弟、兄を出迎える
「おかえりなさい!」
キイとクウに送ってもらえば、ユウトと会えたのは僅か30分後だった。飛んでいる最中のハゲそうなほどの風圧は酷かったが、この瞬間にそんな記憶は消え去る。
祠の外で出迎えてくれた弟を、兄は問答無用で腕の中に収めて安堵のため息を吐いた。
「ただいま。こっちでは何もなかったか?」
「ん、さっき村に魔物が来たって村長さんが言いに来た。でも、アシュレイが倒してくれたんだって」
「アシュレイが? 馬のままか?」
「そうみたい。やっぱりアシュレイ強いんだね。すごい筋肉だもんね」
相変わらず筋肉崇拝のユウトだ。
「筋肉なら俺だってすごい」
「何で対抗意識燃やしてんの」
腕の中で弟は面白そうに笑った。
ふと、その肩の上に精霊が飛んでくる。新たな祠の開放で、心なしかその姿が大きくなっているような……。
『おい。ペンダントをユウトに返せ。もはやお前とコンタクトを取る意味は微塵もない』
「……チッ、貴様とユウトを繋ぐこと自体が不愉快だが、仕方がないか……」
「どうしたの、レオ兄さん……あ、ペンダント?」
一度ユウトを開放して自分の胸元から精霊のペンダントを外す。それをそのまま弟の首に掛けてやった。
「精霊さん! お疲れ様でした。力が戻ったみたいですね。……うん、あはは、そうですね」
すぐに自分の肩のところにいる精霊と話し始めたユウトを再び抱き締める。
これは通信機の魔力やら何やらの充填だ、文句は言わせない。
兄の独占欲に弟は困ったように苦笑したが、すぐに精霊との会話を終えてこちらに目を向けてくれた。
「レオ兄さんの翼、カッコ良いね。それにツノまで? 同じ天使像で付いたアタッチメントなのに、僕と全然違う」
「……ああ、そういえば付けっぱなしだったか。忘れていた」
レオは翼を外し、天使像をユウトに返す。
……今後ももし魔界に行くようなら、自分専用のものを用立てないといけないかもしれない。
そんなことを考えながら、それと一緒にルガルからもらった鈴も渡した。
「これは?」
「ルガルという奴がくれた。魔界で何かあった時に、鳴らせば一瞬でそいつの部屋に飛べる。半魔に友好的な奴だし、助けになってくれるかもしれん」
「ルガル……ヴァルドさんが以前戦った悪魔の、上司のひとだね」
その鈴の鳴らし方を教わって、ユウトはそれをポーチにしまう。
それから、おもむろに通信機を取り出し、レオの移動履歴を表示した。
「もしかして、ここからここに魔界で一瞬で居場所が移動した時って、この鈴を使ったの?」
「ああ、そうだ」
「だったら、ここがルガルさんって魔族の居城だね。場所登録しておこうっと」
「そうか、一度行ったところは登録しておけばいいんだったな。……ん? ユウトが登録すればこっちにも反映されるのか。共有データなんだな」
ついでに、もう消え去っているジードの城の跡地も登録しておく。また魔界に行った時、位置関係を探るヒントにするためだ。どうせもう何も残っていないはずだから、ここに行くことはないだろうが。
それから現在地の地図に切り替え、そこにハートマークが付いていることに満足して終了する。
「さてと。そろそろ牛を捌いて村に戻るか」
「アン!」
明らかにお肉にテンションを上げたエルドワが返事をした。
レオは素材剥ぎ取り用のナイフで部位ごとに分けて、ユウトと食べたいところだけを大きく切り取ってポーチに詰める。
「エルドワ」
「アン!」
それから子犬を呼んで、バラ肉の端切れを放った。
その肉を上手にキャッチしたエルドワが、美味そうにぱくぱく食べる。ドッグフードは嫌いな犬だが、生肉や骨は普通に大好きなのだ。
「どうだ、瘴気はいくらか抜けているか?」
