兄、アイクを観念させる
正直、目を逸らしたまま席を立って退出したい。
もしくはこの男を一発殴って黙らせたい。
思い出してしまった過去の自己嫌悪、その記憶に歪む顔を片手で覆って、レオは深く長いため息を吐いた。
……それでもどうにか、話は進めなければ。
昔の自分にもの申すようだが、仕方あるまい。
レオはできるだけ感情に蓋をして口を開いた。
「あんたはゲートを潰したくないようだが、クリスは海が豊かになればゲートが不要になると喜んでいたぞ。おそらくベラールに留まりたいなんて思っていないだろ」
「いや、それはない」
「何でだよ。どこから来るんだその自信」
自分がクリスをどう扱っているか、自覚がないのだろうか。アイクの側に居たいと思う要素が皆無なんだが。
「……クリスはあんたにあまり好かれていないし、気色悪がられていると言っていた。男に戻ってからはさらに当たりが強いと。直接タコ飯を渡しに来ないことからしても、あんたと距離を取りたがってるんじゃないか」
「意味が分からん。タコ飯が作られた時点で私の勝ちだろう」
「何だよ、その判定」
「村長は手料理=最高の愛情表現だと思い込んでいるので無敵なんです」
「は? アホか! 俺たちはさっきクリスの家でほかほかタコ飯とカボチャの煮付けと味噌汁食ってきたわ!」
「なん、だと……!? 貴様、クリスの究極の愛情料理、味噌汁を食して来ただと……!? くっ、やはり貴様らはクリスの親友の座を狙う刺客だったか……!」
「味噌汁ごときに何の幻想抱いてんだ!」
「ちなみにさっき私がクリスさんの家に様子を見に行ったのも、村長がこんな感じだったからです」
「あんたが監視さながらに俺たちの情報を聞き出そうとしたのも、こいつのせいかよ……」
何だか頭が痛くなってきた。この状況でほぼ『無』状態のエリーが逆にすごい。まあ、いちいち反応していたらやっていられないか。
……それにしても、アイク本人は大真面目なんだろうが、外野から見ると色々酷い。
そしてそれが昔の自分とだいぶ重なってしまうから、レオの精神的ダメージが凄まじい。まさか客観的に見る拗らせが、ここまで恥ずかしいものだとは。
そう、レオも昔、自分の代わりに暗黒児ユウトの世話をするネイに、こんな感じに謂われのない難癖を付けていた。
ユウトの特別になりたいくせに愛情は隠し、自分が優位に立つことばかりを考えて、彼がネイと一緒にいると嫉妬する。何とも器が小さい男だったのだ。
もちろん、今は違う。
ユウトには120%の愛情を向けているし、それを隠すこともしていない。勝ち負けなどない、精神的に護り護られている、対等な関係だ。
この境地に至れれば、アイクもだいぶ変わるのだろうが。
「はっきりきっぱり言ってやるが、今のままではあんたがクリスの親友になるなんて絶対無理だからな。つうか、普通の友人にすらなれてねえだろ。あんな、初対面でも『友達になろう』と言ったらすぐに『いいよ』と言いそうな警戒心の薄い男相手に、わざわざゲートを使ってつなぎ止めるとか、どんだけ非効率だよ」
「は? 私は親友になりたいとか言ってない」
「言ってるも同然だわ、クソが! 聞いてる方が恥ずかしい!」
この男、面倒臭すぎる。そして過去の俺すぎる。
レオも同じようなことを言っていた記憶があった。どれだけ俺の恥部をえぐり出すんだこの野郎。
何にせよ、今のままでは何も変わらない。この状態には問答無用の荒療治が必要だ。
「あんた、今の状態ではジジイになるまでこのままだぞ。これがクリスに対する意識改革の、最初で最後のチャンスと思え。俺たちはゲートを潰す。あんたは力尽くであいつを束縛するのをやめて、別の方法を考えろ」
「だから、ゲートを潰すのは越権行為だと……!」
「うるせえわ! 何なら王都に報告上げて国王陛下直々に下達してもらってもいいんだぞ! 村のすぐ近くに高ランクゲートがあるなんて、緊急クエスト対応ものだからな!」
レオの言葉に、さすがのアイクも押し黙る。
ライネルから直接指示されれば、その管轄下であるベラールが従わないわけにはいかないだろう。どちらにしろゲートを潰すのはレオたちの仕事になるわけだが。
