兄、アシュレイの家を決める
「お前、アシュレイだろう? 以前ヴァルドさんに聞いてたんだ、ザインに大きな馬の半魔がいるって」
ガイナはアシュレイのことを知っていた。しかし農園の中で飼われていたため、直接会ったことがなかったのだ。
「何だ、ザインにいるのを知っていたのに、アシュレイをラダに誘わなかったのか?」
「いや、この村にいる半魔も勝手に集まっただけで、別に誘ったわけじゃねえよ。みんなそれぞれの場所で慣れた暮らしがあるし、いちいち呼ばねえ」
「俺もヴァルドに半魔ユニオンの存在は聞いていたが、ザインから離れる決心が付かずに自分からラダには来なかった」
「まあ、環境が変わるのって結構ストレスだもんね」
半魔ユニオンは情報交換を主とした横の繋がりで、どうやら個々はまだまだあちこちで自由にしているらしい。
ただ、長命なせいで周囲から浮き始めると、ラダに移ってきてほとぼりが冷めるまで身を隠すようだ。もちろん、ガイナを慕ってのこともあるのだろうけれど。
「んで、今回の来訪の目的は?」
「ここにアシュレイの家が欲しい。それから、ユニオンの組織カードを作りたい」
「……カードはいいとして、アシュレイの家か。だいぶ天井が高くないとだな。空き家はあるんだが、みんな人間サイズだし……二階建ての二階床をぶち抜くか何かしないと……」
「そっか、アシュレイ大きいもんね。普通の家じゃ狭いし、キッチンとかも小さいよね」
確かに、問題は高さだけじゃない。調度品やら水回りやら、全てを作り替えないと。
「そう考えるとフルリフォームだな。……ガイナ、村の奥にある空き倉庫はどうだ。あれなら天井も高いし、入り口の扉もでかい」
「ああ、鉱山が賑わってた頃に使ってた建材倉庫か。家としての設備は全く揃ってないが、それでもいいなら構わねえよ」
「壊してサイズを変えて作り直すより、1から作る方が楽だろう。内装に関してはイムカのお付きのひとりに専門がいるし、仕事を依頼すれば良い」
「そうだな。こんな小さな村じゃ内装工事なんてそうしないし、あいつらにも良い収入になる。その辺は本人たちと話してくれ」
アシュレイの意見を全く挟まずに決まってしまったが構うまい。
彼に意見を求めたら、どうせ『馬小屋でいい』などと言い出して、またユウトに窘められる羽目になるだけだ。
ちらりと見たアシュレイは困惑気味ではあったけれど、文句は言わないのだから了承と取ろう。
「それから、アシュレイのカードが欲しいんだったな」
「あ、エルドワのもお願いします」
「アン!」
「おお、そうか、エルドワもか。じゃあ指紋認証が必要だから、人化しな。肉球は不可なんだよ」
「……アーン?」
エルドワは少し不服そうな声を上げたが、ユウトの腕の中で渋々と人化した。小さな身体に相変わらず耳と尻尾がくっついて、ユウトとセットで可愛らしい。
「……人化した。ガイナ、早く」
「ちょっと待て。2人とも、まずはこの登録依頼用紙に必要事項を記入しろ。えっと、登録画面は……こう、こうか。んで、名前と現所在地……」
取り出した端末を、ガイナが慣れない様子で操る。
そして、書かれた用紙の内容を一文字ずつ打ち込んだ。ものすごく真剣だが、驚くほど遅い。……まあ、こんな術式端末とは今まで無縁だったのだから仕方がないか。
最後にスロット部分にカードを差し込んで、ガイナはまずエルドワにそれを差し出した。
「エルドワ、ここの水晶板部分に親指を当てて。……うん、よし、登録完了」
ピロリンと音がして、出てきたカードがエルドワに渡される。
エルドワの名前が印字されている、専用カードの完成だ。続いてアシュレイのカードも同じように作られた。
「良かったね、エルドワ。これでエルドワ専用のお財布ができるね。……ん? 組織名、ハンマー互助会?」
「組織名が半魔ユニオンでは登録できねえだろ。適当に半魔とハンマーを掛けた。今後俺たちはハンマー互助会組合員だ、よろしくな」
「適当にもほどがある……」
ユウトが微妙な顔をしているが、カードを持つガイナやエルドワたちは特に気にもしていないようだった。おそらく機能さえちゃんとしていれば、後はどうでもいいのだろう。おおらかというか、大雑把というか。
「ユウトのギルドカードも貸してくれ。ハンマー互助会の一員に入れておく」
「あれ、重複登録できるんですか?」
「もちろん。会員数に応じて陛下が運営補助金を出してくれると言うし、俺としてもこの端末で半魔ユニオンのメンバーの管理ができるから、半魔にはできるだけ登録して欲しいんだ」
