兄、父に命を狙われた理由
「前国王とジアレイスがレオさんを殺そうとしていた?」
「そうだ。元々俺と親父は相性が悪く、あいつは兄貴だけを後継者として連れ歩いていた。まあ、俺は権力に興味はないし、親父の側に居るよりもゲートに潜っていた方が何倍もマシだから全然問題なかったんだが」
「……それなら、お互いに特に何の差し障りもなさそうですけど……それがどうして?」
「簡単に言えば、俺が強くなりすぎた」
前国王は、猜疑心が強い上に小心者だった。
それを隠すためにかえって尊大に振る舞い、権力を誇示することで下の者を抑えつけ、少しでも反抗的な者は排除していた。そうしていないと安心出来ないからだ。
そう、そしてその頃の父が安心出来ない要因と言えば、それまで冷遇してきた次男がどんどん強くなってきたことだった。
アレオンはいつしか『剣聖』と呼ばれる存在になり、一騎当千、向かうところ敵無しの代名詞のような男になっていたのだ。
「強くなったレオさんが恐ろしくなったということですか。しかし、レオさんほどの護国の功労者をそんな簡単に殺そうと?」
「いや、不仲であっても俺は親父の命令に逆らったことはなかったし、『剣聖』と呼ばれ始めた頃はまだ俺に対して強い殺意はなかったと思う。……まあ、派遣した先の遠いどこかの高ランクゲートで死んでくれてもいいとは思っていたかもしれんが」
「……では、前国王がレオさんを殺そうと考え始めた切っ掛けは?」
「それはおそらく、俺が初めて親父の命令に逆らったからだ」
当時のアレオンは厭世家で、もはや父の命令を拒否するのも面倒臭いという理由で、どんな命令にも従っていた。
どうせ何をやってもつまらない。
父の思惑通りにどこかの高ランクゲートで死ぬのも、特に構わないかとすら思っていたのだ。
それが変わったのは、魔法生物研究所を訪れ始めてからだった。
感情を封じられた小さな子どもとの出会い。
同時にジアレイスたちとも初めて会い、反吐が出そうな嫌悪感を抱いたことを覚えている。
「なぜレオさんが魔研に?」
「物理攻撃がほとんど効かない敵のいるゲートの攻略を命じられた時に、兄貴が魔研で魔法系の半魔を借りられるように手配してくれたんだ。親父が俺に人間の魔導師を付けることを渋ったからな」
「前国王は徹底してレオさんを人前に出したくなかったんですね。……ところで、その時出会った子どもというのは……」
「……俺に関わる部分は端折って良いと言ったよな」
本当はレオだけでなく、ユウトにも関わる部分。
もちろん鋭いウィルにはその子どもが誰かなんてバレているだろうが、これはそれ以上訊くなという牽制だ。
聡い彼はすぐに察して頷く。
「では続きを」
「……目的のゲートを攻略した後、俺は魔研で借りた半魔をその後もずっと連れ歩くことにした。何度か魔研に戻したが、そのたびに酷い扱いを受けていたからだ」
「半魔を連れ歩くことは咎められなかったんですか?」
「元々連れて行く時に、魔力を使い果たして倒れたら捨ててきていいと言われていた子だ。しばらくは問題なかった」
「……しばらくは?」
「俺が連れ歩いていたせいで、子どもがどんどん強くなってしまったんだ。ある時その半魔を、ジアレイスが魔研に戻せと言ってきた」
もちろん、そんなことを言われたって戻しはしなかった。
何かの実験に使われることは明白だし、何より、アレオンが半魔の子どもと離れるのが嫌だったのだ。こんなことはウィルに聞かせる気はないけれど。
「ジアレイスの要請を断ったら、きっと前国王にチクられますね」
「ああ。見事にチクられた」
そして、改めて父に暗黒児の返還を命じられた。
「それに初めて反抗したと」
「そうだ」
アレオンは『断る』と言っただけだったが、猜疑心の塊の父はそれをあたかも敵意の現れのように受け取った。
ジアレイスからもあることないこと吹き込まれていたようで、力を付けすぎたアレオンたちを排除しなくては危険だと思い込んだのだろう。
そして、その後も何度かあった半魔の返還命令をアレオンが無視し続けた結果、5年前の事件が起こったのだ。
「端から見れば反抗と言えるほどの反抗でもない気がしますが……レオさんたちが強くなればなるだけ、前国王の中で勝手に恐怖が肥大化していったのでしょうね。実際、レオさんがその気になれば、クーデターなんてひとりで起こせそうですし」
「興味ねえ」
「でしょうね。しかし猜疑心の強い者というのは、ありもしない裏を読んでしまうものです」
「クソ迷惑な妄想だな」
レオがうんざりと肩を竦める。
「それにしても、この時点ですでにレオさんがジアレイスと不仲な感じがひしひしと伝わってきますね。おそらく気に入らないレオさんを追い落とそうと、疑心暗鬼の前国王に色々告げ口したのでしょう」
「自分でどうにもならないと、権力を頼って追い落とす、か……マルセンを魔法学校から追い出した時と同じだ。まあ、俺の方は奴のプライドを傷付けるような内容じゃないが」
「プライドを傷付けたのは、その後のライネル陛下……。ジアレイスと前国王がレオさんを殺そうとする動機は分かりました。ここからが5年前のあの日、何が起こったのかの核心ですね」
5年前のあの日。
レオにとっては後悔ばかりの1日。
ただこれはウィルに話す必要のないことだ。レオはそれを一旦頭の中から追い出した。
彼に告げるのは、父と長兄、そしてジアレイスの間で何があったのか。
「その日、俺たちは魔研の地下にあるランクSSSのゲートに潜っていた。もちろんだがあのゲートはエルダールで最高難易度ランク。俺たちが死んでもおかしくない場所だ」
「なるほど、場所が魔研だったのは、国民人気の高い『剣聖』を殺したら要らぬ反感を買ってしまうから、そこで始末してゲートでやられたことにしようという魂胆ですね」
「そうだ。ジアレイスがゲートの出口で罠を仕掛け、親父たちが連れた部隊が俺に攻撃をする手はずだったようだ。……その親父が連れた部隊の中に、兄貴とルウドルトたちがいた」




