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兄弟を取り巻く人たち【ロバート】

 職人ギルドの応接室で、ロバートはひとりの男と向かい合って座っていた。


 金色の短髪に碧眼の、30前後のすらっとした男だ。

 彼はその身体に上質な細工を施された鎧をまとい、高い位の人物だと一目で分かる身なりをしていた。

 それでいながら伴をつけずにひとりでここを訪れたということは、表立った公務ではないのだろう。


(まあ公務ではないなら、どうにかなるか)


 ロバートは営業スマイルを浮かべながら、彼の用件に薄々あたりをつけていた。


 事務の女性がお茶を出して退出したところで、ロバートは改めて恭しく挨拶をする。


「このたびは遠路遙々、地方の職人ギルドまでようこそいらっしゃいました。栄えある王国騎士団大隊長、ルウドルト様」

「王都は隣だぞ。遠路と言うほど離れていない。その人を食ったような物言い、相変わらずだな。ロバート殿」


 彼とは王都の職人ギルドにいた頃に王宮との取引で何度も会っている。肩書きは仰々しいが、国王の腹心であるという以外は特に苦手な相手ではなかった。


「今年は感謝大祭の警備に、ずいぶんと早くからお出ましなのですね」

「……陛下のご指示だ。少しあなたに確認したいことがあってな」

「私に? それでしたら、本部を通してご伝達下されば良かったのに」

「その結果に納得がいかないから私が遣わされたのだ」


 ああ、やはりあのことか。

 予測していた通りの展開だが、ロバートはそれにとぼけてみせる。


「はて、何のことでしょうか」

「先日納品された六ツ目の殺戮熊の素材の件だ。いや、それだけでなく、最近職人ギルドで出回っている上級素材もか。私も見たが、夜狩りでそれらを仕留める手合い、素材の捌きは常人のものではない。是非その冒険者を教えて欲しい」

「……それを知って、どうなさるのですか?」

「私が指示されているのは、その冒険者を確認することだけだ。その後どうするかは陛下が決めること。私は知らぬ」


 このルウドルトは現在の国王であるライネルに十代の頃から仕えている。『陛下の犬』と揶揄されるほどのライネル国王至上主義だ。

 その真っ直ぐさは嫌いではないのだけれど。


「残念ながら、私にも守秘義務がございます。件の冒険者は目立つことがあまり好きではないようで。職人ギルドとしましては、この取引をみすみす潰すようなマネはしたくないのです」

「……陛下のご要望であってもか」

「もちろん、これが陛下の正式なご命令だというのなら話は別です。しかしそれがその後、件の冒険者との関係に良い影響を与えないことは、重々ご承知下さい」


 そう伝えると、ルウドルトは考えるように黙り込んでしまった。

 国王に忠実な男なのは間違いないが、かといってそんなに頭の固い人間でもないのだ。立場の割に居丈高でも横柄でもない。

 ただ国王ライネルにとって、一番良い結果になることだけを考えている。


「……そうか。やはりこちらで調べるしかないようだ。まあ、そのために早めにザインに派遣されたようなものだしな」

「申し訳ございません。もちろんですが、職人ギルドが国王陛下を軽んじているわけではありませんので。それはご理解いただきたく」

「分かっている。陛下はそんなことで気分を害するようなお方ではない。前国王とは違うのだ」


 前国王。

 その単語通り、現王ライネルの前の国王だ。

 確かにあの方は感情的で利己的、国民のことを奴隷か何かだと思っている愚王だった。

 ロバートは昔の国の荒み具合を思い出して肩を竦めた。


「そうですね。こうして国が豊かになったのも大局を見る聡明なライネル様のおかげ……。禅譲からまだ5年しか経っていないというのに、あの頃がはるか昔のようです」


 禅譲、と言ったものの、実際はそんな穏やかなものじゃなかった。

 ある時ライネルが実父である前国王を殺し、王位を奪ったのだ。

 初めの頃こそ道義にもとると批判する人間もいたけれど、ライネルは見事な政治力でそれを黙らせた。


 そして現在、まだ年若い国王は国民に絶大な人気を誇っている。


「国に強力な騎士団を持ち、他に並び立つ者もいない陛下が、どうして冒険者をお探しなのでしょうね。何か不足があるようには思えませんが」

「……陛下には何かお考えがあるのだろう」


 陛下のお考え、か。

 レオの存在に何かを感じているのだろうか。そう、例えば『誰かの影』とか。


 実はロバートはこれまで見てきたレオの見事な手合いに、ひとつの代名詞を思い浮かべていた。


『剣聖』


 5年前に死んだはずの、前王の実子の通り名だ。ライネルにとっては腹違いの弟にあたる。

 何ものをも一刀両断する彼の剣技は天下一、当時は敵うものはいないと言われていた。


 その剣聖も、ライネルによる前王殺害の日に亡くなっている。

 巷では、その地位を脅かす存在をライネルが一緒に消したのではないかと噂されていた。


(……剣聖は死んだと言われていたが、もし彼が生きていたのだとしたら?)


 もちろん、何の確証もない万が一の話だ。

 しかしその可能性を感じて国王が動いているとしたら。

 ライネルは一体、どうするつもりなのだろう。


 そんなことを考えていると、おもむろに目の前の男が立ち上がった。

 ここにいても仕方がないと思ったのか。これから正体の分からない冒険者を探しに行くのかもしれない。


「……すまないが、私がここに来たことは内密にしてくれ。……特に、あなたが取引をしている冒険者には」

「警戒されてしまうからですか?」

「警戒するくらいならいいが、街から出られると面倒だ」

「わかりました」


 おそらくレオたちは『もえす』との取引が終わるまでは移動しないと思うが。


 まあ、ロバートの立場は中立だ。余計な口は閉ざしておこう。

 それにいちいち言わなくても、きっとレオは素性を探られる可能性を想定している。


 騎士団がここに滞在している大祭の間は納品が減るだろうなと考えながら、ロバートはルウドルトを見送った。


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