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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、恐怖を感じる

「ふん、そうやって私の怒りを買うこと、それが貴様自身を破滅に導くことを知るがいい! この半魔の不確定要素を左右するのは感情……! この怒りで、私の魔力は何倍にもなる!」

「……やはり、その程度の理解か」


 確かに人や半魔は感情や気分によって能力にムラが出る。こいつの言う不確定要素というのがそれに当たるのだろう。

 もちろん魔物たちも感情を持つが、魔物はそれによって能力が影響を受けることはないのだ。


「その不確定要素が、貴様の命取りにならんといいがな」

「私の身体には感情を増幅し、魔力に転化する術式を彫り込んでいる! この怒りが何倍にもなって貴様に降り注ぐのだ、覚悟をするがいい!」

「……なるほど、やたらに強気な理由はその術式があるからか。まあいい、とっとと撃ってこい」


 レオは見るからに面倒臭そうな態度で、指でちょいちょいと魔法を催促した。

 それを馬鹿にされたと見たジードはさらに激昂する。


「この尊き血族の私を、下賎の半魔がバカにしおって……いいだろう! そんなに死にたいのなら望み通りにしてやる! 見たらちびりそうな、とっておきのやつでな……!」

「よく分からんが、その身分に恥じないドデカいの頼むぞ」

『だから、どれだけ煽るんだお前は……』


 隣で精霊が呆れたように言う。

 しかし、こうして煽ることでジードが撃とうとしている魔法を絞り込んでいる、レオの意図は分かっているようだ。


 増幅した怒りの感情に引き摺られれば、こちらに最大のダメージを与えたくなるだろうし、自身の力を誇示し、溜飲を下げる意味でも一撃で決めたいはず。

 そしてわざわざ魔力を上げているのだから、召喚系は使うわけがない。


 攻撃系で威力が大きく、身体への損傷が大きい魔法。さらに、とっておきと言うからには、おそらく禁忌魔法。

 もちろんレオにはそれがどんなものか分からないが、彼なら見当が付くはず。

 レオはちらりと精霊を見た。


『……魔力の圧縮を始めている……これは多分爆裂系の魔法が来るぞ。きっとルガル対策として用意していたものだろう。多大な魔力を必要とするが威力は絶大だ。これを唱えられるとは……』


 つまり、ここまで魔力を引き上げて、初めて発動出来る魔法だということか。本来のジードの能力のままでは唱えられなかった魔法なわけだ。

 そんなものを怒りに任せて扱って、無事で済むとは思えない。


「……ところで、あまりデカい魔法だと貴様の城が吹っ飛んでしまうんじゃないのか?」

「はっ、今さら私の魔力にビビって来たか! あいにくだが、この城は魔法不干渉の素材で出来ている! 魔力によるダメージは通らんのだ! 残念だったな!」


 そんなことを教えていいのだろうか。

 それはつまり、魔法発動の瞬間にレオが廊下に飛び出してしまえば、魔法を回避出来てしまうということだが。

 こいつ、やっぱりアホだ。


「……デカい魔法を撃ってこんな狭いところで発動して、貴様にはダメージないのか?」

「ふふん、私のローブは全魔法無効だ! 死ぬのは貴様だけだ!」


 すでに勝ったような顔をしている不健康な男を前に、もう一度ちらりと精霊を見る。

 すると彼は、ひどく呆れたように肩を竦めた。


『……この魔法が禁忌なのは、その場にある全てを破壊し尽くす、魔界のバランスを崩しかねない威力があるからだ。魔法無効とか魔法不干渉の壁とか、全く効かん』


 正しく自殺行為。

 そんな危険な魔法をルガルが読みやすいように解読して魔界図書館に置いておくとも思えない。おそらく不正なアクセスで魔法発動の方法は読み解いたのだろうが、詳しい説明は解読していないのだろう。

