兄、イムカに感心する
久しぶりに訪れたイムカの部屋は、さらにカオスになっていた。
床に置ききれない家具が縦に積み上がり、シャンデリアは2個に増えている。壁に付けられた飾り棚は、ボルダリングでもするのかと思うくらいびっしりだ。
これはもうある意味嫌がらせではなかろうか。
「おう、レオ殿! よく来たな」
その部屋で、イムカは本当にボルダリングよろしく棚にぶらさがって筋トレしていた。
ガリガリだった身体はまだスマートだが、すでに別人のような筋肉が付いている。この短期間で驚く進化だ。よく見れば家具に収まっているのはほぼ筋トレ道具とプロテインばかりだった。
うん、突っ込みどころがありすぎて面倒臭い。
レオはそのあたりをまるっと流すことにした。
「……元気そうで何よりだ。その後、リーデンは来ているか?」
「ああ。転移魔石が充填される3日ごとに来てる。ただ、ジラックのことを色々聞きたいんだが中々口を割らん。俺を関わらせたくないんだろうな」
「やはりそうか。現領主のままだとジラックが滅ぶことを分かっていないわけじゃないんだろうが……あの男の歪んだ忠義と弱さはどうにかしないといかんな」
「まあ、リーデンのことは俺に任せてくれ。あいつも俺が救うべきジラックの領民のひとりだ。大丈夫、筋肉さえ戻ればどうにかなる」
「何でも筋肉で解決できると思うな、このクソポジティブ」
大丈夫の根拠に筋肉を据える意味が分からん。
筋肉だけで道が拓けるなら、アシュレイ辺りはもうすでに一国の王だ。
おそらく他にも色々考えはあるのだろうが、こいつの話は本当にアホなのか演技なのか判断に困る。
「……まあいい。とりあえずあんたも順調に回復しているようだし、少し話を進めよう」
「ああ。レオ殿がひとりで来たからには、何か特別な話があると思っていたよ」
一応レオはランクDの冒険者だとしか伝えていないが、すでにイムカはこちらを王宮付きの冒険者だと判断しているようだった。
まあ間違いではないし、彼が敢えて答えを求めるでもないのだからわざわざレオが否定することでもなく、そのまま話を進める。
「先代……あんたの親父さんが領主だった頃の重臣が、領主の代替わりと同時にだいぶ王都に移ったろう。そのほとんどが今も王宮で働いている。……その彼らが、今のジラックの現状を嘆いて、街の奪還を請願しているらしいんだ」
「ふむ、兄上は父上の言うことを聞かず、その臣下とも仲が悪かったからな。当時の彼らはほぼ追い出されたようなものだった。ジラックへの想いはまだあるのだろう」
「それで、あんたが希望するなら、彼らにあんたの生存を明かそうかと思うんだが」
イムカにはまだ使用人3人しか配下がいない。
しかしそちらと渡りを付ければ、一気にその数はふくれあがる。
事を起こすにはそれなりの戦力が必要で、信頼出来る臣下がいることはさらに重要。悪い話ではないはずだ。
だが、イムカは即答せずにしばし考え込んだ。
「彼らは、王宮に請願を出してジラックを奪還したあかつきには、街をどうするつもりなんだ? 誰かが領主になるのか? それともエルダーレアの直轄地にする気か? 街をどうまとめる?」
「さあな。とりあえず、今はジラックの窮状を救いたいだけじゃないか? 後のことは奪還してから考えるんだろう」
「それはよろしくないな」
レオの言葉に、彼は首を振る。どうやら安易に彼らと合流する気はないようだ。
「ジラックを救いたいと思い行動するのはいいが、まずはきちんと到達すべき目標を決めないと、無駄な混乱を生む。ジラックの奪還は目標ではなく、街を立て直す通過点。最終的にジラックをどのように復興するかまで考えてから動くべきだ」
「……あんたは考えるより先に動くタイプかと思ったが、結構まともなことを言うんだな」
そういえば、この男は筋肉を作るにも最初に目標を立てて計画を作っていたか。
ただ動くのではなく、目標を決めた上で今自分にできることをやる、というのがイムカのスタンスなのだ。
「動くことは重要だ。だが、王宮に請願をしたとして、エルダーレアの軍が中心で制圧をするなら、今後ジラックは王宮直轄になっても文句は言えない。元ジラックの軍が中心で奪還をするなら、再び誰かを領主に担ぎ上げて自治をする権利をもらえるかもしれない。彼らはどちらを選ぶべきなのか? 目標が決まっていないと、ここで選ぶ道を間違える可能性がある」