「いいか、他の何かの力を借りてクリスを抑えつけるんじゃないぞ。ベラールに残って欲しいなら、あんた自身の力で引き留めろ」
「腕力では到底敵わないんだが。ロープか? それとも鎖が必要か? はっ、そうか、閉じ込めて洗脳……」
「物理的な話じゃねえ! 洗脳すんな! もうクリスに潰されろ、クソが!」
「クリスさんがとっとと潰してくれる方なら話は早いのですけども」
「エリー、何か潰して欲しそうな科白なんだけど!? その冷めた視線やめろ!」
アイクはエリーを叱ってから、改めてレオの方を向いた。
その表情は困却に満ちている。自身の気持ちを認めるには、プライドとの葛藤があるのだろう。
彼はしばらく逡巡していたけれど、やがて観念したように息を吐いた。
「……具体的に私はどうすればいいんだ。私は今まで友達らしい友達を作ったことも欲したこともなく、こう、親しくなりたいと思う相手なんて初めてなのだ」
「ようやく認めやがったか、この拗らせ野郎」
とりあえずやっと本心を晒した男に、レオも息を吐いた。
アイクの後ろでエリーが音の出ない拍手をしている。よくやった、ということだろう。
さて、ここからはアイク次第。
それでも同じ悩みを抱えていたレオは、少しだけ同情心も相俟って、経験から来る助言を口にした。
「……することの前に、まずはやめることだな。相手との関係に勝ち負けを持ち込むな。マウントを取ろうとした時点で親しくなんてなれん。それから、相手を否定したり馬鹿にしたりするな。自分の感情を隠すために心にもないことを言いがちだが、相手をかなり傷付けるからな。……相手に嫌われていると誤解されて、距離を取られるぞ」
「正に村長の今の状態ですね。クリスさん、最近全く村長に会おうとしないですから。まあ、自業自得です」
「……エリーが私を傷付けているんだが」
「事実しか言っていませんが何か?」
どうやらエリーは今までの村長からクリスへの態度に、腹に据えかねるものがあったらしい。ここぞとばかりに痛いところを突く。
アイクは反論出来ずに苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……そういや、お前はクリスと結構仲がいいよな」
「当然です。単純に接触回数が多いですし。魔物退治から戻った時はお世話をして労いますし、彼も感謝をしてくれますし、対等なんです」
「羨ましい……!」
「自分から会いに行くなんて負けた気がするとか言って、クリスさんへの連絡を私に押しつけてるからですよ。昔からご飯だって呼ばれないと行かないし、行っても難癖付けて帰ってくるし、そりゃ誘われなくもなります」
「……それでもこいつを嫌わずに、今でもタコ飯を作ってくれるクリスが逆にすごいな」
いっそ嫌ってもらった方が、アイクの勘違いが矯正されたかもしれないが。
「まあ、今後あんたがするべきことは、今のエリーと同じだ。自分から会いに行く、対等に褒める、労う、感謝する。それから好意は隠すな。隠して良いことなんて何もない。素直に好意を見せると、相手の反応がまるで変わるんだ。感激するぞ」
「……何だか実感がこもった科白だな」
「……俺も、あんたみたいに拗らせていた時期があったからな。だが、意識を入れ替えてちゃんと相手に好意を示すようにしたら、俺の世界が変わった。望む相手から慕われるというのはいいぞ。マジ至福」
言いつつユウトの姿を思い起こしただけで、胸が温かくなる。
レオの世界を光で照らしてくれた、唯一の存在。それが側にいてくれる幸せは、何ものにも代えがたい。
「マジ至福……そんな境地に達してみたい……!」
「それはここからのあんた次第だな。頑張れよ」
ゲートさえ潰してクリスを解放してしまえば後はどうなろうと知ったことではないのだが、何となく応援してしまうのは、やはり自分と重ねてしまうからか。
とはいえ、アイクが上手くいかなかったら、クリスはこちらで引き取って連れて行くつもりだ。彼の戦力は是非とも欲しい。
さて、どうなることやら。
向かいであれこれと今後を思案するアイクを見ながら、レオはとりあえず戻ってユウトに会ったら、めちゃくちゃ可愛がって至福を味わおうと決めたのだった。




