兄、固まる
翌日、レオたちはロジー鍛冶工房へ行って、エルドワとアシュレイの服を受け取った。
そして、次に王都に来るまでに幌用の蜘蛛の糸でできた布を用意しておいてもらうよう手配だけをする。これで今度馬車を持ってくればすぐに幌の張り替えをしてもらえるだろう。
ついでにパーム工房が無事に開店しているのを確認してから、一行はベラールに向かうことにした。
「ベラールの村って大きいの?」
馬車の御者席に並んで座りながら、ユウトがレオに訊ねる。
初めて行く港町。弟はだいぶワクワクしている様子だ。
「テムやラダに比べるとまあまあ大きいな。ちゃんと宿屋もあるし、屋台なんかも出ている。特に魚介の市場は王都から問屋の買い付けが来る規模だ」
「そっか、楽しみ。もちろん祠の解放が目的だけど、少し美味しいものを食べるくらい良いよね」
「ああ、構わん」
ユウトの美味しいものを頬張った時の幸せそうな顔が見れるなら、レオが拒むわけがない。ベラールに行ったら良い宿と美味しい店を探そう。
祠がどこにあるかは、どうせ大精霊に教えてもらえばいい。
「あ、でも、ベラールも精霊の祠の恩恵で大きくなった村なんだよね? 祠が閉じちゃってる今は不漁になったりしてないのかな」
「どうだろうな。テムやラダもそうだが、村の長がしっかりしていると景気の悪い噂はあまり街に流れてこないんだ」
「じゃあベラールの村長さんも、きっと有能でいい人だね」
「まあ、王都管轄の村だ。村長を選んでるのは兄貴だし、それなりに使える人間だろう」
いい人がどうかは定かではないが、ライネルが選んだのなら不正のない有能な人間だということは確定だ。
もちろん、結局行ってみないとベラールの現状は分からないのだが。
そんな話をしつつ、馬車はどんどん南下し、やがて1日目の野営地に到達した。
ベラールの村への往来は他の村と違って活発なため、よく使われる野営地は雑草もなくきれいだ。その一角に幌馬車を駐めると、レオはキャンプセットをポーチから取り出し、夕飯の準備を始めた。
その傍ら、ハーネスを外したアシュレイが人化し、エルドワと水浴びに行く。
ユウトはそこにロジーで作ってもらった服を持って一緒に行った。
一度身体をきれいにした後にその服を着せる気なのだろう。
エルドワも人化したのか、水場の方からキャッキャとはしゃぐ声が聞こえる。
何とも平和だ。
その声を聞きながら黙々と食事を作っていると、やがて3人がレオの元にやって来た。
「レオ兄さん、見て見て。2人ともぴったり!」
「まあミワ祖父がしっかり採寸とデザインしてくれたからな。……さすが、萌えとか挟まずトゲとか付かず、爺さんのデザインはシンプルでセンスがいいな」
エルドワの服は少しだけユウトに寄せて、ハーフパンツとローブに似せたパーカーだった。そのフード部分には耳を出す穴が開いていて、ユウトのローブの犬耳とお揃いのように見える。これならユウトと街を歩いても、ぱっと見で半魔と気付かれないかもしれない。
アシュレイの方はしっかりと身体のサイズにフィットしたスラックスと、Vネックのシャツとベスト。シンプルだが、褐色の肌と相俟ってエキゾチックな感があるのが洒落ている。
「……俺は普段ずっと馬で、こういうものを身につけないから変な感じだ。でも、着心地は悪くない」
「当然だ。いい特殊素材を使っているからな。俺たちが着ている装備には及ばないが、その服には防御力や耐性が付いている。属性も、アシュレイには速さ+と力+、エルドワには防御+と力+を付けてある」
「俺、ユウトとお揃いみたい。似合う?」
「うん、似合う似合う。僕の弟みたいで可愛い。アシュレイのもカッコイイし、やっぱりちゃんと作って良かったね」
ユウトは2人を見て満足げだ。
「これで獣化する時は首輪の魔石に収納すればいいし、人化した時はすぐに装備できる。まあ、人化する場所は限られているだろうが、上手く使え」
「ああ。ありがとう、大事に使う」
「ユウト、レオ、ありがと!」
「うん、どういたしまして」
ユウト同様満足そうな2人に、レオは指示を出した。
「じゃあ人化したついでに、お前たちも手伝え。アシュレイ、そこに組み立て式のテーブルと椅子があるからセッティングしろ」
「エルドワはお皿とカトラリー用意してくれる?」
これだけ人手があれば、すぐに食事の準備は終わる。少し手が空いたユウトが簡単なスープを作り、鼻が利くアシュレイとエルドワは、近くに果物を採りに行った。
おかげでレオがメインになる大きな鉄板を使った焼きスパゲッティを作り終わる頃には、ずいぶん食卓が賑やかになっていた。
それをみんなでぺろりと平らげて、全員で片付ければこれまた早い。辺りはだいぶ暗くなったものの、まだ馬車に入って休むほど遅い時間でもなく、4人は焚き火の周りで各々くつろぐことにした。
「レオ兄さん、今日は別に誰も見張りに出ないんでしょ?」
「そうだな。魔物避けをつけたまま隠遁術式さえ発動すれば、襲われる可能性は皆無だし」
「だったらみんな馬車の中で休めるね」
まあどうせ、ユウト以外の3人は不穏な気配が近付けばすぐに目を覚ます。馬車の中にいても問題ないだろう。
そんな話をしていると、エルドワが参戦してきた。
「ユウト、俺今日あのもにょもにょするクッションの上で寝たい!」
「エルドワはあのビーズクッションすっかりお気に入りだね」
「構わんが、よだれ垂らすなよ」
「分かった、気を付ける!」
めっちゃ尻尾を振りながら、元気に答える。眠っている間に気を付けてもどうにもならんだろうと思うが、突っ込むのも意地が悪いか。
「ユウト、行こ!」
「え、もう? 仕方ないなあ」
エルドワに急かされて、ユウトは苦笑しつつ立ち上がった。これから2人でビーズクッションに埋まって来るのだろう。そのまままた寝ていたら、今度こそ写真撮ろう。
「レオ兄さん、僕たち先に馬車の中に行くね」
「ああ。お休み」
「うん、お休みなさい。アシュレイも」
「お休み、ユウト」
「2人とも、お休み! ユウト、早く!」
ユウトはエルドワに連れられて、馬車の荷台に入っていった。
おそらくしばらくは中ではしゃいでいるに違いない。彼らが眠った頃に入っていこう。
弟がいなくなって手持ち無沙汰になったレオは、焚き火の側で剣の手入れを始めた。
その向かいにいるアシュレイが、気にするように2人が入った馬車の中の様子を少し覗っている。
彼は僅かに何かを逡巡した後、控えめにこちらに声を掛けてきた。
「……レオさん。訊ねてもいいだろうか」
「何だ」
何気なく応じたレオに、アシュレイは不可解な質問をする。
「ユウトは何者だ?」
その言葉に、レオは固まった。
アシュレイはそんなレオに気付いているのかいないのか、言葉を続ける。
「俺は、ユウトに初めて会った時、問答無用でその存在に従属した。本能的と言っていい。もちろん今もあのひとを護り、役に立てることは喜びで、何の問題もないのだけど。……ただ昨日、レオさんを宥めたユウトから醸される香りが、とても強くて。祝福なのか、浄化なのか、それとも魅了か、もしくは他の何か? あれは一体何なんだろう……ユウトは何者なんだ?」
ユウトが何者か。
その単純で根本の重要な問いに、レオは答える術を持たなかった。




