兄弟、エルドワにおごられる
「こんにちは」
イムカの家に行くとその玄関扉が開け放たれていて、中からは焼きたてパンの良い香りがしていた。
ユウトとエルドワが先に入り挨拶をすると、奥から料理人の男が出てくる。上から下までコックのコスチュームだ。
「お、あんたか! いらっしゃい! 手始めにここでパン屋を始めたんだ。イートインも出来るから、良かったら食っていってくれよ」
「わあ、美味しそう。エルドワ、どれにする?」
「どれも良い匂いがする。悩む」
ワクワクと商品を選ぶエルドワの尻尾が揺れる。それを見た男が微笑んだ。
「半魔の子ども連れてんのか。ここの村が半魔の集まりだって聞いてもみんなあんまり見た目が変わんねえから実感がなかったが、これなら分かるな。俺犬好きだから小っこいわんこ和むわ~。……お?」
2人の後ろからレオとアシュレイが入ってきて、ほのぼのしていた料理人の笑顔が固まった。
「え、ちょ、でかっ! 何、このひとも半魔!? 天井に後頭部当たってんじゃん!」
「ああ、彼はアシュレイです。今後ラダに家を構えるので、仲良くしてあげて下さいね」
「……よろしく」
「え? ああ、体格の割に穏やかそうだな、良かった。ビビってすまん、こちらこそよろしく」
アシュレイは基本的に、危害を加える者以外には穏やかだ。農園にいた時も、反抗の手段は動かない、無視をするのどちらか。それを怠惰だと評されていたが、本質的には平和主義者なのだろう。
常ならぬ怪力を持つからこそ、自制をしているのだ。
「中腰でいるのも辛いだろ。ちょっと待って、椅子も小さいだろうし、敷物持ってくるから。……はい、ここに座って」
「ありがとう」
床に低めの木箱を4つ並べ、その上に敷物を掛けて長座布団を重ねる。簡易で作ってもらった椅子は、アシュレイにちょうど良かった。
ユウトたちが商品を選ぶのを待つ間にイートインスペースの椅子に座ったレオと、同じくらいの目線の高さだ。
「ここで食べていくかい? だったらコーヒーサービスしてるけど」
「頼む。ついでに、内装工の奴は今いるか? 倉庫をアシュレイの家に改装してもらいたいんだが」
「お、仕事の依頼? 裏庭でまたイムカ様の部屋のアイテム作ってるから、後で呼んでくるわ。子犬ちゃんたちが商品選び終わるまでちょっと待って」
……あの足の踏み場もないイムカの部屋に、まだ何かを付け足すつもりなのか。恐ろしい。
まさかアシュレイの家はあんなことにはなるまいが。
「えっと、これとこれと、そっちのと奥にあるやつ。あと、この詰め合わせのと、それとこれも」
「はいはいっと。食べていくなら紙袋じゃなくてバスケットに入れとこうな」
「お金はエルドワが出す。エルドワのおごり」
「ふふ、そっか。エルドワ、ご馳走様」
「うん」
買い物を終え、カードを端末にかざすエルドワはどこか誇らしげだ。初任給でみんなにご馳走的な感じだろうか。
「子どもたちは何を飲む? カフェオレでいいかい?」
「はい、ミルクと砂糖多めでお願いします」
「エルドワも」
「はいよ。じゃあ、テーブルで待ってて」
パンの入ったバスケットを渡されて、エルドワが慎重にそれをテーブルに運ぶ。菓子パンが多いようだが、一応レオたちのことも考えたのだろう、総菜パンも入っていた。
「これ、エルドワのおごりだって」
「そうか。なら頂こう」
「どうぞ。アシュレイも取るといい」
「ああ、ありがとう」
用意されたおしぼりで手を拭ってから、思い思いのパンを小皿に取る。ユウトとエルドワは甘い菓子パン、レオは焼きそばパン、アシュレイはガーリックトースト。
「「いただきます」」
ユウトとエルドワが手を合わせて挨拶をすると、4人は同時にパンに齧り付いた。
途端に子ども2人がキラキラと目を輝かせる。
「ユウト、これ美味っ!」
