兄、クリスとアイクの関係に勘付く
レオはまず、クリスに単刀直入に訊いてみた。
「あんたは、精霊の祠のことを知っているか?」
「精霊の祠?」
「マナの源泉……竜穴がある祠のことです」
「祠……うーん、あれかな。海の沖合にぽつんとある大岩の上に、誰が作ったか知れない社があるんだよ。年に一度くらい村長が船を着けて管理しているらしいけど」
「ほう、それっぽいな」
精霊の祠はやはり村長管轄か。だとすると勝手に近付くと後で面倒なことになる。
現在の状況も聞きたいし、事前に村長にも話をするべきだろう。
「その祠が何か?」
「本来、そこから世界にマナが供給される重要な祠なんだ。しかし、今は精霊の力ごと魔族の力で封じられている」
「精霊が封じられている……そう言えば、例のゲートに初めて潜る時、ディアさんが同行するのは『精霊を解放するのが目的』だと言っていたな。もしかして同じ系列の話?」
「そうですね、それに関してはディアさんの目的を引き継いでいる感じです」
「そうか。ユウトくんも精霊のペンダントを着けているものね」
クリスは納得した様子で一度お茶を啜った。
「つまり、その祠を解放しに来たということだね」
「そうだ。この村の近くに高ランクゲートが出来たのも、封印によりこの周辺のマナが希薄になったせいだ。精霊の祠が解放できれば、今あるゲートを潰した後は、近くに新たなゲートが出来ることはなくなる。一応、ゲートを潰すところまでは俺たちも手を貸すつもりだが」
「ああ……うん、なるほど。そういうことか。あのゲートを……」
今度は少し歯切れが悪い。何か懸念があるのだろうか。
少し思案をしているふうのクリスに、レオは片眉を上げた。
「何だ。ゲートを潰すのに何か問題でも?」
「あのゲートを潰すことは、アイクさん……ええと、村長なんだけど、彼が禁じているんだよね」
「……ゲートを潰すことを禁じている? 村長が?」
あんな高ランクゲートが村のすぐ近くの海中にあるなんて、脅威でしかないはずだ。普通に考えたらすぐにでも潰したいものなのに。
レオがあからさまに怪訝な顔をすると、クリスは頭を掻いた。
「今、この近辺の海域が不漁でね。今回の海坊主もそうなんだが、あそこから出てくる魔物も魚介の一部として村の収入源になっているんだ。だから、とりあえず私がいれば倒せるし、あの状態を維持することになっている」
「……それって、クリスさんの負担が大きすぎませんか?」
「まあ、魔物も毎日出るわけじゃないからね。そこまで負担ではないけど」
「魔物なんて、昼夜問わず出てくるだろう。あんた、あのゲートがある限りこの村から一歩も出られないじゃないか。ほぼ拘束されているようなものだぞ」
「そうなんだけど、ベラール村とアイクさんには恩義があるからなあ」
彼は肩を竦めて苦笑をした。何というお人好し。この様子では、働きに応じた報酬ももらっていないに違いない。
「もし万が一、クリスさんが怪我をしたり病気をしたりしたらどうするつもりなんでしょう」
「……一番の懸念はそこなんだよね。私にも相性の悪い敵はいるし、肋骨を折るくらいならいいけど、腕とか折られたら少し困る」
「少しどころじゃないだろう。あんたがやられたらその瞬間にベラール村が終わるぞ」
大した報酬もなく、クリスひとりに村の命運を背負わせているなんて、ここの村長はどれだけブラックなんだ。
レオは呆れたため息を吐いた。
「……まあいい。ゲートを潰せないそもそもの根本原因は、不漁のせいだろう? 精霊の祠が解放されてマナが満ちれば、海も豊かになる。豊漁になるなら、もはや危ないゲートの魔物の売り上げに頼る必要もなくなる。そしたらゲートを潰しても問題なくなるはずだ」
「ああ、そうか! 精霊の祠が解放できれば海にマナが満ちて、不漁が解消されるんだね。普通にたくさんの魚が獲れるようになるなら、その方が漁師たちも喜ぶ。ゲートも不要になるし、……私もベラールに留まる必要がなくなるんだね」
そこでクリスもようやく得心が行ったようだった。
彼が理解したところで、レオは話を進める。
「あんたにとっても悪い話じゃないだろう? それでだな、俺たちは村長に精霊の祠に行く許可をもらいたい。あんたから村長に話を通してもらえないだろうか」
「私が、アレクさんに?」
レオの頼みに、クリスは目を丸くした。
しかしすぐに困ったように苦笑して首を振る。
「私が言ったら通る話も通らないよ。この後またエリーさんが来るから、私よりも彼女に話すといい。エリーさんは村長の性格をよく知っているし、うまくやってくれると思うよ」
「……クリスさんと村長さんは、あまり仲良くないんですか?」
「ん-、アイクさんは私が男に戻ったのが気色悪い派の人なんだ。以前からそれほど好かれてはいなかったんだけど、この姿に戻ってからさらに当たりが強くて」
「そんな奴にこれからタコ飯作るのか」
「私の作る料理は好きなんだって。女体化している間に、料理だけはだいぶ出来るようになったからね。アイクさんも以前はよくご飯だけ食べにここに来たりしてたんだけど」
「……それって……」
クリスは好かれていなかったと言うが、いくら料理が美味いからって、好きじゃない奴のところに飯を食いにくるだろうか。というか、そもそも同じ敷地に住まわせるか?
レオは、エリーがさっき言っていた『村長は拗らせている』という言葉を思い出した。
クリスが男に戻って当たりが強くなったとは、つまりそういうことではなかろうか。
……いい歳だろうに勝手に失恋して八つ当たりとは面倒臭え。
どうやらこの2人の関係には手を付けない方が良さそうだ。
やはりクリスが言う通り、エリーに話を通してもらおう。




