弟、ロバートにまんまと乗せられる
夜になると、レオたちは職人ギルドに向かった。
建物の裏手に回り、人がいないことを見計らって支部長室に入る。
そこにはいつものようにロバートがいて、こちらが来るのを分かっていたかのようににこやかに出迎えた。
「テムの物資運搬とゲート攻略、ありがとうございました」
「あれ、もう知ってたんですか?」
「もちろん。保管庫にゲートのボス素材がごっそり入ってきてましたしね。今日の夜あたりにここにいらっしゃると思ってました」
「ボス素材……」
ユウトが何かを思い出した様子でレオの腕に縋り付き、ぷるぷるしている。その頭を撫でてソファまで移動すると、兄は弟を腕にくっつけたまま座った。
「素材は高値で売れそうか?」
「それはもう。伝説のと言われるように、あれはゲートのボスでしか現れないので、滅多に出回らない素材なのです。どのような悪環境にでも対応出来る素材として需要が高いのですよ」
「それは良かった。さっきちょっと高額な買い物をしてきたからな。全部売り払ってくれ」
「高額な買い物ですか?」
「自家用の馬車を買ってきた」
少し興味を示したロバートに、レオはあっさりと答えた。
あの店主を疑うわけではないが、あの馬車の価値を第三者的にロバートからも判断して欲しかったからだ。
「レオさんが高額だと言うなんて、かなりのものをお買いになったんですね」
「あんたが紹介してくれた先日の店で、奥にあった術式付きの馬車を買ってきた。光を屈折して、車体を隠せる馬車だ」
「……ああ! あの馬車を!」
この様子、どうやらロバートはその物自体を知っている。
そのまま彼の知り得る情報を話すように目で促すと、男はすぐに察して説明を始めた。
「あれは元々、高額な荷を運ぶキャラバンのために作られた幌馬車です。製造されたのはだいぶ昔ですが、名工が作ったものですから多少のメンテナンスだけで今も十分使えます。ただ、高すぎて買い手が付かなくて……まさか、レオさんたちがお買い上げになるとは」
「使えそうな術式が付いていたから買ったんだが、あれはそれだけの価値がある馬車なのか?」
「もちろんです!」
ロバートは間髪入れずに肯定した。
「当初は幌も地獄毒蜘蛛の糸で織られていて、盗賊にとっては難攻不落の馬車だったのです。頑丈で車輪の走りが良く、スピードも出せますし、震動が少なく乗り心地も抜群です」
「……あの馬車も元々は蜘蛛の糸の幌だったのか。何で今は普通のキャンバス地に? 火矢でも射かけられたのか?」
「いえ、以前の持ち主が中でお湯を涌かしてたら火が燃え移ったらしいです」
「ただの不注意かよ」
とりあえず、未だ盗賊に屈したことのない難攻不落の馬車ではあるわけか。
「もしまた幌を蜘蛛の糸や他の生地に張り替えたい場合なんかは、あの仲買人のとこに頼めば良いのか?」
「メンテナンスだけならあそこで構わないと思いますが……大掛かりなリフォームなら、元々の製造元に聞いてみるのもいいかもしれません」
「元々の製造元?」
だいぶ昔に名工が作ったもの、とこの男は言っていた。
名工と言われると、頭に浮かぶ店舗名は多くない。
もしや、とロバートを見ると、彼は軽く頷いた。
「その馬車は、パーム工房とロジー鍛冶工房の初代店主の合作です。友人同士だった彼らが、その共通の取引先の商品運搬のために作ったものだそうです」
「やはり、あの爺さんたちか。しかしもう馬車みたいな大掛かりな仕事をする体力はないだろう」
「だから、製造元に依頼するんです。パームとロジーは間もなく再開するでしょう?」
「……ああ、2代目に話を持っていくのか」
「そこに初代ともえすの2人の手も借りれば、改良など思いのままですよ」
確かに、とんでもない馬車にリフォーム出来そうだ。
……けれど、レオとしては馬車にそこまで素晴らしい性能は求めていない。そもそも転移魔石を持っているのだし、ただ時々ユウトと数日掛かる街移動をのんびりと過ごしたいだけなのだ。
もちろんそんなことはロバートも知っているはずで、それでもこんな提案をしてくるのは、ひとえにレオたちの馬車をダシにしてパームとロジーを協力させ、関係を修復させてしまおうという魂胆なのだろう。
レオたちに恩義がある彼ら一族は、こちらを無下にはできないというのも大きい。
だが、ロバートの思惑に付き合ってやるほど他人に優しくはない兄だ。
「別にリフォームというほど馬車に金を掛ける気はない。ただ気が向いた時の移動手段だしな。幌を張るくらいなら馬車を買った店でもどうにかなるだろう」
「まあ、それはそうですが」
しかし、レオが乗り気でない時は、ユウトを動かせばいいことをロバートは知っている。
彼は即座に口説くターゲットを弟に移した。
