弟、腐った禁断の書を訝しむ
街道から少し逸れた場所に馬車を駐めると、レオたちは御者席から降りた。
ここからは馬車とアシュレイを置いて、歩いて王都へ行くのだ。
「アシュレイ、留守番お願いね」
「分かった」
「俺たちが戻るまで自由にしていていいが、馬車の術式を発動した後はその範囲から出るなよ。中に入れなくなるかもしれん」
「ああ、気を付ける。ずっとここにいる」
しばらく馬車を走らせる必要のなくなったアシュレイは、人化して荷台でくつろぐつもりのようだ。
「いつ頃戻ってくる?」
「とりあえずパーム工房とロジー鍛冶工房に行って、馬車の改造ができるか訊いてくるつもりだ。すぐに取りかかれるようなら早めに呼びに戻ってくる」
「遅くても夜にはネイさんと会ってもらうから、それまでには一度戻ってくるよ」
「そうか、では待ってる」
こうしてひとりで自由な時間があるなんて、彼にとっては久方ぶりなのだろう。少し寂しそうだがどこか嬉しそう、そんな感じだ。
こちらを見送るアシュレイを残し、レオたちは王都の城門へ向かった。
「最初は工房?」
「そうだな。魔法学校にも行きたいし、ウィルとルアンたちの近況も少し確認したいが……」
魔法学校での地図確認や、ウィル関連のルアンの報告、どれもジアレイス絡みだ。できればその話はユウトがいない時にしたい。
だとすればまずは工房だろう。
レオたちは検問を済ませ、その足で2つの工房のある職人通りに向かった。
そしてまず、パーム工房の建物の前に着いて店の中を覗く。
「……あれ、まだやってないのかな?」
「店の前に看板が出ていないな」
ユウトが試しに扉のハンドルを回すと、普通に開いた。
「あ、開いてる。ってことは、いるのかな。……こんにちはー」
「はいはいはい、済みません、ウチはまだ準備中で……」
ユウトがカウンターの奥に向かって声を掛ける。すると、中から慌てて出てきたのはタイチだった。
開店準備の最中なのか、すごい汗だ。
彼はこちらを見て目を瞬き、それからすぐに破顔した。
「あー、ユウトくん、レオさん、エルドワ様! いらっしゃい! このたびは大変お世話になりまして!」
「タイチさん? どうしてここに?」
「姉貴がザインに戻ったから、入れ替わりでこっちの開店手伝いに来たんだ。ロジーの方はもう開店出来たからね。……困ったことに、ウチは全然進んでなくてさあ」
「……何か問題があったのか?」
「あらあらあら! レオさんとユウトくん! 相変わらず寄り添って仲良さそうね! ワンちゃんもいらっしゃい!」
レオが問うたところで、遅れてタイチ母が奥から現れる。
その目の下に、すごいクマがあるのを見付けたユウトが驚いた。
テンション高めの笑顔なのに病的なほどのクマだ。その違和感がすごい。
「タイチさんのお母さん、どうしたんですか? すごいクマですけど、どこか体調が悪いんです?」
「あ、これ? 大丈夫、萌えグマよ、萌えグマ」
「も、萌えグマ……?」
心配をする弟が困惑気味に首を傾げる。それに母の隣にいたタイチが、眉間にしわを寄せつつひらひらと手を振った。
「ユウトくん、心配しないでいいから。母さん、超久しぶりに王都に戻ってきたから、羽目外しちゃったんだよ。来てすぐに迷宮ジャンク品の店に駆け込んだらしくて……」
「だって長いこと行ってなかったら、迷宮宝箱から出たBL本の在庫がすごい量になってたのよ!」
「びいえる本……?」
「……ええと、まあ、腐った禁断の書が山のようにあったんだよ。そんで根こそぎ大人買いして、開店準備もせずに徹夜でそれを読みふけってたみたいでさ」
「それでまだ店が開いてないのか。じゃあ、今アイテムを頼むのは難しいな」
「そうねえ、薄い本なら勢いで作れそうな気分なんだけど」
「母さん、お口にチャック」
タイチは母をカウンターの向こうに追いやって、こちらに向き直った。
「で、レオさんたち、母さんに何を依頼しに来たの?」
「まあ、ここが駄目ならロジーでもいいんだが。特殊素材で服を作ってもらいたいのと、昔両工房で合作された術式付きの馬車の改造を頼みたい」
「服?」
「採寸とデザインはラダのミワ祖父にしてもらってある」
「どれどれ……。何かずいぶん極端なサイズだね。子ども用と、巨人用みたいな……? まあ、これなら叔父さんに頼んでいいんじゃないかな。金属混の特殊素材は姉貴経由であっちでも扱ってるし。……属性指定なんかはしてないんだね。心配だからここまでは俺がやっておくかな」
ラダでミワ祖父が作ったデザインに、タイチが細かく追加で書き込みをする。
心配というのは、ミワ父の素材選びに関してだろうか。
「これ、戦闘用の服だったりする? 特殊効果とかいるかな?」
「子どもの方は戦闘に使わんから、防汚なんかが付いていれば良い。でかい方は戦う時にも着るな。状態異常無効とダメージ軽減が欲しい」
「了解」
使う素材を指定する書き込みをして、タイチは出来上がったデザイン画をレオに戻した。
「これ、叔父さんに渡せば大丈夫だと思う。……ええと、後は馬車の改造?」
「爺さんたちの合作だ。俺たちが中古でそれを買ったんだが、特殊な術式なんかも付いてるし、パームとロジーで共同で改造できないかと思ってな」
「あー、爺さんたちかあ……。ロジーんとこの爺さんはいいとして、こっちがなあ……。力を合わせるには時間が掛かりそうだよ?」
「別に今すぐというわけじゃない。時間のある時にちょこちょこ進めてもらえばいい」
「んー……とりあえず、叔父さんにも話してみよう。待ってて、俺もロジーについていくよ」
汗を拭いたタイチは、カウンターから再び奥に入っていった。
「母さん、俺ちょっとレオさんたちとロジーに行ってくる……あっ、また本読んでる! 開店準備しろコラ!」
「ふふふ、昔は私がタイチをそうやって叱ったものだったわね……。今の私には分かる、あなたがあの時アニメ雑誌を手放せなかった気持ち!」
「俺も当時の母さんのイライラが今になって分かったよ! いいから仕事しろ!」
ミワとはノリノリでオタク談議をするタイチだが、どうやら母とはそうもいかないようだ。怒りながら戻ってきた。
「あれは俺が戻ってくるまで抜け出せなくてずっと読んでるな……とっとと帰ってこよう」
「く、腐った禁断の書って、何か中毒性があるヤバい魔法でも掛かってる本なんですか……?」
「うん、近いかも」
「恐ろしい……」
タイチに真面目な顔で返されて、ユウトは微妙に間違った認識を植え付けられたようだった。




