兄、ロジーで仕事を依頼する
「こんちはー」
「おう、タイチくん! どうした、レオさんたちと一緒に」
ロジー鍛冶工房に入ると、ミワ父はすでに仕事着だった。看板も出しているし、営業中だと分かる。
しかしここ数年の評判低下が響いていて、店内に客はいなかった。
「レオさんたちが、叔父さんに仕事お願いしたいって。ちょっとウチも関わるからさ、相談」
「ほう。今は時間が有り余ってるからな! 喜んで受けるぜ」
「まずは、特殊素材の服を作ってもらいたい。デザインやサイズはこれだ」
レオは、さっきタイチに書き込みをされたデザイン案をミワ父に渡す。
それを見た彼は、すぐにミワ祖父のデザインだと気付いた。
「おや、先に親父に採寸とデザインしてもらってきたのか。どれ……おお!? 何だこの大男サイズ!?」
「……知り合いのだ。作らんと合うサイズがなくてな」
「そりゃそうだろう! この身長、サイズからも分かる筋肉量! 世紀末の覇者的な体格……!」
「あ、ミワさんのお父さんもお爺さんと同じ感想なんだ」
「……まあそうだろうな」
と言うか、おそらくミワ父の方が世紀末的嗜好が強いだろう。
嫌な予感がする、と思ったら、案の定彼は興奮し始めた。
「せっかくのこの体格、こんな普通デザインではもったいない……! 棘付きのショルダーと角付きの兜もつけるべきだ! すね当てに鋲を打ってもいいな!」
「いらん。余計なことすんな」
「いやいや、だってこれ着る人、絶対秘孔突くよね!?」
「突かねえ。秘孔とか知らんっつうの」
レオの冷たい視線にも怯みもしない。この一族は本当に腕は良いのに残念部分が多すぎる。
「叔父さん、ここに使う素材とか埋め込む属性とか全部書いてあるから。変更したり余計な付属付ける隙はないから、このまま作って」
「むむ、何と……? くっ、確かにこれはトータルで成り立つ無駄のない配分で、仕込みの装置を入れる隙も無い……! 仕方がない、今回は諦めるしか……」
タイチの書き込みを見たミワ父は、渋々とだが引き下がった。
なるほど、さっきタイチが心配だからと先回りして素材を書き込んだのは、このためだったか。
もえすにいる時はユウトを変な目で見る変態だが、周囲がさらにこんなだとタイチがまともに見える。
「服はどのくらいでできる?」
「2着程度なら明後日には」
「そうか。では頼む」
これでエルドワとアシュレイの人化時の服はOKだ。
後はもうひとつ。
先にそれに言及したのはタイチだった。
「ところで叔父さんは、爺さんたちが合作した馬車のことって知ってる?」
「馬車? ……あー、ずいぶん昔にそんなん作ってた気はするなあ。俺がまだ十代の頃だぞ?」
「それをレオさんたちが中古で買ったんだって。んで、その改造を俺たちに頼みたいっていうんだけど」
「あの馬車を? そりゃ奇遇だな。だが、あれをいじるなら親父たちの助けがないと難しい。ひとつひとつの部品も自作だったし、その設計図だってもう無いだろうしなあ」
やはり初代2人の力を借りないと大胆な改造は無理なようだ。
しかし、どうせそこまで急ぐ話ではない。現状でもかなりいい馬車であることは間違いないのだ。
まずはできるところからでいい。
「別に一度にがっつり改造して欲しいわけじゃない。時間がある時に少しずつ手を加えてもらえば。……まあ、爺さんたちがそろってくれるなら話は早いだろうが、追々で構わん」
「ふむ、そうか……。どちらにしろ他の修理工で改造できる馬車ではない。パームの方はどうだ?」
「母さんが爺さんとやりとり出来るようになれば、術式をいじるのはどうにかなる。俺が間に入ってちょっと上手くやるよ」
「ラダにいるウチの親父の方は何も考えてないから、助力を仰ぐのに問題はない。なら、いけるな」
ミワ父は確認するようにひとつ頷いた。
「レオさん、とりあえずその馬車を見せてくれるかい?」
「ああ、後で引いてくる。店の前につけていいのか?」
「いや、裏庭に荷物搬出用の馬車を置くスペースがあるから、そこに連れて来てくれ」
「分かった」
これで馬車の改造も少なからず進展しそうだ。
この機にパームとロジーのわだかまりが解ければいいが、そこから先はレオたちには関係の無いこと。後は彼ら次第。