「そういうことなら」
ユウトが冒険者ギルドカードをガイナに手渡すと、端末でカードの右上にハンマー互助会のマークが入れられた。もちろん、ハンマーのマークだ。
まあ、組織名が入るよりマシか。
「ガイナ、その端末でカード内の金の移動は出来るか?」
「ああ、もちろん」
「だったら、アシュレイのカードに俺のカードから金を移してくれ」
「あ、僕のカードからエルドワのカードにもお願いします」
2人の出来たてのカードにさっそくお金を入れる。
それを、エルドワとアシュレイは興味深そうに見ていた。
「はい、エルドワ、アシュレイ。カード、なくさないでね」
「ユウト、これ、エルドワのお金?」
「そうだよ。エルドワが好きに使っていいお金」
「エルドワ、自分のお金持つの初めて」
「……俺もだ。何だか緊張するな。これはどうやって持っておけば良い?」
「そのうち獣化しても持てる入れ物を作ってやる。それまではカードホルダーに紐を通して首から下げておけ」
「分かった」
エルドワたちはいそいそとそれを首から下げる。
何だか嬉しそうだ。
「ユウト、買い物行こう」
「ラダでカードで支払いできるとこなんて、ミワさんのお爺さんのところくらいだよ?」
立ち上がったエルドワにぐいぐいと手を引かれて、ユウトは苦笑した。
ラダの中での取引は、基本的に現金か物々交換だ。カードを使えるところなんてほとんどないはず。
しかしそのやりとりを見て、ガイナが口を挟んできた。
「ポジティブのとこにも一台、陛下の厚意で店舗用端末が支給されている。買い物ならそこでしたらどうだ?」
「ポジティブ……イムカのことか。そこで買い物?」
「あそこの料理人が一階のキッチンスペースに棚置いて、焼きたてパンを売り始めたんだ。結構美味い。代金は現金でもカードでも払えるはずだぞ」
「へえ、あそこで! 行ってみようか、エルドワ」
「うん、行く!」
エルドワが尻尾をめっちゃぴるぴるしている。
……この格好のまま彼らの前に出るのはどうなんだろう。
「……エルドワ、耳と尻尾引っ込まないのか」
「うん、引っ込まない」
「何故にドヤ顔……。つうか、せめて隠せ。魔力でユウトみたいなローブ作れ」
「ああ、それなら平気だよ、レオさん。ポジティブとその愉快な仲間たちには、もうここが半魔の村ってバレてんの」
「……何?」
心配を思わぬ言葉でガイナに覆されて、レオは目を丸くした。
どういうことだ、すでにラダが半魔の村だとバレているとは。
「王都から陛下の使いが来た時に、そいつがポジティブに話したらしい」
「王都の使いが?」
イムカの存在を知っていて、ここが半魔の村だと知っているライネルの使い。そんなの、ルウドルトかネイたちくらいしかいない。
そして彼らは、それを迂闊に口にするような人間ではない。
目的を持ってバラしたということだ。
ジラックの領主になり得るイムカに直接、と考えれば、それなりの地位の者。
「……もしかして、ルウドルトか?」
「そう、そいつ。以前王宮で匿ってもらったときに何度か見掛けたけど、陛下の近衛騎士なんだな。そいつが、今後のために知らせておいた方がいいって」
「今後のためか……」
ジラックと半魔は色々と因縁がある。ライネルには何か考えがあるのだろうか。
「まあ、間にそんだけ偉い人が挟まったおかげで、ポジティブたちも信用して、警戒せずに受け入れたみたいでさ。逆にこっちも正体に気を遣う必要がなくなったから、楽になったわ」
「……ミワさんのお爺さんには?」
「あの爺さんは相変わらず分かってねえ。いや、俺らが何者でも全く気にしてねえって言うべきか。おそらくアシュレイが訪ねて行ってもその筋肉を褒めるだけだし、エルドワが行ってもちんまいのが来たと言うくらいだ」
「そっか。普通に会っても平気そうですね」
「アバウト過ぎんだろ……」
あの一族の感覚は独特すぎる。
「とりあえずこのままイムカさんの家に行って大丈夫ってことですよね?」
「ああ。倉庫の内装も頼んでくるんだろ? 少ないが倉庫の中にある木材も使って良いからな」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「……ありがとう」
ユウトがガイナに礼を言うと、アシュレイも頭を下げた。
仲間でない者にもちゃんと感謝を告げられるようになったのなら上等だ。
「どういたしまして」
それにガイナがにこりと笑った。




