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弟、狐目の男と会う

 数日が経ち、ユウトはようやくミドルスティックの扱いに慣れてきた。


 布で丸めて床を転がすだけだった魔石も、今は自由に空中を泳がすことができる。用途によって出力を上げ下げする感覚も覚えた。

 スピードを上げすぎると少し魔力の軌道がおぼつかなくなるが、それでも十分使える域に来たと思う。


 自身で作り出す魔力の塊も基本的には魔石と同じように動かせることを考えれば、リトルスティック・ベーシックよりずっと成せることは増えたわけだし。そろそろ、行っても良いんじゃないだろうか。





「ゲートの迷宮を攻略してみたい!」


 朝食をとりながらレオに訴えると、長い手が伸びてきてユウトの寝癖を直した。


「まあ、ランクDのゲートなら許可する。罠もないし、ボスも弱いしな。レベルが低い魔物は魔法攻撃に耐性がない奴が多いから、それほど苦戦しないだろう」

「やった! じゃあ早めに行って良いクエスト選んでこなくちゃ」


 ミドルスティックが上手く使えるようになるまではと、せっかくランクが上がったというのに最近は採取と雑用の依頼しか受けていなかったのだ。つい意気込んでしまう。

 しかし兄は首を振った。


「依頼を受けに行くのはギルドが空いてからでいい。低ランクのゲート攻略は報酬も低いからどうせ人気がないんだ。初めてなんだし、窓口で詳しく説明を聞いてこい」

「そっか、分かった」


 近頃レオは、昼間のクエスト選びをユウトひとりに任せるようになった。

 弟が冒険者ギルドにも慣れ、できることも増えているからだろう。適当に選んだ依頼にもどうにか適応していくことで、応用力が増していく実感がある。魔力だけでなく、思考力も磨かれるのだ。


 未だ、ユウトを街でひとり歩きさせることは心配なようだが、おかげで昼間のレオはクエストに行く時以外、宿に残ることが多くなっていた。


「そういえば、最近街の公園に飾り付けがされてるの見た?」

「いや、街中はあまり歩いていないからな。……しかし、そうか。そろそろ感謝大祭の時期か。どうりで近頃王都の衛兵が出入りしているはずだ……」

「感謝大祭? 何かお祭りがあるの?」

「……まあ、自然の恵みに感謝する祭りだ。3日間の日程で、最終日には王都から国王も来る」


 何故だか眉を顰めるレオを不思議に思いつつ、しかし祭りと聞いてユウトは少しテンションが上がる。


「祭りってことは、屋台とか露店とか出るのかな」

「ここの大通りには道沿いに屋台がずらっと並ぶよ。毎年この時期にはすごい人になるんだよ」


 厨房のカウンターのところにいたダンが、ユウトの問いに答える。


「へえ、楽しそうですね」

「この時期はウチも賑わうんだ。常連さんたちが宿泊に来るからね」

「常連さんってことは、リリアさんに認められた人たちってことですね」

「そういうことになるね。ちょっと騒がしくなるけど勘弁してね」


 騒がしいと言ってもリリアが認めた客なら、どんちゃん騒ぎをするような輩ではないだろう。問題ない。


「レオ兄さん、一緒に祭り見に行こうね」

「……そうだな、夜ならいい」

「え、せっかく色々飾り付けされてるのに。夜じゃあんまり見えないよ」

「昼間は衛兵や憲兵の見回りもあって安全だから、ルアンあたりと行ってこい」


 ユウトはレオの言葉に目を瞬いた。

 祭りの人混みなんて、いつもなら自分が一緒の時しか行ってはいけないというのが彼なのに。

 そもそも昼間は宿から出たくないということ?


「……最近夜狩りが長引いて眠いんだよ。昼間の空き時間は眠らせてくれ」

「うん……」


 多分これは本当の理由じゃない。しかし答えをごまかすということは、弟に知られたくない何かがあるということ。それを問い詰めたところで、簡単に明かしてくれる兄じゃないのは分かっている。

