弟、ネイに助けられる
少々加筆修正しました。
話の流れに変更はありません。
朝食を終えたレオは、すぐに部屋に戻って寝てしまう。
感謝大祭期間のクエストは休みと言われたし、おかげでユウトには全く予定がない。
仕方がなく暇つぶしに宿から出る。
すると目の前の通りを、いくつもの荷車が通過していくのを見つけた。どうやらこの先の公園に資材を運んでいるようだ。
祭りは明後日から3日間。
おそらくその間にある催し物の設営だろう。
露店や屋台などはもう開いているものもいくつかあるし、すでに街中はお祭り気分だ。
(公園の露店、覗いてみようかな)
ユウトはひとりで大通りを歩き、公園に向かった。
各地から集まった商人は、ザインでは見ないようなアイテムを扱っていることがある。色々な用途の日用品やアクセサリーなどがあって、なかなか面白いのだ。
ただ、買う時は気を付けている。
レオ曰く、模造品や劣化品を正規品と偽って高く売る店も多いのだそうだ。とりあえず買い物をするなら、職人ギルドの公認マークが付いている店。もしくは夜に兄が一緒にいる祭りの時にしろと言われている。
だからまだ目利きの自信はないユウトは、レオと来た時に買いたい物を今のうちに探しておこうと考えていた。
「良い物揃ってんだろ、買えやコラァ!」
「何も買わずに行く気かテメエ!」
でも、公園に入って一発で駄目だと分かる店も多い。
明らかに荒くれの冒険者を雇って店番をさせているところ。これは商売ではなく脅しで売ろうとしているわけで、それだけで商品に価値がないことが分かる。
もし商品が模造品だとバレても、捕まるのは冒険者で雇い主はまんまと逃げるわけだ。よくこんな依頼を受けるものだと思う。
きっと冒険者ギルドを通さない、報酬が歩合制の依頼なのだろうけれど、全く割に合わない。
そういう店は見るだけ無駄だ。
ユウトはきちんと公園の許可された区画の範囲内で、ちゃんと値札を立てており、職人ギルドのマークが付いている店を見て回った。
武器や薬品なんかは見ても分からない。欲しいのは、少ない魔力を応用できる魔法アイテム。
(魔法のロープか。魔力に反応して長さが自由自在に変わる……これいいな。魔石も、こんなにいろいろあるんだ)
魔石は倒した魔物の身体の中からドロップするものだ。魔力の少ない下位のモンスターからはクズ魔石しか出ないが、それなりに魔力のある魔物からは属性や特殊効果の付いた魔石が出る。
魔法道具に使ったり、燃料として使ったり、用途は様々だ。
どれも欲しいけれど、魔法アイテムはなかなかの金額。詳しい使い方も知らないし、やはりここは一度レオに意見を聞きたい。
目についた興味のある露店をひとつひとつ見ていく。
そうして商品に目を取られていたせいで、向かいから会いたくない4人組が近付いていることに、ユウトは気付くのが遅れてしまった。
「……どうするよ、もうそろそろクエスト受けねえと金が尽きるぞ」
「しかし、あいつが現れねえことには……今さらランクCの依頼とか受けらんねえだろ」
「おめえらが毎日高い酒飲みすぎなんだよ。普通にしてりゃ1年は暮らせる金だったのに」
「とりあえずちょっとでも小金稼ぐしかねえ。アレやろうぜ。何人か衛兵に引っ立てりゃ、ちょっと良い飯代くらいはすぐ手に入る」
ごちゃごちゃと何かを話しながらやってくる男たちに、ふと目を向ける。途端にニールと目が合って、ユウトはしまったと思った。
今までと違い、なんだか明らかに機嫌が悪い。
こちらを見る胡乱な目つきはそのままに、口端だけ歪むようにつり上がる。
「満足に杖も使えねえランクDのガキが、高価な魔道具の露店を見るとか、身の程知らずだな。もしかして、こっそりくすねようとしてんじゃねえの?」
開口一番、悪意のある物言いにユウトはムッとした。
ランクDであることも身の程に合わない高価な露店を見ていることも事実だが、その先は明らかな侮辱だ。ユウトは穏やかな方だが、いわれのない疑いを掛けられて黙っているほどおとなしい人間でもない。
「そんなことしません。他人がそう見えるあなたこそ、そんなことを考えてるんじゃないですか」
「何だと! ぶっ殺されてえのか、この貧弱野郎!」
ニールが声を荒げ、周囲の視線が2人に集まった。
当然、露店の店主の目もだ。
その隙に、ひとりの男が露店の一番高価な魔石をかすめ取ったことに、誰も気付かなかった。