「確かにそうだが……。それこそ、あんたの生存を知れば、彼らは迷うことなく元ジラック軍での奪還に踏み切るだろう」
「俺が姿を現せば、多様な可能性が制限されてしまう。まずは彼ら自身で考えうる良きジラックの未来を模索するべきだ」
そんなことを言っていて、彼らがジラックをエルダーレアの直轄地にすると決めたらどうするのだろう。
「もしも彼らが領主を立てない選択をしたら、あんたの目標が頓挫するんじゃないのか?」
「俺の目標は兄上をラリアットで倒し、この手でジラック領民を救うことだ。領主になることは目標でなく民を救う手段のひとつ。奪還をして終わりじゃないし、領主にならなくても民を救う手段なんていくらでもある。覆面を被って復興を担う正義のヒーローとかもいいな!」
「なるほど……」
覆面はどうかと思うが、その柔軟な考え方には感心する。
彼にとっては自身の権力よりも、ジラックの民の方が大事なわけだ。人は宝、まるでブレないイムカの信念。これは領民に好かれるのも納得だ。
まさにライネルが好むタイプの人間。
もしもジラックが王宮直轄になったとしても、ライネルはイムカのことを街を取り仕切る代官として重用するだろう。政治力はないかもしれないが、それ以上にイムカには人の上に立つ資質がある。
「とりあえず俺の生存を明かす前に、彼らに目標を決めるように助言してやってくれ。別に他の誰かを領主に立てようというならそれでも構わん」
「そんなの、後からあんたが出て行ったら気まずいだろ」
「その時は覆面ヒーローで活動するから問題ない」
「……即バレすると思うがな」
「なに、大丈夫! 俺がイムカだと断固として認めなければ、疑われても決定ではない!」
……まあ、元々死んだと思われている男だし、ごまかしはきくかもしれない。どうでもいいか。
「じゃあ、今回はあんたのことは伝えないようにする。彼らが目標を決めたら、また報告に来よう」
「うむ、頼む」
話がついたところで、レオはこの部屋から引き上げることにした。
ここにいるだけで圧迫感がすごい。
「次に来るまでに、部屋をどうにかしろ。居心地悪くて敵わん」
「そう言うな。俺のために作ってくれているのだ、無下にもできん。何か他に仕事でもできれば、そのうち終わる」
「……ああ、だったら少しはマシになるか。今度俺たちの仲間がここに住むんで、その内装の依頼をあんたの使用人にしたんだ」
しばらくはあちらにかかりきりになるだろう。そう伝えると、イムカはにこと笑った。
「ほう、そうか。もし良かったら、ここにあるテーブルや家具を無償で提供するぞ。俺のために作ったとはいえ、暇つぶしで作られた物だしあいつも文句は言うまい」
「……そうだな。そのうちもらいに来るか」
アシュレイの家の一角に、自分たちが滞在する時用の家具が欲しくなるかもしれない。アシュレイサイズを使うにはちょっと不便だ。特に身体の小さいユウトあたりは。
「新しい住人は、半魔なのか?」
「そうだ。……この村のことはルウドルトに聞いたそうだな」
「ああ。半魔というのはもっと粗野なものだと思っていたが、存外普通なのだな。皆良い奴だし、仲間思いだし、認識が変わったよ。陛下もご存じなのだから、俺がとやかく言うことでもないしな」
「今度加わる奴も少し不器用だが役に立つ。馬の半魔で移動に使うから、今後あんたと関わることもあるかもしれん。上手く付き合ってくれ」
「馬の半魔か。どんな奴だ?」
「デカくて筋肉めっちゃバキバキ」
「なんだと!? それは仲良くなれそうだ! 世紀末の覇者みたいな男かな、ワクワクするな! 秘孔突いたりする?」
「しねえ。何だ秘孔って」
よく分からないことを言うイムカを無視して、レオは立ち上がった。今アシュレイを連れて来て紹介してもいいが、こんな足の踏み場もない所では入って来れないし、何よりイムカが面倒臭いテンションになりそうだ。今度勝手に会ってもらおう。
「もう行く」
「ああ、今日は訪ねてくれてありがとう。色々世話になるが、よろしく頼む」
イムカの言葉に軽く手を上げるだけで応えて、レオは部屋を出てユウトの元へ向かった。