「ンー? ンアン」
わんこは肉を頬張りながら首を振る。
「やっぱりちゃんと熟成して瘴気抜きをしないと駄目か」
「精霊さんは1週間くらい置かないとって言ってる」
「じゃあ肉祭りはしばらくはお預けだな」
牛からさらにエルドワ用の骨も少し取って、レオは立ち上がった。
大きな牛だし大半の部位は残っているが、後はテムの村で食べてもらおう。皮もなめして加工すれば売れるし、内臓も食えるし、捨てるところはほとんどない。
「じゃあ、戻るぞ」
レオはユウトの手を取って帰りの道を歩き出した。
きっと精霊が文句を言っているだろうけれど、知ったことではない。腹立つ奴が見えないって素晴らしい。
そのまま洞窟を出て鍵を掛けると、一行はテムの村へと戻った。
村に入るとすぐに、大きなタマムシの魔物の死骸が転がっていた。
おそらくアシュレイが倒したという奴だろう。蹄の痕が見える。
彼は元々魔物退治に慣れていた感じだし、楽勝だったか。
そのまま馬房まで様子を見に行くと、そこには村長も若旦那もいて、アシュレイにお礼の果物をたくさんあげていた。
村長がレオたちに気付き、笑顔を見せる。
「おお、兄さんたち! 無事にマナの泉の開放は終わったのか?」
「ああ。後はもう村道沿いのゲートを潰せば、この付近に高ランクゲートが出来ることはなくなるはずだ」
「そうか……! ありがとうよ、お前さんたちには世話になりっぱなしだ。連れてたこの馬にも助けられたしの」
「世話ついでに、地下に置いてきた牛も提供する。一部切り取ってあるが、後は好きにしてくれ」
「あの牛まで……!? こりゃあ村の広場で、焼き肉ともつ鍋パーティでもしちゃおうかのう」
「えと、あの牛は瘴気があるんで、1週間くらい熟成してから食べて下さいね?」
ユウトが注意事項を忘れずに補足した。
そのやりとりを聞いていた若旦那が、首を傾げている。そういえば、彼は地下に牛がいたことなんて知らないのだった。
「地下に牛……?」
「ああ、お前も次期村長なのだし、後で一緒にマナの泉に連れて行って説明するよ。今まではあの牛がいたせいで行けなかったが」
村長も本来は次期村長として、あそこに若旦那を早く連れて行きたかったのだろう。ようやく開いた祠、頼もしい跡継ぎもいてマナも満ち、テムはこれから慎ましくも発展していくに違いない。
「その牛とやらはよく分からんが、馬が倒してくれた昆虫の魔物の素材は持って行ってくれ。それを手に入れる権利があるのはあんたらだ」
「いらん。そっちで勝手に捌いてくれていい。どうせこれからゲートに入れば、クソほど手に入る」
「え!? 勝手にって、マジか……? ランクA素材だぞ……。おまけにタマムシは売るとだいぶ高い素材なんだけど……?」
「タマムシの素材はどうせアクセサリーや調度品にしかならん。興味がない」
「僕らのことは気にしないで、テムのために使って下さい」
「何とも太っ腹なことだのう」
巨大なタマムシの羽は宝石に匹敵する価値を持つ素材。それをあっさり譲られてビビる若旦那の隣で、村長が苦笑した。
「ところでお前さんたち、今日はもう活動終了だろう?」
「ああ。明日の早朝にここを発って、巨大昆虫ゲートを潰しに行く」
「だったら、その前に栄養を付けるためにも、今晩はご馳走にしよう。今は大したもてなしも出来なくて申し訳ないが、部屋でゆっくりしてくれ」
「ありがとうございます」
「だから、ありがとうはこっちだっつーの……。今度また、普通の時に来いよな。その時は今回の分も会わせて大歓迎会開いてやるから」
「ふふ、楽しみにしてます」
ユウトがふわりと微笑むと、若旦那もようやく肩の力を抜いて苦笑した。




