兄、ルアンの成長を褒める
昼間になると、冒険者ギルドはだいぶ暇になる。
レオが訪ねた時間もすでに受付カウンターにだいぶ空きがあった。
それでも、高ランク冒険者に需要のあるウィルの受付にはまだ人がいる。
待つしかないか、とクエストボードでも冷やかしに眺めに行こうとすると、その二つ隣のカウンターにいたリサに笑顔で手招きされた。
「こんにちは、レオさん。今日はユウトくんと一緒じゃないのね」
近付いたレオに、彼女はカウンターの椅子を勧める。
ウィルの手が空くまでは特にすることもないので、レオは勧められるまま座った。
「ユウトは今魔法学校にいる」
「そうなの? ルアンが2人に会いたがってたから、もし時間があるならあの子とも会ってあげてね」
ユウトに会いたいのは分かるとして、レオにも会いたいというのはやはり自分の実力を試したいからだろう。以前から、ルアンはレオに気付かれずに近付けるよう、気配を消すことに腐心していた。
「ユウトも会いたいと思うから後で会わせる」
どうせだからウィルと話している間に、ルアンに魔法学校までユウトを迎えに行ってもらってもいい。街中ならば、ルアンとエルドワがいればどこに行くのも安心だ。
「今日のご用は? クエスト依頼?」
「いや。ウィルに話があって来た」
「ああ、ウィルくんは1回あたりの相談時間が長いから、もうちょっと待ってね。彼の知識をあてにする冒険者は多いのよ。この間なんて、一緒にゲートに来てくれってせがまれたりしてたし」
「まあ、そうだろうな」
あれだけの魔物知識なのだ。魔物の弱点、耐性、攻略法まで知っているウィルに、クエストについてきて欲しいと思う冒険者は多いだろう。
……ただ、稀少モンスターに遭遇した時の彼のテンションがどうなるかを考えると、自分は絶対連れて行きたくないが。
特にレオなんかどんな稀少なものも必要な素材以外は大体放置してくるから、ものすごい勢いで叱られそうだ。
想像しただけで頭が痛くなりそうで、レオは話を変えた。
「ダグラスたちはどうだ。ランクS修行に音を上げてないか」
「イレーナさんに対する愚痴はすごいけど、やる気はあるわよ。朝から騎士団の修練場へ行って、毎日がっつりしごかれて帰って来てるわ。……それにしてもやっぱり、きちんと鍛えてもらうと違うわね。自己流で武器を振ってた時とは筋肉の付き方が変わって……何ていうか、上級冒険者の雰囲気になってきたわ」
冒険者ギルドの受付として何年も冒険者を見てきたリサには、ダグラスの変化が分かるのだろう。
武器の扱いが上手くなっていくと、その動きはどんどん無駄を削がれ、今まで力頼りで使っていた筋肉が要らなくなる。その身体はだいぶ絞られているはずだ。
同様に感覚も鋭くなって、視野が広くなり、動きに余裕が出る。
高ランク魔物と戦うならその余裕が必要だ。常にいっぱいいっぱいでは、戦いながら作戦を練ることもできない
まあ、現在はイレーナ相手に常にいっぱいいっぱいだろうけれど。
おそらく今ダグラスたちがランクAゲートに入ったら、余裕過ぎて拍子抜けすることだろう。
「そう言えばルアンもなんか最近強くなった感じ。師匠のネイさんから武器を譲り受けたらしくて、楽しそうに修練してるわ。うふふ、あの子ネイさんのこと大好きなのね~。ウチの旦那はそれが面白くないようだけど」
数多の冒険者を見てきたリサが言うのだから、皆がだいぶ強くなったことはもはや間違いあるまい。ダグラスは相変わらずネイを敵視しているようだが、それはどうでもいい。
「お待たせしました」
「あら、ウィルくん。終わったの?」
「はい」
特にウィルに対してアポも取っていないし、待ってるなどと言ってもいないのだが、彼は冒険者との相談が終わると、すぐにリサの後ろにやってきた。
「少し席を外します。よろしいでしょうか」
「うん、大丈夫よ。もう受付も暇だし」
そして、何も言っていないのにカウンターから出てきた。
おそらくレオがユウトを置いてひとりで来たからには、ここで出来る話ではないと察したのだろう。相変わらず話が早い。
そのまま2人は連れ立って、冒険者ギルドの外に出た。
特に何を言わなくてもウィルは人気のないギルドの建物の裏に入る。おそらくここは冒険者ギルドの関係者しか入ってこない場所。そこで彼は立ち止まり、こちらを振り向いた。
「ジアレイスの話を?」
「そうだ。……だが、ちょっと待て」
無駄な前置きは何もない。しかし、少し早すぎる。レオはこのまま話の核心に行ってしまいそうなウィルを止めた。
それから、注意して周囲を伺う。
ルアンが近くに潜んでいるはずなのだが、とても上手く気配を消しているようだ。移動の際にちらちらと気配が見え隠れするが、それ以外ではネイと同等と言っていいくらい周囲に同化している。