それはニールの仲間の盗賊の仕業だ。
男は何食わぬ顔でユウトの後ろに回り、そのポーチに今盗ったばかりの魔石を入れた。
そしてユウトの見えないところから、ニールに目配せをする。冤罪ではめるつもりなのだ。
これは金がない頃からの、男たちのよくやる小金稼ぎの手段だった。実入りは少ないが、万引きの品を横流しして捕まるよりリスクはぐっと低い。
いつもの男の視線に気付いたニールは、ほくそ笑んだ。盗賊の男が自分の後ろに戻るのを待ってから、わざとらしく店主を促す。
「万引きはれっきとした犯罪だよなあ。おい、店主。何かなくなってる物はないか?」
「えっ、あ! 上位魔石がない!」
その言葉に見世棚を確認した店主は、慌てたように周囲を見回した。ニールがそれを一瞥し、ユウトを睥睨する。
「やっぱりな。ほら、直前まで見ていたのはお前だ。ポーチの中を見せろ」
「は? 僕?」
たった今、ニールと話す直前まであったのだ。それをにらみ合いながら、どうやって盗れるというのだろう。
目を丸くするユウトに、男たちはにやにやと笑った。
「もしそこに魔石が入っていたら、衛兵に突き出すからな。万引き犯確保の謝礼金は銀貨2枚程度しか出ねえが、これも街の治安のためだ」
「……いいですよ。店主さん、僕のポーチの中、探して下さい」
何にせよ、自分にやましいところはひとつもない。
ユウトは男たちではなく店主にポーチを渡した。店主もこの直前まで魔石があったことは分かっていたようで、ユウトがそれを盗る隙があったとは思っていないようだった。
それでも一応と、ポーチの中を丁寧に探る。
「……ありませんね。彼ではないようです」
「は!? 何だと!?」
「絶対そこにあるはずだ! もっとちゃんと見ろ!」
しかし店主は、魔石を見つけられなかった。
それにニールと盗賊の男が驚いて、慌てた声を上げた。その言葉は彼らが魔石の行方を知っているとにおわせるものだったが、本人たちは気付いていない。
「僕のポケットとか見ますか?」
「違う、そのポーチをよこせ! きっと隙間の方に……」
「あのー、すみません。ちょっといいですか」
魔石を探し、ユウトのポーチを奪い取ろうとするニールに、不意に声を掛ける人間がいた。
その安穏とした声は聞き覚えがある。ふとそちらを見ると、ユウトのすぐ後ろで狐目の男が微笑んでいた。
「ネイさん」
「俺、見てたんですが。魔石を盗ったの、あなたですよね」
ユウトの前に庇うように出てきた男は、その指をついと盗賊の男に向けた。
「なっ、て、てめえ、俺に濡れ衣を着せようってのか!? 俺は知ってんだ、間違いなくそのガキが盗ったんだよ!」
「おや、ずいぶん物知りな人だ。まるで魔石の行方を最初から分かっているみたいですね」
「な、何を……! 俺を疑うなら証拠を見せろ!」
明らかに動揺した男に、周囲から疑念の視線が飛ぶ。引くに引けないのだろう、喧嘩腰で前に出てきた盗賊に、ネイは平然と相対した。
「では、この布袋の膨らみは何でしょうね? ……あらら、魔石が出てきちゃいましたよ」
「えっ!? な、何で、俺はあのガキのポーチに……!」
「お前っ、どうなってんだ!?」
魔石を盗ったのを見ていたというネイは、盗賊の男が腰に下げていた巾着から、盗まれた上位魔石を取り出した。
それを見たニールたちは驚愕する。衆人環視の中で、自分たちの盗みが想定外な形で暴かれたのだ。
「そんなはずはない! そ、そうだ、そのガキが俺に罪をなすりつけるために、盗んだ魔石をこの巾着に入れたんだ!」
「うわあ、見苦しいなあ」
そんな盗賊の男に、ネイは肩を竦めて苦笑した。
「君たち、上位魔石のこと知らないのかい? クズ魔石は魔力の干渉を受けるもの、通常魔石はその内に魔力を閉じ込めているもの。そして上位魔石は、自在に魔力を出し入れできるもの。……人には誰でも微量の魔力があってね。この上位魔石は触れた人間の魔力が残留するんだよね」
「な、何だよ、いきなり魔石の講釈たれやがって」
「だからさ、早い話が」
ネイは男の手首を掴む。
「もし彼があなたの巾着に魔石を入れたというのなら、触れていないんだからあなたの魔力は魔石に残留していないはず。そして、彼の魔力が残留しているはず。……逆に、君の魔力が残留していて彼の魔力が残留していないなら、君しか魔石に触っていないことになるよね。あ、まあ、今俺が触っちゃったから俺の魔力も残留してるけど。……意味、分かるかなあ?」