「ユウトくんはどうですか? パーム工房とロジー鍛冶工房が力を合わせてくれれば、もっと軽快な馬車になると思うのですが」
「あっ、卑怯だぞ、ユウトを丸め込もうとは!」
「2つの工房が力を合わせて……」
レオの腕にくっついたまま話を聞いていたユウトが、ロバートの言葉を反芻する。
ユウトはレオと違い、周囲のみんなに仲良くあって欲しいし、そのための助力は惜しまない派だ。特にロジーに対して負い目を感じている魔工爺様のことは気にしている様子。そんな弟にその話を持ちかけられては、兄は為す術がない。
当然ユウトは乗り気になって、ロバートに同意した。
「皆さんがひとつの馬車を作り上げるって素敵ですね」
「軽金属を使って車体を軽くするとか、車輪に術式を組み込むことで馬車を引くアシュレイの負担も減らせますし、スピードも格段に上がりますよ」
「そっか、アシュレイの負担も……!」
「内装も相談出来ますし。一台の魔力充填装置を置いておけば、そこから魔力を引いて冷蔵箱や魔力ストーブなんかも使えます」
「わあ! それなら馬車で夜を明かすのも快適ですね!」
アシュレイのためのリフォーム、という理由まで付いては、もうレオでは覆せない。
隣でキラキラと目を輝かせるユウトに、仕方がないと諦めた。
おそらくユウトは、これから馬車に残ることが多くなるアシュレイを快適に過ごさせたいと考えている。彼のためにも内装を充実させようと思っているのだ。
ユウト以外のことは結構どうでもいいレオだが、弟が仲間を大切にしようという気持ちをないがしろにするほど無神経でもない。
彼と仲間がそれで喜ぶのなら、金を出すのもいいだろう。
ロバートの思惑にまんまとはめられているのだけが、ちょっとムカつきはするが。
「レオ兄さん、アシュレイのためにも馬車のリフォームしたい!」
「……仕方がないな。ただ、一気に全部はやらんぞ。馬車をしばらく使わない時に少しずつだ」
「うん、ありがと! 楽しみだな。エルドワのベッドも作ろうね」
「アン!」
この喜びよう、きっと街に入れなくて馬車にひとり残すことになるアシュレイのことを、だいぶ気にしていたのだろう。膝に乗せていたエルドワの前足を持って嬉しげに万歳をさせている。
大変可愛らしい。
「ふふ、ユウトくんは素直で可愛いですねえ」
「……あんたは相変わらず食えねえ奴だな」
「こういう立場にいると、老獪にもなります。……あなた方も、私を便利に使って下さって結構ですよ?」
そう言われてしまうと、レオは結構ロバートを便利に使っている自覚がある分、お互い様かと黙るしかない。
老獪とはいうものの、彼の行動がこちらの妨げになったことは一度もないのだ。頼りになることは間違いなく、善人なればこそユウトも彼を信頼し、懐いている。
まあ、2人の間の多少の嫌味は戯れのようなものだ。
そんな応酬の間を割って、不意にユウトがポーチを漁った。
「あ、そうだ。ロバートさん、便利に使うとかじゃないんですけど、ゲートの宝箱から出た要鑑定アイテムがあるんで見てもらってもいいですか?」
「もちろん構いませんよ。どんなものですか?」
「えっと、トリモチなんですけど」
そういえば、そんなものを手に入れていたっけ。
ユウトがポーチからその重たいモチを取り出すのを、横から手助けする。一抱えほどあるそれをテーブルの上に乗せた。
「ほう、確かにトリモチですね」
それをロバートが興味深そうに見る。ランクAゲートの戦利品だ。これを鑑定出来るのはギルドでもほんの一握り。
そんな男がこうして便利に使われていてくれるのだから、文句も言えないか。
「これはだいぶ強力な魔法アイテムです。お団子1個くらいの大きさで、100㎏程度のものをくっつけてとらえる力がありますね。普通に指で触ってもくっつきませんが、棒とか鉤とかそういうものに巻き付けたり擦り付けたりすると粘着力を発揮するようです」
「へえ、面白いですね。何でもくっつけられるのかな?」
「おそらく実体を持つものなら何でも。単純ですが、色々便利な使い方が出来そうなアイテムですよ」
「確かに」
ユウトは鑑定してもらったトリモチを、ぷにぷにと突いている。
きっとロバートの説明を聞いて、その使い道を考え始めているのだろう。
「これはレオさんよりユウトくんが持った方が、汎用性のある使い方が出来ると思います」
「そうだな。一応俺もこぶし1個分くらいをもらうが、あとはユウトが持て」
「うん」
レオはトリモチをこぶし大に手で千切ってポーチに入れると、残りをユウトのポーチに入れた。
これは今後、かなり役に立ちそうだ。
「では、最後に買い取り素材の精算をしますね。お二人とも、ギルドカードを提示して下さい」
その後、代金の精算を終え、レオたちは大きな金額を手に入れてリリア亭への家路についた。




