弟、魔法の授業を受ける
「ユウトくんさ、君の知り合いの中で一番ランクの高い冒険者って誰?」
魔法道具屋に向かう道すがら、ネイにそんなことを訊ねられた。
「一番ランクの高い……Aの知り合いはいないので、ランクBのダグラスさんかな」
「ああ、ザインの新人冒険者の『お父さん』か。……今度はそっち側からつてで行く手もあるな……。他にさ、ランクの高い冒険者の知り合いがいそうな人、いないかな」
「何か直接依頼したいクエストでもあるんですか? そういえば、最初はあの4人組を探してましたもんね」
「依頼がしたいわけじゃないんだけど……ちょっと人捜しをしていてね。このザインの冒険者に紛れてるっぽいんだよ。最初はあのパーティの中にその人物がいるかと思ったんだけどさ。外れもいいとこだった」
なるほど、人捜しか。彼の様子からして、相手はかなりランクの高い強い人なんだろう。
しかしそうなると、まだ新参者のユウトにはあまり役に立てることはないかもしれない。
「ネイさん、祭りが終わるまでしかいられないんですよね? 人捜しがあるのに、僕なんかに付き合ってていいんですか?」
「いいんだ。少し他の目線から捜してみたいし。……それに、君の魔力にもちょっと興味があってね」
「僕の魔力?」
予想外の言葉にユウトはぱちくりと目を瞬いた。
「まだミドルスティックを操れる程度ですけど」
「そういうんじゃなくてさ。何ていうか、魔力の質や匂い? それがちょっと特殊なんだよ」
「魔力って匂うんですか?」
「実際匂うわけじゃないんだけど、感覚的にそんな感じ。……それがあの時あそこで一緒に殺されたはずの、あいつに似てるんだよな……」
「殺……?」
何だか不穏なことを言うネイに問い返す。すると彼はすぐに人懐こい笑みを浮かべて、何でもないと首を振った。
「とにかく、君はすごい魔導師になりそうな予感がするんだよ。今のうちに繋ぎをつけておけば、君がランクSあたりの冒険者になった時に色々融通してもらえるかもしれないし」
「ランクSかあ。憧れますけど、まだまだ先ですよ」
そんな話をしているうちに、裏路地に差し掛かる。ここまで来れば目的地はすぐだ。
これなら問題なくたどり着きそう。
そう安堵して魔法道具屋の看板を視界におさめたタイミングで、不意に店の扉が内側から開いた。
その中から、40代の中肉中背の優男が現れる。
「ロバートさん」
「おや、ユウトくん。こんにちは」
出てきたのは、職人ギルドの支部長だった。
ロバートが直々にやってくるなんて、やはりこの店の老人はすごい人なのだろう。
そんなことを考えるユウトは、その支部長と直接取引をしているレオも十分すごいということを失念している。
「お兄さんはお元気ですか?」
「はい。最近昼間はずっと寝てますけど」
「やはりそうですか」
ロバートは何かを察している様子で苦笑した。
ただ、ユウトの隣にネイがいるせいだろう、多くは語らない。
「お兄さんによろしくお伝え下さい」
ひとつ礼をして、彼は去って行った。
その後ろ姿をネイが横目で見送る。
「……職人ギルドの支部長とお知り合いなんだ。お兄さんによろしく、か。……ユウトくんのお兄さんって、ランクDなんだよね?」
「そうですよ」
「ふーん……」
後ろで目を細めたネイに気付かずに、ユウトは魔法道具屋の扉を開けた。
「こんにちは」
「ああ、お前さんはこの間のミドルスティックの子か。ほう、その杖をだいぶ使い込んでいるようだな。結構結構。……ん?」
カウンターにいた老人に挨拶をすると、それに返してくれた彼が一緒に入ってきたネイを見て怪訝そうな顔をした。
「前に一緒に来たのと違う男だな。……どこかで見たことがあるような……」
「気のせいでしょ、初めまして。俺はユウトくんに付き添いで来ただけだから、お気になさらず」
そう言ったネイは、すぐに老人に背を向けて、店の魔法道具を眺め始めてしまった。
