兄、クリスの家に向かう
割れた海の間から、爆裂音を伴った水しぶきと共にクラーケンが打ち上げられる。
それはだいぶ上空まで跳ね上がった後、狙ったように港の中央に落ちた。ズゥン、と地響きが起こり、周囲が震動した。その重量もさることながら、間近で見るとさらにでかい。
まだタコの足はうごめいていたけれど、クラーケンはもうすでに絶命しているようだった。
眉間の急所を狙い剣を差し込み、頭と胴を繋ぐ筋を一撃で断ち切っているのだ。
無駄のない職人技。さすが、元ランクSS冒険者。
「相変わらずすごい腕前だぜ! クリスさんが戻ったらタコを捌くぞ!」
「あ、ちょ、待て! クリスさんまた港に上がる途中で渦潮に巻き込まれて、船と桟橋の間に挟まれて動けなくなってる!」
「おいおい、またかよ! 渦潮なんて滅多に起きないのに、あの人ほんとに運が悪いな! おら、みんなで助けに行くぞ!」
……クラーケンを容易く倒す実力者が、何で船に挟まってんだ。
しかし漁師たちの反応を見る限りいつものことらしく、クリスは彼らに引き上げられていた。
そういやこの男は、ディアが罠に掛かっていたあのランクSSゲートの78階で、宝箱の酷い罠をいくつも食らっていたんだっけ。元々が不運な体質なのかもしれない。
……確か女体化も掛かっていたはずだが、周囲の反応は大丈夫だったのだろうか。
「はあ、口から内臓出るかと思った。みんな、助けてくれてありがとう」
「気を付けろよ、クリスさんは危なっかしいからな。こっちも、海坊主やっつけてくれてありがとよ」
「クリスさん、この海坊主はどうする?」
「アイクさんにお土産で持っていくから、足の先端30センチだけ1本もらうよ。後はみんなで分配を」
「さすが、クリスさんいつも太っ腹! ありがとよ!」
どうやら彼らの関係は良好なようだ。
クリスは素材剥ぎ取り用のナイフで必要な分だけ足を切り取ると、残りを全て漁師に譲った。これもいつものことなのだろう。
村の脅威を取り去ったクリスは、ずぶ濡れのまま平然と元来た道を戻っていく。自宅に帰るのだろうか。
即座にユウトが立ち上がって、エルドワと一緒に彼を追った。レオも空になった飲み物の容器を片付けて、その後を追う。
「あの、クリスさん!」
ユウトが声を掛けると、クリスはのどかな様子で振り向いた。当然追ってくるユウトには気付いていたのだろう、驚きもしない。
「こんにちは。初めまして、だよね? 私を知っているのかな。何かご用?」
胡散臭さのない、人好きのする笑顔。性格が良いのだろうとすぐに分かる。そして同時に、騙されやすそうだとも。
初対面の相手に、警戒心がなさ過ぎるのだ。少し本質がユウトに似ているかもしれない。
まあ、ユウトに似ていると言っても、相手はおっさんだ。
おそらくマルセンと同年代か少し上。しかし、鍛えられてシュッとした身体はとても若く見える。銀髪のおかげで白髪は目立たないし、どこか中性的でもあった。これはついこの間まで女体化していたせいかもしれないが、おそらく女性化したクリスはなかなかの美人だったに違いない。
「初めまして。僕はユウトと言います。後ろから来るのが兄のレオ、この犬はエルドワです」
「ユウトくんとレオくんとエルドワだね」
彼はひとりひとりの顔を見ながら確認した。
「私はクリスティアーノエレンバッハ。君たちが呼んだように、みんなからはクリスと呼ばれている」
ディアとマルセンが言っていたクリスなんちゃらは、確かに長い名前だった。……うん。今後もクリスでいい。
「それで、どうして私のことを知って、呼び止めたのかな?」
「あの、ディアさんとマルセンさんから名前だけ聞いていて。クリスさんって定期再生魔法の魔石の持ち主ですよね? それを預かっていたので、お返ししようと思ってたんです」
「……定期再生魔法の魔石を?」
さすがに今度は驚いたようだ。目を丸くしてユウトを見る。
まあ、無理もない。あの魔石を持っているということは、我々がランクSSのゲートに入り、尚且つナイトメアを倒したということに他ならないのだ。
それどころか、あのゲートは最近ランクSSSの王宮付き冒険者によって攻略されている。20年を経てディアが救出され、彼に掛けられていた罠も解けた、それを成したのが目の前のレオたちだと、おそらくクリスは気付いたはずだ。
彼はそれに何か口を開きかけたが、しかしすぐに思い直したように一度口を噤んで、話題を一旦保留した。
「なくし物を届けてくれたんだね、ありがとう。……でも、それはここでする話じゃないかもしれないな。良かったら私の家に来る?」
ユウトの言葉だけで色々察したのだろう。クリスは少し周囲を気にして提案してきた。
それに応じていいのかと、弟が兄を振り返る。
もちろんこれは受けるべきだ。実際自分たちには、ここでは出来ない話がいくつもある。レオはユウトに代わってその提案に頷いた。
「お邪魔させてもらおう。俺たちも聞きたいことがある」
「では、どうぞ一緒に来て。先にシャワーを浴びさせてもらうから、少しお待たせしてしまうけど」
「それくらい構わん」
クリスはおそらくこの村ではなくてはならない重要人物。
ならば彼を通して、村長とも話が出来るかもしれない。多少待たされるくらいどうということもない。
村長への渡りが付けば、きっと精霊の祠についても話が聞けるだろう。




