弟、兄を癒す
ミワ父に一言ことわりを入れて馬車を引き出すと、レオたちはルアンと別れて城外へと向かった。
レオが御者席に乗り、ユウトとエルドワは余程気に入ったのだろう、荷台でビーズクッションに埋まっている。
一行を乗せた馬車はゆっくりと城門を出て、街道から少し外れた場所、昨日と同じ林の近くに停まった。今日もここで問題ないだろう。
御者席から降りたレオは、アシュレイのハーネスを外し、馬車の手すりを倒して隠遁術式を発動する。
それから、自分もユウトのいる荷台の方に乗り込んだ。
今日の弟はディアと色々話をしてきたはずだ。大精霊や祠のことに関しても何かしら聞いてきたに違いない。
とりあえずここなら周囲を気にせずその話が聞けるだろう。
そう思って入った幌馬車の中。
見ればユウトがクッションの上で、エルドワと一緒に丸まってうとうとしていた。ビーズクッションの感触と相俟って、馬車の穏やかな揺れが心地良かったのかもしれない。
うん、寝顔が激しく可愛い。俺の弟、究極に可愛い。撫で回して写真撮りたいくらい可愛い。萌え袖最高。
真顔で弟をガン見しながらそんなことを考えている兄に、ネイあたりが居れば突っ込みが入るのだろうが、あいにく今それを指摘するものはいなかった。
アシュレイがすぐに後ろから荷台に乗ってきたものの、ただ真顔でユウトを見るレオを見て困惑している。
「……レオさん?」
「待て、……やはり写真が先か……撫でると起きてしまうかもしれん。いや、シャッター音とフラッシュの方が刺激が強いか? だがフラッシュをたかないと暗くてちゃんと写らんしな……」
「……アン?」
「ちょっ、エルドワ、何故先に起きる!? そのまま動かずおとなしくしていろ、ユウトが起きるだろう!」
「……ん? 僕寝ちゃってた……あれ、どうしたの、レオ兄さん?」
ユウトが起きた。
「ああくそ! 最初の一瞬の迷いが命取りか……! くっ、次があったら写真が先だ!」
とりあえず目を覚ましても弟はすこぶる可愛い。レオはユウトの頭をめちゃめちゃ撫でた。これは写真を逃した兄の当然の権利だと思う。
そうして一応の気が済むまで弟を可愛がると、レオは一旦手を離し、ユウトの対面に座った。困惑していたアシュレイは、ようやく満足して普通に戻ったレオの、斜め後ろに落ち着く。
いきなり撫でられたと思ったら今度はあらたまって話をする態勢になったことに、弟はきょとんと目を瞬いた。
「何?」
「……今日、ディアたちと話をしてきただろう。大精霊や祠のことで聞いたことがあったら話してくれ」
「ああ、そのこと」
腑に落ちたユウトは軽く頷いて、少しの間記憶を辿る。
それからビーズクッションを降りて絨毯にぺたりと座った。エルドワだけクッションに再び埋まっている。
「えっと、残りの祠だけど、あるのはユグルダ、ガント、ベラールの村だって。王都から一番近いのはユグルダだよね。ガントはジラック管轄だから、どうなってるかな……」
「ベラールは王都からずっと南にある港町だな。まあ、どれを選んでもヴァルドの親族の吸血鬼が相手なんだろうが」
「ユグルダに封じられているのは『速さ』、ガントには『魔力』、ベラールには『幸運』だって言ってた」
「大精霊に幸運なんて概念があんのか」
「自分自身というよりも、世界にもたらす幸運とか祝福っていう感じみたい」
まあ、大精霊の力は世界の状況と比例するらしいから、それが幸運を失った状態だと世界にも幸がないということか。
「『速さ』のユグルダの村に行くのは、狐がいる時の方がいいかもしれん。ガントは一応馬車の幌を蜘蛛の糸で織った布と張り替えてからの方がいいな」
「じゃあ、次はベラール?」
「それでいいだろう。あそこは少し遠いが王都の管轄で比較的平和だし、魚介も美味い」
精霊の祠の状態がどうなっているかは分からないが、あの付近で高ランクのゲートが現れて困っているという話は聞かない。
祠さえ解放すればすぐ終わりそうだ。
「明日、エルドワとアシュレイの服を受け取ったら、その足でベラールに向かおう。徒歩だと4・5日掛かるが、馬車なら大体足かけ3日で着く」
「ん、分かった。アシュレイ、明日からまたお願いね」
「もちろん、任せてくれ」
ユウトに頼まれて、アシュレイは力強く頷く。おそらく街でじっと待っているよりも、ユウトを乗せて馬車を走らせている方がずっと嬉しいのだろう。
村までの間に宿駅はないが、馬車があれば問題ないし、アシュレイを手に入れたことも含めて、やはりこれは良い買い物だった。物資も買ってあるからいつでも出立出来る。
「明日からのことはこれでいいとして。……ユウト、他に何かディアと話したことは?」
「後は精霊術の話だよ。大精霊さんのことについては、全ての解放が終わったら色々説明してくれるって言ってた」
「……解放が終わったらだと? もったいぶりやがるな」
「いいじゃない。どっちにしろ解放はしなくちゃいけないんだし。とりあえず何があっても僕の味方で居てくれるって言ってるし」
ユウトはそう言うが、レオとしては大精霊と弟の繋がりが気になって仕方がないのだ。
大精霊と、そしてディアは、レオと同じようにユウトに対して何か告げていない秘密がある。腹の中に同じように含みを持つ者だから分かる違和感。
ユウトを宝物のように扱いながら、その理由を明かさぬ自分たち。
結局我々は、言いたくないのなら訊かない、というユウトの諦めというおおらかさに甘えているのだ。
そう、レオがディアたちに文句を言える立場ではない。
自分も同じ……いや、それ以上にユウトの諦めに甘えている。
……大精霊を解放してから説明してくれる『色々』の中に、どれほどの情報が含まれるのかも不確かなまま、弟はそれを許してくれている。
もしかするとレオが頑なに過去のことを話さないのと同様に、ユウトは自分の本質に至る話が聞けることを最初から期待していないのかもしれなかった。
兄が口を噤むことで過去の自分の存在を消し去られている彼の、その心中はもはや、自己喪失の絶望も感じないほどの諦めがあるのだ。
それでもなお、その元凶であるレオをユウトは許してくれている。
「……ユウト」
「なあに?」
今さらのように得も言われぬ罪悪感のようなものに襲われて、思わず縋るように弟の名前を呼んだ。赦しを求め、懇願するような。
その声音に少し驚いた様子のユウトは、不思議そうに首を傾げた後、ふうわりと優しく笑った。
「どうしたの? そんな顔して」
そんな顔とはどんな顔だろう。今自分がどんな顔をしているのか分からない。ただ、立ち上がった弟がこちらの頭をその胸に抱き寄せて、あやすように髪を撫でてくれたことに酷く安堵した。動揺し乱れかけた心が、この温もりだけで癒されていく。
そう、レオはいつだって護られている。あの時も、今も。
こうして俺を護れるのはこの子だけ。だからこそ、俺はこの子を何があっても護るのだ。