さしあたってロバートへの義理は立てたし、文句はなかろう。
そうして話が一段落ついたところで、不意に横からユウトが彼らに訊ねた。
「あの、タイチさんのお父さんとミワさんのお母さん、ジラックから助けられたんですよね? ここにいらっしゃらないんですか?」
そういえば、見当たらない。
彼らを助け出したネイの話では、痩せ細ってはいたが普通に動ける様子だったけれど。
まだ店には出ずに休んでいるのだろうか。
しかしどうやら違うようで、タイチとミワ父は、少し複雑そうに互いに顔を見合わせた。
「……どうした?」
「……実は2人とも助け出してもらったものの、まだ王宮の地下牢にいるんだ」
「えっ!? 何でですか?」
彼らがジアレイスたちに術か薬で操られていたことは、ネイが報告したからライネルも知っているはず。その国王が、2人を罪に問うとは思えないのだが。
怪訝に思うレオたちに、しかし彼らは大して悲しんでいる様子も見せなかった。
「王宮からは、本当は帰っていいって言われたんだけどさ。父さんたち、今までの記憶があるらしくて、ちゃんと罪を償うまで牢にいるって言うんだよ」
「えええ、律儀ですね……」
「ま、罪を償わずには家に戻りづらいってのもあるんだろうけど。でも数日前に面会に行ったら、地下牢は結構好待遇で居心地良さそうだったよ」
そう言ったタイチは呆れたような苦笑を見せた。
それにミワ父が続ける。
「かえって王宮の手間になるかと思って、説得して連れ帰ろうとも思ったんだがな。逆にネイさんに説得されてそのままにしている」
「ネイさんに?」
「妻たちをあんなふうにした張本人が今も王都をうろついているから、連れ出して生きているのがバレると危険だって」
「……ああ、なるほど」
未だジアレイスは王都を探り回っている。その男と魔研の悪行を知る2人。死んだと思っていた2人がパームとロジーに戻ったことをあの男が知ったら、間違いなく消しに来るだろう。
さらに、彼らをジラック領主宅の地下牢から連れ出して殺したはずのリーデンにも疑惑の目が向く。
2人が世界樹の葉の朝露で回復していることまでバレれば、そこから最悪イムカの生存まで知られる可能性もないとは言えないのだ。
リーデンはマメにラダの村に通っているようだし、バレるリスクは高い。
「……もしかしてネイさんが地下牢に行ってるのって、そこにいるお二人に話を聞いているのかな?」
「おそらくな。あいつらはまだジラックに関する調査を続けているんだろうし」
内緒の聴取をするのにも、その身を匿うのにも、王宮の地下牢は打って付けだ。彼らを護るには一番安全な場所と言っていい。
それが分かっているから、タイチたちも特に悲観をしていないのだ。助け出した2人もそこに残ることを希望しているのなら尚更。
「ただ、妻たちがいつまで牢に入っていればいいのかが、判別つかないのが困るんだがね」
「ジラックの件が落ち着いて、エルダールが平穏になれば大丈夫ですよ。そのためにライネル国王陛下たちも頑張ってくれてます。僕たちも微力ながら頑張ってますし」
……微力というか、ほぼレオとユウトがメインで世界を救う作業をしているのだが。
口には出さず、内心だけで突っ込む。
「……まあ、そんなに長い時間は掛からんだろう。おそらくひと月後のエルダール建国祭あたりが山だ」
「建国祭か。そのくらいで出てこれるならありがたいが」
「俺たちもできる限りのバックアップはするから、何でも言ってね、レオさん。良かったらユウトくんの『可愛い』強化とかも承りますので!」
「ユウトの『可愛い』強化……!」
「いえ、そういうの要らないです!」
タイチのありがたい提案を、ユウトが即座に切り捨てた。もったいない。
「何につけ、パームもロジーも今は暇だし、依頼はレオさんたちのを優先するよ。とりあえずはこの服の完成からだな」
「ああ、頼む。後で馬車も持ってくる」
「よろしくお願いします」
ユウトが丁寧にお辞儀をした。
これでひとまずここでの話は終わりだ。レオたちはタイチとミワ父を残して店を出る。
まだ外は夕暮れ前。
暗くなる前にアシュレイのところに戻り、馬車を取ってこよう。




