兄、弟に甘い
馬車に乗って王都に入り、レオたちはロジー鍛冶工房の裏口に向かった。
アシュレイの大きさが少し周囲の目を引くが、それは仕方が無い。何度か往来すればそのうち皆慣れるだろう。
一行はそのまま大通りを進んだ。
「ミワさんのお父さん、たびたびすみません。馬車を持ってきたので見てもらえますか?」
「おお、待ってたよ」
ユウトが店に入り、ミワ父に声を掛ける。やはりそこにはまだ客はおらず、すでに男はさっき頼んだエルドワたちの服作成に手を付けていたようだった。
その手を一旦止め、裏口の方に出てきたミワ父は、馬車より先にまずアシュレイの大きさに目を丸くした。
「大っきい馬だな! 馬車が2頭立てだから大きさのバランスはそれほど悪くないが、ハーネスと繋ぐ部分のサイズを合わせないと馬も走りづらいだろう。御者席もこのままでは低くて前が見えないし、手綱も操りづらい」
「あんたでも改造できそうか?」
「術式や本体のバランスに響かないところならどうにかな。うーん……これはタイチくんたちにも見てもらった方がいいかもしれない」
「はいはい、じゃあ俺が呼んできましょうか?」
ミワ父の言葉を受けたネイが手を上げる。
それにレオが怪訝な顔で振り返った。
「……お前、なんでまだいるんだ。もう用はないだろうが」
「え? だって馬車にどんな改造が為されるか気になるじゃないですか。おそらく今後結構な確率で俺が御者席に座るし」
……確かに、このメンバーで移動となればネイが御者だ。また、この馬車を隠密用に貸し出しても、もちろんこいつが御者になるのだろう。それに道中の馬車の故障はほぼこの男が対応することも考えれば、この馬車の造りは見せておいた方がいいのかもしれない。
「……タイチと母を連れてこい」
「了解しました」
そう命じることでネイがここに残ることを暗に許可する。
その意図はすぐに彼に伝わって、ネイはにこりと笑うと、タイチたちを呼びに一度離脱した。
「ちなみに、レオさん的に改造希望場所はどこなんだい?」
「まずはさっきあんたが指摘した場所と、幌の張り替え。あと、今の術式だと一度効果範囲から出ると戻れないんだが、それをどうにかして許可した者だけ馬車に戻れるようにしたい」
「……術式をいじるとなると、やはり義父さんの手伝いが要るな。他には?」
「後はその都度でいい。適当にちょこちょこ頼むことにする」
「そうか」
ミワ父は馬車を細かく観察し、サイズを測りながらそれを図に起こし始めた。
使われている木や金属の材質まで、詳細に書いていく。
こうしているとデキる職人という感じだ。ただひとつ、棘を付けようとか考えていないかだけが心配だが。
「レオさん、それが例の馬車? さすが爺さんたち、しっかりした造り……うわ、馬でかっ!」
少しすると、ネイに連れられてタイチとタイチ母がやって来た。
アシュレイに驚く息子の後ろで、母は本の読み過ぎか目をしばしばさせている。
「おう、来たか2人とも。レオさんたちが術式を改変して欲しいそうなんだが、俺じゃ分からなくてな。ちょっと見てくれ」
ミワ父に呼ばれた2人は、馬車の四隅にある魔石が付いた手すりを覗き込んだ。
「俺は装備品に特化しちゃってるから、こういうのコード見ないと分かんないんだよね。母さん、分かる?」
「はいはい、どれかしら。……あらあ、この術式はお義父様オリジナルな上に複雑な組み合わせ……。光の屈折、映像の再配置、触感テクスチャの変更、進入禁止……よくこんなのをひとつの術式にまとめ上げたものだわ」
「改変は可能なのか?」
「私も曲がりなりにもお義父様の弟子だったから、術式作成の癖を知っているし、全部のコードを読み解けばどうにか。ただ、時間は数ヶ月単位で掛かるわね。お義父様に直接訊けるならずっと早いんだけど」
「だよなあ。……とりあえず、母さんと爺さんの渡りは俺がつけてみるよ。レオさんたちの馬車だって言えば、爺さんも無下には出来ないからね」
そこはタイチが引き受けて、術式の改変は保留になった。
その間に図を起こしたミワ父が、術式に関係なく改造できそうな、御者席の位置を思案する。
「多少のずれは出るが、荷台はいじらず御者席だけ高くして調整するか。……そうなると階段で対応するのは難しいな。ユウトくん、少し上りづらくなるかもしれないが、御者席に乗り込む時の階段を梯子に付け替えていいかな?」
「え、僕ですか?」
「レオさんやネイさんは梯子なんて特に問題ないと思うんだけど、ユウトくんがエルドワを抱えて御者席に上るのとかちょっと危ないかもしれないからね。どうだろう、平気そうかな?」
確かに、レオとネイは片手にエルドワを抱えたまま梯子を上るなんて朝飯前だが、小柄なユウトだと心許ない。
しかしミワ父の気遣いをよそに、弟は何の心配もしなかった。
「あ、それは大丈夫です。いつもレオ兄さんがエルドワごと僕を抱えて御者席に乗せてくれるんで」
「そうだな、問題ない。いつも俺が抱っこして乗せるから」
18歳の弟をいつも抱っこして馬車に乗せる兄。それを当たり前のことのようにさらっと告げる弟。
それにミワ父だけが微妙な顔をしたが、タイチは普通に納得し、タイチ母は萌えた。
「まあ、ユウトくんは可愛いから、レオさんが過保護になる気持ちは分かるなあ」
「ああん、甘い! 過保護溺愛たまらん好き! もっとやれ!」
「……あれ? いい年した男兄弟ですよね?」
「その突っ込みの今さら感」
ミワ父の呟きに、ネイが苦笑した。
しかしレオとしては、他人にどう思われようが知ったことではない。自分がユウトを可愛がることで誰に迷惑を掛けるわけでもないのだ。
愛情の出し惜しみをして、あの時のように後悔したくない。
これからも弟を甘やかす気満々の兄だ。
「と、とりあえず梯子にしても問題ないってことだな。後は馬車を一頭で引けるようにして……。幌も材料さえあればすぐできるな」
「そっちの改造はいつ出来る?」
「材料の調達に少し掛かるが、それが揃えば3日ほど馬車を預けてもらえば出来る」
「3日か」
それくらいならすぐに時間を取れる。術式の方は手配でき次第になるが、物理的に気になる問題はこれで解消できるだろう。
「では、材料が揃った頃に来る」
「よろしく。ちなみに、今日はこのまま馬車を預かってもいいかな? 細部の部品まで図に起こしたいんだ。馬車をいじる際に親父から何か助言がもらえるかもしれん」
「構わんが……だったら馬も一緒に預かってもらっていいか? 食事は後で俺たちが持ってくるから」
「ああ、問題ないよ」
「助かる」
これで今日はアシュレイも王都内で休める。ありがたい。
とりあえず後は改造準備待ちだ。
「馬車は倉庫の方に移しておくから、馬の餌を持ってきた時は勝手に入っていいぞ。そろそろ店を閉めてしまう時間だからな」
「ウチの方も何とか爺さんと話進めておくから、時々進捗を見に訪ねて来てね。こっちでももえすでもいいよ」
「ああ、分かった」
「私もここで少し馬車の術式の確認をして行くわね」
「皆さん、ありがとうございます。よろしくお願いします」
最後にユウトが、ことさら丁寧にお辞儀をした。