老人も特にそれ以上彼に声を掛けることなく、こちらを向く。
「今日は何の用なのだ?」
「あ、はい。兄からのすすめで、おじいさんに魔法のもっと上手な使い方とか、過去の偉人の事例とか教えてもらいに来たんです。ええと、授業料として少しお金も用意して来たんですけど」
「ほう、勉強熱心だな。よしよし、そういうことなら授業料はいらん。そこの椅子に座れ」
ユウトの言葉を聞いて、何だか老人は嬉しそうに椅子を勧めた。
やはり、魔法に真面目に取り組む人間が好きなのだろう。
「ミドルスティックはどのくらい扱えるようになった?」
「スピードさえそれほど出さなければ、自在に動かせるくらいには。最初はすごく難しかったんですけど、慣れると魔力の調節がすごく細やかにできるんですよね、この杖」
「その段階まで使い込んでいるならもう少しでどんな杖も使いこなせるようになるぞ。火力だけに頼らない、クレバーな戦闘ができるのだ」
老人はカウンターの奥にある棚から数冊の本を取り出してきた。全て古語で書かれている。
「僕、古語読めないんですけど」
「大丈夫だ、この図解を見ながら説明してやる。この本は過去に高ランクゲートを踏破したパーティの戦術を載せているのだ。その中で、魔導師は大きな役割を占める」
「魔法しか効かない敵とかいるんですよね?」
「もちろんだ。そんなときに重要なのが、魔力配分。大きな魔法を連発してすぐにガス欠になるようでは高ランクのゲートには潜れない。どれだけ最低限の魔力で最大限の効果を引き出すか。魔導師にはその判断力と応用力が必要だ」
「ああ、兄にも火力に頼るなって言われました。そういう先のことまで考えてたんですね」
レオがユウトに強い杖を与えなかったのは、そういうことだ。今のうちから頭を絞って応用力を鍛えておくことで、成せることの引き出しはぐっと増える。
それが実力だ。テムの村長の言葉を思い出す。
そういえば、ネイも得物の出力と実力は違うと言っていた。
「お前さんの兄というのは、先日一緒に来た方かな? 彼は剣士だったな。だが、魔法にも精通しているようだ。かなりの手練れと見たが、ランクはまだAか? それともS?」
その時、老人の言葉でネイがこちらを振り向いたことに、ユウトは気付かなかった。
「いえ、全然です。兄も僕と同じ、ランクDですよ」
「……は!? ランクD!? あれが!?」
老人が大きく目を見開く。ロバートほどオーバーアクションではないが、すごい顔だったのでユウトはビクッとした。
「あ、あの、まだ冒険者になりたてなので……。それに、あんまりランクを上げることに興味がないらしくて」
「なんと、それはもったいないことだな……。でもお前さんにその魔法の使い方をさせているということは、ゆくゆく高ランクゲートに潜る算段もしているのだろう。……いや、しかし驚いた」
こめかみに手を当てた老人が軽く首を振る。
そうして気持ちを落ち着けると、彼は本の方に目を向けた。
「……兄の方もそうだが、お前さんも実力的にはランクB相当と言って良い。綿密な魔力コントロールは、魔法の効果を倍加させる。その辺の火力頼みのノーコン魔法使いなど、相手にならんぞ。そしてこの知識を加えれば、ランクAにも匹敵する。頑張りなさい」
「はい、ありがとうございます!」
ランクB相当。そんなふうに評価されるとは。
ミドルスティックを馬鹿にされていたユウトは、嬉しくなる。
他人の評価に振り回される気はないけれど、気分が良くなるくらいはいいだろう。
そこから始まった魔工爺様の授業は難解ではあったけれど、ユウトにとっては大きな収穫となった。
もちろん実践は不可欠だが、脳内の知識同士が繋がって構築されていくこの感覚。確実に地力になる。
老人の講義を聞き終えたユウトは、丁寧にお礼を言うと、律儀に待ってくれていたネイを伴って店を出た。




