弟、初ゲート攻略をする
今、狐目の男とユウトがいるのは冒険者ギルドの真ん前だ。どうしたってここを目指して歩いてくるニールたちに存在を気付かれる。
その段階に至っても男は彼らに声を掛けなかったが、逆にニールの方がユウトに気付いてこちらにからかいの声を掛けた。
「またこんな時間にここにいんのか、貧弱ちゃん。まあ、残り物の依頼しか受けられないもんな、弱すぎて。ミドルスティック、いつになったら卒業できるんですかね~?」
今日は足を止める様子はなく、ただ言い捨ててそのまま冒険者ギルドに入っていく。ユウトはそれを見送って、それから男を見た。
「あの、声を掛けなくて良かったんですか?」
「いいんだ、期待した相手と違ってたからね。……だけど、あんな雑魚がランクAの夜狩りを毎日……? これは調査するべきか……」
冒険者ギルドの扉を見つめたまま低く呟いた男は、しかしユウトの視線に気付いた次の瞬間には申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「ごめんね。俺が呼び止めたせいで嫌なこと言われちゃって……。きっと君にとっては会いたくない相手だったんだろう?」
「別に平気です。ミドルスティックを使ってるのも貧弱なのも事実ですから。それをあの人の勝手な物差しで評価されただけの話ですし、僕にとっては痛くも痒くもありません。あ、ちょっとだけイラッとするけど」
ユウトが笑顔でそう言うと、男も今度は楽しそうに笑う。
「確かにあれは端で聞いててもイラッとする感じだ。でも俺から見ると、今の時点ですでに君の方がさっきの魔道士の男より実力は上だよ」
「え? それはないですよ。僕まだランクDだし、ミドルスティックだし。あっちはランクBだし、何かごっつい杖持ってるし」
「はは、それは得物の出力の差だろ。俺が言ってるのは実力の話。あんな、職人ギルドに登録してないような下請けに作らせた杖で満足してる男なんて論外だよ。……それに比べて、君の持つミドルスティックは裏路地の魔工爺様の作った杖だろう?」
「魔工爺様?」
あの魔法道具屋の老人のことだろうか。
「あ、知らないのかな? 昔はすごい名工で有名だったんだけどね。隠居した後、あそこでこっそり店出してるんだ。儲け関係なしだから、自分の認めた相手にしか物を売らないんだよ。そこの杖を持ってるってことは、君は爺様に認められてるってこと」
「あのおじいさん、すごい人だったんですか……。僕、兄に連れられて行っただけだから全然知らなくて」
「へえ。じゃあお兄さんが知ってたんだ。お兄さんも魔道士?」
「いえ、剣士です。でも魔法にも詳しいんですよ」
「剣士であの店を知ってるって、ずいぶんと通だね」
男は感心したように言ってから、また少し逡巡した。
「……もしかしてお兄さんのランクはだいぶ高いのかな?」
「全然です。僕と同じランクDなので」
「ランクD? ……じゃあやっぱり違うか。魔工爺様を知っているような剣士ならもしかしてと思ったんだけど。……仕方ない、面倒だがやはりあいつらに探りを入れるしか……」
今度は眉を顰め、何事かを呟く。
それを聞き取れなくて首を傾げたユウトに、男はすぐに眉を開き、改めてにこりと人懐こい笑みを浮かべた。
「そうそう。そういえば、自己紹介がまだだったね。俺はネイ。君は?」
「あ、ユウトです」
「ユウトくんか。立ち話してしまってすまなかった。さっきの奴らが出てくる前にお開きにしよう。……俺は感謝大祭が終わるまでザインにいる予定なんだけど、もしまた見かけたら声を掛けても良いかな」
「僕に? ……別に構いませんけど、案内できるほど街も祭りにも詳しくないですよ?」
「いいんだよ、街を歩くのに話し相手が欲しいだけだから。……これからよろしくね、ユウトくん。では、またね」
ネイと名乗った男は、そう言うとユウトに軽く手を振り、足早に雑踏の中に消えてしまった。
……結局、何が目的でここにいたんだろう、あの人。
「どうした。遅かったな」
「うん、ちょっと初めて会った人と話し込んじゃって」
レオとはクエストのために城門のところで待ち合わせていた。
急いでそこに行くと、彼は人目に付かないところでユウトを待っていた。
「……また絡まれたのか?」
「ううん。何か、ランクAの依頼をいっぱいこなしてるパーティのことを知らないかって聞かれただけ。ちょうど4人が通りかかったから教えてあげたけど」
「何だ、あいつらに直接依頼でもしようっていうのか」
「どうだろう、そうだったのかな。でも一目見ただけで、『期待した相手と違った』って言ってた」
話しながら街の外に出る。
ゲートは街のすぐ近くには出ないのだ。少し歩く必要があった。
「そうか。まあ、奴らは武器の手入れもしていないし、ランクが上がったのに敵のレベルに合わせての鎧の新調もしていない。見る人が見ればすぐに雑魚だと分かる」
「そうなの? でもランクAのクエストたくさんクリアしてるじゃないか」
「……ああ、そうだったな。きっと何か上手いことやってるんだろう」
上手いことって何だろう。ユウトには想像が付かない。
首を捻って考えていると、レオがすぐに話を変えてしまった。
「それより、今回は何のゲート攻略依頼を受けてきたんだ?」
「あ、うん。ポイズンスライムのゲート攻略だよ。リサさんは僕の魔法で問題ないって言ってた」
