兄、ジードを挑発する
レオは翼を使い、敵に感知されずに城の屋上に降り立つことに成功した。それを見届けた翼竜が去って行く。
精霊の言う通り、ここの警戒は人間が全く眼中外のようだ。楽でいい。
『ああ、周囲には砂竜が放たれているようだ。降りられなかったのはこのせいだな』
「砂竜……サンドワームの竜版みたいなものか?」
『そうだが、そのスピードや凶暴性は比じゃない。こっちは震動を感知して何にでも食い付いてくるから気を付けろ』
「ま、下に降りなきゃ問題ない」
用事があるのはここの最上階だけだ。他はどうでもいい。
レオは仕事とっとと終わらせてユウトの元に帰ることだけを考えている。
早く進もう。急いた気持ちでさっさと屋上から城内に降りる落とし戸の取っ手に触れようとして、しかしそこでふと手を止めた。
「……何かの術式が掛かっているか?」
『接触式の侵入感知だ。これは仕方がない。侵入を知られるくらい、どうということもないだろう』
「まあそうだが。油断するなと言いながら、結構大雑把だな……」
少し呆れつつも気にせず取っ手に手を掛ける。
すると途端にサイレンのような音が鳴り響いた。
「これは……城中に知らせてるのか? 侵入者は城主が相対すればいいだけと言っていた気がするが」
『ここは街と違う、個人の城だ。組織ではなく、主人とその眷属しかいない。まずは眷属がやって来て、こちらの人数や強さを主に報告するんだろう。もし相手が主より強いのなら、眷属に時間稼ぎをさせて逃げたりすることもある』
「逃げ……はしないだろうな。ルガルにも対抗しようと準備していたくらいだ。見ず知らずの半魔が現れた程度では怯むまい。半魔合成によって、自身の能力を過信している可能性も大きいしな」
レオはサイレンを気にせず城内に侵入する。
ここはもう最上階。ジード男爵の部屋があるはずだ。
扉を探して平気で廊下をどかどかと歩いて行くと、すぐに向こう側から眷属らしき下級吸血鬼が数人現れた。
そのうちのひとりが、近くにあった扉を開けて部屋に入っていく。
おそらくまずはこちらの人数を報告に行ったのだろう。
「目的の部屋はあそこだな」
『そのようだ』
目当ての場所さえ分かれば、こんな奴らを相手にしている場合ではない。
レオは剣を鞘から抜くと、即座に踏み込んで敵との距離を詰めた。
吸血鬼が剣を避けてコウモリに変化する隙を与えずに、鎧ごと切り捨てる。前衛をほぼひと薙ぎで両断し、レオはエナジードレインを唱え始めていた後衛を返す剣で切り伏せた。
下級吸血鬼戦は以前潜ったゲートで経験してコツを掴んでいるから、特に問題はない。おまけにあのゲートから手に入れたアイテムで、武器には不死者特効も付いているのだ。
そのまま扉まで走り、さっきの報告に入った眷属が部屋から出てきたところをぶった切る。
そして中途半端に開いたままになった扉を蹴り開けた。
「……貴様、半魔だな。何者だ?」
部屋に入った途端、問い掛けられてそちらを向く。
そこには、背が低くガリガリで猫背の男がいた。
いかにも不健康そうな奴だ。これがこの城の主。
「貴様がジードか。魔界図書館の禁忌術式のデータをこじ開けた奴だな?」
「……何故それを? まさかルガルが半魔風情に私の討伐を依頼したというのか……? 屈辱だ……!」
レオの言葉で、ぶわりとジードの魔力が上がった。
これは魔物にはない、魔力の揺らぎ。この男が半魔合成をしている証だ。
「自分が合成半魔のくせに、こちらを半魔風情と侮るとは滑稽だな」
「貴様……私の半魔化に気付いたのか? だが、私を貴様らのような野良半魔と一緒にするな。私は魔族として完成された能力に、半魔や人の不確定要素を生み出す能力を掛け合わせた、理想的な存在なのだ!」
どうやらこいつはだいぶ自己評価とプライドが高いようだ。
魔族にこういうタイプは多いが、ヴァルドの叔父たちはどうもその傾向が強い気がする。
そう言えば以前にヴァンパイア・ロードと戦った時、彼らは一族の後継者争いをしていると言っていた。もしかするとその血統にプライドを持つ、かなり高い出自なのかもしれない。
まあ、レオとしてはどうでもいい話なのだけれど。
「何でもいいわ。殺す」
「……殺す、だと? この私を? 笑止! 眷属を倒したからといっていい気になるな! 私は半魔の持つ、力を増幅する能力の法則を見付けたのだ! 以前より何倍も強い!」
「貴様の以前がどれだけ弱かったか知らんが、ちょっと人と合成したくらいで何倍も強くなるわけがないだろう。アホか」
「何だと! 私を愚弄するのか!?」
『あんまり煽るな。こいつ、ホントに魔力が増幅しているぞ』
横から精霊が口を挟むが気にしない。確かに魔力が上がっているのは感じるが、こちらとしては怒りにまかせてとっとと魔法を発動して欲しいのだ。
こいつは魔界図書館にハッキングを掛けるほどの知識がある。当然他の重要データを覗いているかもしれなくて、どんな魔法を用意しているか分からなかった。別の禁忌魔法を放ってくる可能性だってあるのだ。
今レオはそれを警戒して、自分から一撃目を出すタイミングを見極めている。
狙いは、魔法を放った直後。
魔法には数秒の術後硬直があって、すぐに次は放てないからだ。その間は他の形状への変化もできないので、特に狙いやすい。
「半魔の能力は複雑で、貴様が言うような一朝一夕で扱えるものじゃない。法則を見付けたとか、片腹痛いんだが」
「黙れ、野良が! 貴様らには私の高尚な思考など分かるわけがないのだ!」
「だったら、その法則によって増幅した魔力とやらを見せてみろよ」
レオはわざとジードを挑発した。
まあ、今この男の魔力が増幅している時点で、その法則とやらもたかが知れているけれど。