 中途半端に知識があるのが災いしたわけか。


『これが発動すると、この辺り一帯がごっそりなくなる。半径500メートルくらいは消えるだろう』


 どうやらもはや回避とかの話ではなさそうだ。

 付き合ってられん。


 すでに詠唱に入ってしまったジードを見ながら、レオはポーチに手を突っ込んでルガルの鈴を取り出す。

 今のうちにジードを切り捨ててしまえればいいのだが、禁忌系の魔法は途中キャンセルすると反作用があるから手を出したくないのだ。


 まあいい。それにどうせここがなくなったところで、レオとしては痛くもかゆくもない。危険な禁忌魔法の使い手が減ったことでルガルも喜んでくれるだろう。


 冷めた思考でレオが鈴の金具を押し込んだ時、ジードの詠唱も完了したようだった。


「……全てを無に帰す、究極の破滅ラスト・デストラクション! 死ね!」

「貴様がな」


 魔法の発動と同時に、鈴を鳴らす。

 結果を見ることはできないが、まあ、おそらく思った通りになるだろう。




 瞬きひとつの間に、レオはルガルの部屋に着いていた。

 精霊も翼に掴まっていたらしく、無事にここにいる。

 ただ、見回してみてもやはりルガルはいないようだった。


「ルガルだけじゃなくて、あのいけ好かない手下もいないようだな……」

『ルガルについて魔界図書館の修復に行っているんだろう』

「そういや、ジードの魔界図書館のカードが欲しかったが……まあ今度別の魔族から奪うか、ルガルから直接もらおう」

『そうしろ。どうせ今から取りに行っても、ジード男爵のカードは消え去っている』


 2人でそう話していると、今頃遠くで爆発音がした。どうやらジードの城の爆発が、時間差でここまで聞こえてきたらしい。僅かな空気の振動すら感じる。


「……だいぶ離れていたが、ここまで聞こえるんだな」

『それだけ爆発がデカかったということだ』

「どうなったと思う?」

『まあ、封印は解けているだろう。確認したらどうだ』


 確かにその方が結果は確実に分かるか。

 レオは胸ポケットから通信機を取り出して、すぐに通話ボタンを押した。

 すると、ユウトはずっと連絡を待っていたのだろう、呼び出し1コールで出る。


『もしもし、レオ兄さん?』


 弟の気遣わしげな声が耳元でする。それだけでずっと寄っていた眉間のしわが解ける簡単な兄だった。


「ユウト」

『兄さんのいる場所見てたら、すごい勢いで移動して……魔族と戦ったりしてたの? 怪我してない?』

「問題ない。というか、ほぼ戦ってない。敵がアホだった」


 レオがしたことと言えば、ジードを煽っただけだった。下級吸血鬼だって戦ったうちに入らない。

 よくあんなのに封印を託しているものだ。もしかすると魔研側が狙ってああいう力はあるが浅薄な、取引しやすい魔族を選んでいるのかもしれないが。


「それよりユウト、精霊の祠は開いたか?」

『え? あれ? ちょっと待って……。あ、開いてる!』

「そうか」


 ジードは自身の発動した魔法でしっかりやられたようだ。

 まあ、きっと自分が死んだことすら気付かなかっただろう。

 ……自死した魔物は輪廻に戻れないかもしれないが、レオとしては知ったことではない。


「竜穴は通っているな?」

『うん、扉で遮られてただけみたい。開けたらマナが流れ出て来たよ。……レオ兄さんと精霊さんは、この竜穴を通って帰ってくるんでしょ?』

「そのはずだ。……が、ここから魔界の竜穴までが遠い。徒歩だから今日中にお前の元に帰れないかも知れん」

『え、歩いて今日中なんて絶対無理でしょ?』


 ユウトもレオが竜穴からどれだけ離れているか分かっている。

 軽めにさくっと断じられた。

 それに凹みかけた兄に、弟は続けてさらりと提案をした。


『歩かないで、キイさんとクウさんを呼び出したら? 竜穴まで飛んで送ってもらえばいいじゃない』

「……ああ! その手があったか!」


 あまり他の戦力を頼りにしないレオは、あの2人をすっかり諜報員としてしか見ていなかった。考えてみれば、彼らはグレータードラゴン。半魔だし普通に魔界で呼び出せる。


「やはり俺のユウトは賢い……! さっそく2人を呼び寄せよう」

『僕、レオ兄さんたちが戻ってくるまで、ここで待ってるから』

「分かった、すぐ帰るからな!」


 レオは通話を切ると、部屋を出た。

 さすがにルガルの居城で大きなドラゴンを呼び出すわけにはいくまい。今は城主が不在だし、街が騒然としそうだ。


『……おい』


 街を出ようと急いでいるその横で、不意に精霊が不機嫌そうな声を出す。


「何だ」

『さっきの……ユウトをお前の所有物扱いするんじゃない』

「俺のユウトと言ったことか? 何が悪い。本人だって否定しなかったろう」

『あれは流されたと言うんだ。ユウトは世界のユウトであり、ひいては私のユウトでもある』

「ざけんな。俺への嫉妬と対抗意識じゃねえか、クソが」

『ユウトをあんなに可愛く育ててくれたことには礼を言うが、クソはお前だ、クソが』

「何だその上から目線……」


 反論をし掛けて、しかしふと以前から抱いていた疑問が頭をもたげた。この精霊のユウトへ対する態度だ。

 ディアに感じたものと同じ。

 最初から弟への関心がありありと見え、まるで兄さえ知らない彼の何かを知っているような……。


 レオは歩きながら目線だけを精霊に向けて、探るように訊ねた。


「……貴様、ユウトの何だ?」

『……守護精霊だが』

「ゲートから救い出された直後から、ユウトのことを護ると言い出してたよな? 何で最初からそんなにユウトを気に入って甘やかすのか、ずっと疑問だった」

『ユウトが超可愛いからだな』

「それには完全同意だが、そういう問題じゃない。……貴様、ユウトの何を知っている? 何故それほど肩入れする?」

『……お前は、薄々勘付いているのではないか? それを言葉にされて、平気でいられるのか?』


 逆に精霊に訊ねられて、レオは返しに詰まって押し黙る。

 確かに、薄々感じている。ディアとこの精霊が、ユウトを可愛がり気に掛ける理由……。

 そしてレオはどこかで脅威に感じている。弟に一番近いこの居場所を、失う恐怖。


 それを考えると、もう精霊を問い質す気概は消え失せた。


「……キイとクウを呼び出す」

『ああ』


 追求をやめたレオに、精霊も突っ込むことはせずに流す。

 それに内心で安堵して、街の外に出たレオは片膝をつき、左の手のひらを地面に付けた。


「出でよ、キリイル・クルウラ!」


 召喚の大きな魔方陣が浮かび、やがてそこからグレータードラゴンが姿を現す。合体したキイとクウだ。

 きっと彼らの飛行スピードならば、竜穴などすぐにたどり着けるだろう。もう、早く帰りたい。


 何だかひどく不安を覚えてしまったレオは、一刻も早くユウトに会って抱き締めて、安心をしたくて仕方がない気分だった。


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