「ポイズンスライムか。遠距離で凍らせてやればすぐ終わるな」
「今回は火の魔法じゃだめなの?」
「燃やしてもいいんだが、証拠素材のスライムの核が溶けた粘液でべとべとになる。持って帰る時にすごく不快だ」
「あー……それはやだ」
そんなことを話している間に、目的のゲートにたどり着く。
テムで見たのと変わらない、茶色いなるとだ。
「……どうした、入らないのか?」
「何か、入る時に汚れそう」
「平気だ。手を触れただけで中に転送される」
横から手を伸ばしたレオが、先に行ってしまう。慌ててユウトもそれを追うと、一瞬で小部屋のような空間に飛ばされた。
「ここが0階。迷宮によって、ここから地下に進むものと上に登っていくものがある。今回は地下だな。5階以上あるゲートだとこの場所に転送装置が配置されて、一度踏破した階は飛ばすことができる」
「へえ、便利だね」
「1回階段を降りると、もう上には転送装置と転移術式以外では戻れないから気を付けろ。強制的に外に出たい場合は脱出アイテムがあるが、消耗品だし結構高い。アイテムによる脱出無効の迷宮もある。だからゲート選びは慎重にな」
「うん、分かった」
兄の説明を受けてから、ようやく目の前にある階段を降りる。
すると周囲の景色が一変し、どこかの湿地帯のような空間になった。2人が降りきった途端、階段がすうっと消える。
「な、何か思ってたのと違う。迷宮ってもっと、古城のダンジョンみたいなイメージだったんだけど」
「そういう迷宮もある。しかしボスによって作られたこの空間は、敵の好む環境になっているからな。溶岩でできた迷宮や氷の迷宮など、多種多様だぞ」
「そうなんだ……うわっ、泥の中でスライムがびちゃびちゃ跳ねてる! ひゃあ、そのままこっち来ないで!」
こちらに気付いたスライムが、泥をまき散らしながら近付いてくる。めっちゃ汚い。
「その辺の雑魚は火の魔法で焼いてもいいぞ。素材取らないからな」
「うん、ファイア・ボール!」
ミドルスティックを取り出して急いで振る。魔法を飛ばすタイミングで魔法名を口にするのは結構慣れた。
魔力の塊の大きさも自在だ。しかしこの杖の威力では一発では倒せないから、それを3発連続で発射する。
火の玉は見事スライムにヒットし、その身体を粘液の水たまりに変えた。
「この辺はもう危なげないな」
「んー……、でも、もう少し効率よく倒せないかなあ。スライムの弱点って核だよね。そこを一点突破で狙ってさ」
「ふむ。効率化を考えるのはいいことだ。馬鹿みたいに火力に走らないところが偉いぞ」
レオはスライムに手を出す気がないらしい。ただユウトの思考を妨げそうな、ふらふらと飛んでくる吸血コウモリだけを切り捨てた。
「魔力って魔石を使うか属性を与えないと実体に作用しないんだよね。属性があればインパクトの瞬間に作用する。……だとしたら、属性を与えなければ通過してしまうわけだから、スライムの核に到達した瞬間に属性を与えたらどうなるだろ」
「それは面白いな。やってみるといい」
兄に促されて、やる気になった弟は比較的近くにいるスライムに狙いを定める。
しかし、そのままユウトは少し考えを巡らした。
「どうした?」
「魔法名どうしよう。ファイア・ボールじゃ何か違う」
「……何でも良いと思うが」
「ファイアだけじゃ物足りないし……。あ、ファイア・ボムでいいや。何か強そう」
「……お前は変なところにこだわるな」
口にする魔法の名前が決まったところで、ようやく魔力の塊を撃ち出す。試しなのでスピードは控えめだ。
それがスライムの身体を通過し、核に到達したところでユウトは声を上げた。
「よし、ファイア・ボム! ……うわあああ!」
思惑通り、スライムは一撃で倒れた。……木っ端微塵に飛び散って。
いや、びっくりした。ボムとは言ったけど、本当に爆発するとは思わなかった。
危うく飛び散ってきたスライムの粘液を被りそうになったけれど、そこはレオに腕を引かれて難を逃れることができた。
「中心温度が一気に上がって膨張したからな。こうなると思った。まあ、急所を狙うのは成功じゃないか?」
「周囲への被害がでかすぎる……! すごいびっくりするし! もう少し試行錯誤します!」
「ああ、頑張れ」
一階、二階はそうしてスライムと戦って、三階はボスの部屋。
しかし他のスライムより少し大きい程度のポイズンスライムは、正直ユウトの敵ではなかった。
氷の魔法を5発も当てればあっさりと身体が2つに割れる。中身の核を易々とゲット。
するとボス部屋の真ん中に、転移術式の方陣が浮かび上がった。何かカッコイイ。ファンタジー感すごい。
「ここに乗れば外に出れるの?」
「そうだ。でもまだ乗るなよ。見ろ、奥に宝箱がある」
「宝箱……!」
地上では滅多にお目にかかれない、宝箱だ。思わずテンションが上がる。思いの外でかい。
「開けて良い?」
「ああ。このランクじゃ罠はかかってないからな」
兄の許可を得て、弟はわくわくと留め具を外す。
そして重みのある蓋を開けると、中には……
ブーメランパンツが入っていた。
「お、防臭+2が付いてる。ユウト、さすがだな。このランクでは当たりだぞ」
「あんまり嬉しくない……」
初ゲート攻略記念のブーメランパンツは、後日レオのネクタイに合成されたのだった。