。
あと2日あれば目的の素材を集め終わるところだったというのに、こんな祭り間際に見つかるとはついてない。
……まあ、バレてしまったのがユウト経由だから、怒るに怒れないのだけれど。
混み合っている検閲門で手続きをして、街を出る。
そのまま振り向きもせずに歩き、街の明かりが届かなくなったあたりで、レオは腰に下げてあった剣に手を掛けた。
「……おい」
ここまで閉じていた殺気を一気に噴出させる。その状態のまま、レオは木の陰に隠れている男に声を掛けた。
「……お久しぶりです」
そこから現れたのは、狐目の男。
昼間ユウトと会っていた、ネイだった。