弟、ベラールの港に向かう
ユウトは何者なのか。
それはずっとレオの中にある疑問だった。
もちろん彼がたとえどんな存在であっても、護りたい可愛い弟であることには変わりない。それは間違いない。
しかし、近頃はその答えに辿り着くのに躊躇いがあった。
もしかするとユウトが、本来レオの手の届かない立場の者かもしれないからだ。
アシュレイの話は、そんな懸念のあった兄にさらにその思いを強くさせるものだった。
そんなのは駄目だ。ユウトには、己の腕の中で護られる存在で居てもらわないと困るのだ。
だからレオは、何も知らないふりをする。ユウトが、自分の弟以外の何者にもならないように。
夜も更け、レオとアシュレイも馬車に入る。
馬車の隠遁術式を発動して荷台に上がると、やはりユウトとエルドワはビーズクッションの上で丸まって眠っていた。見ればエルドワはもう子犬に戻っている。
相変わらずこのセットは愛くるしい。
その姿を見るだけで眉間に寄っていたしわが解けた。
とりあえずシャッターチャンス。さっき撮りそびれた写真は撮っておこう。何があってもこれは譲れない。
こういう時のために、迷宮ジャンク品の店に行くと必ずありったけのカメラフィルムを買い込んでいるのだ。
レオはインスタントカメラを取り出すと、フラッシュをたいてシャッターを2回切った。本当はもっと撮りたいが、これ以上はユウトを起こしてしまうかもしれないから我慢だ。
「……何しているんだ、レオさん。ユウトが起きる」
「ユウトは熟睡していればこのくらいは平気だ」
「ウウ……」
「あ。エルドワが起きた」
「ああ、悪いな、エルドワ」
さすが、エルドワは熟睡していても起きるか。
レオはその頭を宥めるように撫でて、それからひょいとユウトを抱え上げた。
このままでは風邪をひく。レオはユウトの軽い身体を抱えたまま移動して、シュラフに入った。
エルドワもひとつ欠伸をしてクッションを下り、シュラフに潜り込んでくる。本格的に眠るのならやはりこっちの方が安定感があるのだろう。
アシュレイがそれを見届けて、棚の上にある小さなランプの明かりを消した。
途端に馬車の中が真っ暗になる。
少しほっとした気分になるのは、この闇がこうして触れている自分以外の者から、弟を隠してくれるからだろうか。
レオは安寧を得るためにユウトの身体を抱き寄せて、目を閉じた。
翌日の馬車旅は盗賊に遭遇したけれど、もちろんあっさりと撃退して予定通りの時間に次の野営地に着く。
何の問題もなく野宿をし、さらに翌朝出立をすると、ベラールの村には午前中のうちに辿り着いた。
「ベラールって大きい村だね。ちゃんと検問所まである」
「流通が盛んで人の往来が多いからな」
他の村では門番くらいしかいないが、ベラールにはきちんとした検問所があり、憲兵らしき者がいた。
新鮮な魚介を取引するために、商人や問屋の行き来が多いからだろう。関税と通行料がきっちりと徴収されていた。
レオたちは村の外にアシュレイと馬車を隠し、徒歩で入村する。
検問所でギルドカードを提示して通行料を支払うと、2人と1匹は門をくぐった。
「うわあ、見て、レオ兄さん! 海!」
村に入ると、奥にキラキラと水面が光る海、そして港の桟橋と漁船が見える。その光景に、ユウトはテンションが上がったようだった。
まあ、時間もまだ早いし、宿を探すのは後でもいい。港の側に魚介の市場があるはずだから、そちらを先に見に行こう。
「今の時間なら、港近くの市場に水揚げされたばかりの魚介がたくさん並んでいるはずだ。劣化防止ケースがあるし、少し自宅用の食材を買っていくか」
「うん、行こう!」
「アン!」
エルドワもユウトにつられてはしゃいでいる。
弟たちが真っ直ぐ海に向かって歩き出すのを、レオはゆっくりと追った。彼らが嬉しそうで何よりだ。
おそらく市場の近くには魚介の串焼きの屋台などがあるはずだから、それを食べるのもいいだろう。きっと喜ぶ。
そうして歩きながら、レオは何気なく周囲を観察する。
港に続く道の両脇には、村の商店と宿屋、居酒屋などが並んでいた。それも外からでも商品が見えるようにディスプレイされていたり、テイクアウトの飲料やスナックを売っていたり。
なるほど、市場に行くためにここを必ず通るであろう来訪者へのアピールは万全というところか。
日差しの強い南の村、日陰となる休憩所を商店周りのそこかしこに置いて、客の滞在時間を上げる工夫もしている。
どうやらここの村長はやり手のようだ。
一体どんな人間だろう。ライネルが選んだからにはきっと有能で、一癖ある者に違いないが。