そう言って、ネイは魔石を店主に返し、男の腕を引っ張った。
「主、魔力識別できる? 残留してる魔力が誰のか当てるの。俺もできるけど、あなたができた方が確実でしょ」
「本人と並べての同位識別ならできます。……はい、残留しているのは私の魔力とあなたの魔力と……この男の魔力に間違いありません。他の残留魔力はないので、彼は触れていない。……盗んだのはこの男です」
「そういうことみたいですよ、衛兵さん」
いつの間にかこの騒ぎを聞きつけた衛兵が、観衆の中に混じっていた。ネイが呼びかけたタイミングで、盗賊を取り囲む。
「ち、違う、こんなはずじゃ……!」
「現行犯だぞ。言い訳は向こうの屯所で聞く」
衛兵に引き立てられて行く男を、ユウトはぽかんと見送った。
男の仲間の3人は、衛兵が来た瞬間に逃げてしまった。何だろう、ランクAの依頼を次々こなす辣腕ぶりは、全く感じられなかった。
「災難だったねえ、ユウトくん」
決着がついたことで観衆は消え、そこに残ったのはネイとユウトだけ。その段になって、彼はユウトの名前を呼んだ。あの男たちに名前を知らせない配慮だろう。
「あ、ネイさん、助けてくれてありがとうございました!」
「別に君は何も悪いことしてないんだから、礼を言う必要ないよ」
「いえ、あのままだったら疑われてたし。魔石がどこから出てきても、なすりつけられてたかもしれないし。あんなふうに格好良く解決できなかった」
「はは、格好良いか、可愛い言い方するね」
ふわりとこちらの頭を撫でる。何だか子ども扱いだ。やはり見た目のせいだろうか。
「……それにしてもあの人たち、依頼いっぱいこなしてお金あるはずなのに、なんで万引きなんてしてんだろ」
「まあ、端的に言うと馬鹿だからかな」
ネイはそう言ってにこと人懐こい笑みを浮かべた。
「ああ、ずっとクズを見てたから、君みたいな真っ当な子見てるとほっとするよ。あっちは何の収穫もなかったし……。でも、今のは少しだけ気分が晴れたな」
「……クズを見てた?」
「うん。まあ、捨てられたゴミ?」
ずっとゴミを見てるってどういう状況だろう。よく分からない。
「清掃のお仕事ですか?」
「まあ、そういう仕事もするね」
ネイは細い目をさらに細めて笑った。
彼は何だかちょっと不思議な雰囲気の人だ。
「それにしても、ネイさんは物知りですね。魔石のこととか、僕詳しく知りませんでした」
「ああ、魔法道具に関しては、昔少しだけ勉強しててね。物の善し悪しとか、応用方法とか、色々調べていたんだ。自分では魔法使えないんだけどね」
「そうなんですか」
魔法を使えないのに魔法に詳しいなんて、レオみたいだ。
「君は今日はお買い物? クエストはお休みかな」
「はい。大祭の期間中は冒険者ギルドが混むから、お休みしようって兄が」
「それがいいかもね。各地の冒険者が集まってるから、君みたいな騙しやすそうな子は変なのにすぐ絡まれるよ。……さっきの奴らの残りも、また遭うと面倒そうだ」
「騙しやすそう……? うう、でも、そうですね。……今日はもう帰るしかないかなあ」
この付近を歩いていると、またニールたちと会う可能性がある。ちょっとそれは勘弁願いたい。せめてレオがいる時ならいいのだけれど。
「どこか寄るつもりだったのかい?」
「ええ、裏路地の魔法道具屋のおじいさんのところに。魔法をもっとちゃんと使えるようになるのに、話を聞いてみたいと思ってたんですけど」
「魔工爺様のところか。……良かったらついていってあげようか?」
「え?」
ネイの思わぬ提案に、ユウトは目を瞬いた。
そんなに親しい間柄でもないのに、いいのだろうか。
「一応、昔冒険者のまねごとをしていたことがあってね。他人の気配を読むのとか得意なんだよ。ああいう奴らを回避できた方がいいだろう?」
「でも、いいんですか? お仕事とか忙しくないですか?」
「いいよ、ちょっと今のゴミを見張る仕事飽きちゃったんでね。気まぐれの気分転換だから。行こう」
こちらが了承する前に、ネイは歩き出す。結構強引な人だ。全然嫌な感じはしないけれど。
人混みを誰にぶつかることもなくスイスイと歩いて行く彼に、ルアンみたいだなと思いながら、ユウトはその後ろをついていった。