あの男が自慢していた通り、ルアンはだいぶ成長しているようだ。
それでも、レオは彼女を捜し当てた。ルアンの隠れている場所に向かって、ちょいちょいと指で招く。
すると彼女は壁向こうからひょいと塀を乗り越えて現れた。その表情は少し悔しげだ。
「うー、もう見付からないと思ったのに! やっぱりレオさん相手じゃまだまだかあ~」
「いや、ずいぶん上手く気配を殺すようになったな。俺でもかなり注意しないと気付かないレベルだった。お前の師匠が自慢するのも分かる」
「ほんと!? やった! レオさんに褒められた!」
ルアンはころりとご機嫌になった。反応が素直で分かりやすい。
「ルアンさん、今日も見張りをしてくれていたんですね、ありがとうございます」
「うん、まあ仕事だし。隠密の修行になるし、ウィルさんを見守ってると自然と魔物知識が付くし、問題ないよ」
「ほう、魔物知識が。それは役立つな」
「冒険者ギルドの中にいる時はウィルさんって大体高ランクゲートの案内やってるし、魔物についてとか攻略法とか詳しく語るからね。オレ、周囲に溶け込んで、結構近くで聞いてんの」
高ランクの魔物のデータは持っていて損はない。特に、ウィルが提示する攻略法まで覚えているなら、魔物の倒し方のバリエーションはだいぶ広がるはずだ。
初見の魔物でも、類似の魔物から倒し方のヒントを得ることができることもあるだろう。経験と知識の積み重ねは、必ず力になるのだ。
「でも、そろそろ少しクエスト行きたいなあ。せっかく武器を手に入れたのに、使う機会がないんだよね」
「そういえばリサが言っていたな。ネイから武器をもらったんだって?」
「そうなんだよ! 師匠に譲ってもらったの! 見て見て、これ!」
「……ほう、祝福付きの短剣か。あいつが長年愛用していた剣だが、ルアンに渡るとはな」
そういえば先日、ネイにジャイアント・ドゥードルバグの顎で短剣を作らせていた。それを素材にしてミワが作った短剣は、ネイ用にカスタムされた腕力+と速度+が付いる優れものだ。
そちらと入れ替えたものを、ルアンにあげたのだろう。
「祝福付き……クリティカル++と幸運+が付いているんですね。攻撃力も高いしかなりのレアものです」
「今までこの短剣以上のものが出たことがなかったからな。良いものをもらったな、ルアン。この属性はお前にぴったりだ。……イレーナにそろそろダグラスたちをゲート攻略に出せと連絡しておいたから、まもなく出番が来るだろう」
「ほんと!? 楽しみ! ……でも、その間ウィルさんの警護はどうすんの?」
「そういうことなら、ルアンさんがいない間は無駄に出歩かないようにします。大体あの男の行動パターンは読めてきましたから、回避も可能ですし。それに、今すぐどうこうということはなさそうです」
あの男、というのはもちろんジアレイスだ。ウィルはすでにその行動パターンを読んでいるらしい。
ならば然程心配はあるまい。
「お前やダグラスたちにも、そろそろ実戦の勘を取り戻してもらわんといかん。今後一流装備を作るにも金が掛かるし、まずはクエストに精を出して頑張って稼げ」
「そういうことなら」
レオの言葉にルアンが頷く。
それでいい。
とりあえずレオとしては、彼女とその父たちが別働隊として力をつけてくれれば十分。
魔研や世界の事情についてまで深入りさせる気はないのだ。
ここから先の話までルアンが関わる必要はない。
そう思った時、彼女の方から話を変えてきた。
「そういえばレオさん、今さらだけどユウトは今日は一緒じゃないの?」
「ああ、魔法学校に預けている。……そうだな、ここはもう良いから、ユウトを迎えに行ってくれないか。帰りに少しくらい寄り道しても構わん」
「あ、良いの? やった、ユウトと会うの久しぶり! 一緒に行きたいジェラート屋を見付けたんだよね!」
ルアンはすぐに請け合った。彼女にとっては同年代の気の合う友人、ユウトと積もる話もあるだろう。ルアンはにこやかにこちらにいとまを告げた。
「じゃあオレ、さっそくユウトを迎えに行って来る。えっと、ユウトのこと、冒険者ギルドに連れてくればいいの? それとも家?」
「いや、このあとどのタイミングでどこに移動するか分からんから、ジェラートを食い終わったら連絡をくれ。ユウトが俺と繋がる通信機を持ってる」
「え、何それ、すごい! 後でユウトに見せてもらおうっと。とりあえず、オレ行くね」
「ああ、頼む」
軽く挨拶をした彼女は、すぐに気配を消して、表の通りに向かって駆けていった。
時系列の間違いをご指摘頂いたので訂正しました。
ありがとうございます!