「うん、美味しいね! 生地にバターたっぷりで、中のクリームも濃厚!」
「確かに、生地からして美味いな。ふかふかしてるし、焼きそばも良い味だ」
「こっちも、小麦の風味がいい。ガーリックバターが美味い」
「気に入ってくれたなら何よりだ」
料理人の男が皆の賛辞を受けて、持ってきたコーヒーとカフェオレを機嫌良さそうにテーブルに置いた。
「じゃあゆっくり食べててくれ。裏庭に行って、内装担当を呼んでくる」
「ああ、頼む」
そのまま男が退出するのを見送ると、レオたちは淹れ立てのコーヒーを飲みながらパンを味わう。エルドワはもう2つ目だ。
「王都に行く時に、朝食用バゲット買って帰ろうかな。劣化防止ケースに入れていけばだいぶ保つもんね」
「賛成! それにレオが作ってくれるベリージャム付けて食べたい」
「ベリーが市場で売ってたらな」
「ベリーか。……ここに家が出来たら、俺が庭で果物や野菜を作ってもいいな。長いこと農園でやり方を見ていたし、畑を耕したり木の世話をしたりするのは好きだ」
「へえ、アシュレイは畑仕事なんかが得意なんだね。僕そういうのやったことないから、実が成ったら収穫手伝いさせてね」
「もちろん」
それはいいかもしれない。作物自体はラダの村人との物々交換にも使えるし、村を離れて仕事をしている間はここの庭師に水やりや世話を依頼すれば、彼らの収入にもなる。
イムカを養うには、彼らにもしっかり稼いでもらわなくてはならないのだ。
「よう、俺に仕事を依頼したいってのはあんたらだったか!」
エルドワが3つ目のパンに手を付けた時、奥から料理人と一緒に内装工の男がやって来た。たった今までイムカの部屋のインテリアを作っていたのだろう、頭に巻いたタオルに木くずが付いている。
「このアシュレイの身体に合わせた家の内装をお願いしたいんですけど」
「うおっ、でかっ! え、半魔のひと? このひとのために家のリフォームするなら二階をぶち抜かないと無理だろ」
「だからガイナから奥にある建材倉庫を使う許可をもらってきた。あんたには、あそこに住めるようリフォームをして欲しい」
「あ、倉庫を改装すんのね。だったら搬出や廃材処分がないからだいぶ楽か」
内装工の男はそう言うと、カウンターにある棚から紙とペンを取り出した。
「よし、じゃあ間取りを考える前に、欲しい設備を言ってくれ。あと内装の希望なんかもあれば」
「アシュレイは料理とかする? とりあえずキッチンいるよね」
「野菜や果物ができれば保存食を作ったりするから、キッチンはいる。でも簡易なものでいい」
「はい、キッチンね。寝室にベッドなんかは?」
「俺はベッドはいらない。敷物とブランケットさえあれば、床で寝る方が安心する」
「アシュレイのは置いておいて、俺たちがラダに泊まる時に使うから、普通のベッドを4台くらい作っておいてくれ」
「ベッド4台……時々しか使わないんだよな? だったら折りたたみベッドにしておくか」
他にもシャワー室や欲しい家具を列挙していく。
それをある程度見届けてから、レオはコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「おい、あとはここの席に来てアシュレイたちと間取りを相談してくれ。俺はその間に、イムカと話をしてくる」
「え、レオ兄さん、ひとりで行くの?」
「ああ。どうせ今の様子を見てくるだけだ」
おそらく使用人たちにかいがいしく世話をされて、イムカもそこそこ回復しただろう。
だからといって彼がすぐに動けるわけでもないが、状況を把握しておくに越したことはない。イムカがジラック攻略のキーマンになることは間違いないのだ。
「じゃあ俺が案内を……」
「いや、いい。どうせ部屋は分かっている」
料理人の男の申し出を断って、レオはひとり二階への階段を上がっていった。