 それに、彼を困らせること自体本望じゃないのだ。


 少しもやもやとした気分を残しながらも、ユウトは素直に頷くしかなかった。





 冒険者ギルドの朝のピークが終わった頃を見計らって、ユウトはひとりで依頼を受けに向かった。

 その道すがら、見慣れない鎧を着た男たちと幾度もすれ違う。


 彼らは冒険者とは醸す雰囲気がまるで異なった。姿勢良く、武具の手入れも行き届いている。揃いの鎧が同じ所属の人間であることを表していた。

 おそらく彼らがレオの言っていた、王都から来ているという衛兵たちだろう。


 そういえば通りを歩く商人も冒険者も増えた気がする。みんな祭りのためにザインに来ているのだ。国王も来るらしいし、かなり大きなお祭りに違いない。


 ちょっとわくわくした気分で冒険者ギルドに着いたユウトは、目に付いたランクDのゲート攻略依頼の用紙を手に取って、リサの窓口に向かった。


「おはようございます、リサさん」

「おはよう、ユウトくん。今日も礼儀正しく可愛いわねぇ。にこにこして、何か楽しいことあった?」


 あれ、そんなつもりはなかったけれど、口元が緩んでいただろうか。


「何かあったわけじゃないんです。ただ、お祭りが近いって知ってちょっとわくわくしているというか」

「ああ。感謝大祭ね。ユウトくんは初めてかしら。他の街や村から来た商人が屋台や露店を出すから、見て回るだけでも楽しいわよ。祭り自体は」

「祭り自体は?」

「……この時期になるとお祭り用の採取依頼や素材調達依頼、雑用依頼なんかが増えるから、冒険者があちこちから来るのよね。おかげで、冒険者ギルドは忙しくなって大変なの。冒険者同士の喧嘩も増えるし……。これがなければ楽しい祭りなんだけどね……」

「お、お疲れ様です……」


 これから祭りまでのことを考えているのか、リサがアンニュイになっている。何か、ごめんなさい。

 こちらが恐縮してしまうと、それに気付いた彼女はひとつ咳払いをした。


「……っと、失礼しました、依頼の受け付けだったわね。あら、初めてのゲート攻略?」

「はい。リサさんにゲートについて教えてもらえたらと思って」

「もちろんよ、ユウトくんのために時間を割くなら喜んで。他の冒険者相手にするよりずっと癒されるもの」


 リサはそう言って依頼台帳を取り出し、ユウトの持ってきた依頼の詳細を見た。


「今回はポイズンスライムのゲートね。階層は3階。出現する魔物はスライム系とコウモリ。魔法の効きやすい相手だからユウトくんには良いと思うわ」


 これはすでにゲート測定器で調べられているゲートだ。ボスも階層も分かっている。罠もないらしいので、かなり初心者向けだ。


「ゲートの基本を教えておくわね。ゲートに入れるのは6人まで。別パーティ同士で組んで攻略もできます。今回は3階の迷宮だから関係ないけど、通常は5階ごとに外に出られる転送装置があるわ。途中まで攻略したゲートでは、一度踏破した階層なら転送装置で移動できます」

「ボスを倒した場合は? どうやって外に出るんですか?」

「ボスを倒すとその場に外に出るための転移術式が現れるの。その術式に乗るまではゲートは消えないから、素材や宝箱は取り忘れのないようにね。ボス部屋に現れた転移術式で誰かひとりが脱出すると、そこから30秒でゲートは消滅し、中に残っていた人は強制的に外に出されます」


 何か、すごくゲームの設定っぽい。

 わざわざ外に出る手段を作っておいてくれるとか、魔物優しすぎない?


「ゲートって、何なんでしょう」

「んー、そういう根本的な話は専門家じゃないとね。ただ、ゲートは不規則に現れて、どんどん増えていく。中からモンスターが排出されて危ないし、みんなでマメに潰していかないといけないの」

「街の中にゲートができたりしないんですか?」

「それは滅多にないわ。ある程度法則があるらしくて、人工的な明かりや人間の気配が近い場所にはあまりできないみたい」


 滅多にない、ということは、少しはある、ということか。もしかすると過去に何か事例があったのかもしれない。

 しかし、ここで話を膨らませても彼女の仕事の邪魔をするだけだ。ユウトはそこで話を切り上げた。


「ゲートって奥が深いんですね」

「王都に行くと、ゲートについて調べている専門家は結構いるわ。でもやっぱり分からないことが多いの。興味があるなら話を聞いてみても面白いかもね」

「そうですね。もし機会があったら聞いてみます」


 ちょっと興味はあるけれど、とりあえず急ぎの話でもない。そのうち何かのついでにでも、話が聞けたらそれでいい。


 ユウトはリサに礼を告げて冒険者ギルドを出た。

 さあ、初ゲート攻略に行こう。






「こんにちは」


 しかし不意に、冒険者ギルドを出てすぐのところで、ユウトはひとりの男に声を掛けられた。

 狐目で、細身の身体に少し仕立ての良い服を着ている。あきらかに冒険者ではない。その顔には人懐こい笑みが浮かんでいた。


「こんにちは」


 小さく小首を傾げながらユウトも挨拶をすると、男は笑みを深め、こちらに視線を合わせるように少し腰を折り曲げた。


「君、冒険者だよね? ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな」

「聞きたいこと? ええと、まだ新参者ですけど僕に分かることなら」


 正直、冒険者としてまだ日の浅いユウトに答えられることがあるのか疑問だ。それでもとりあえず頷いてみせる。

 すると新参者でも問題ないようで、彼は「ありがとう」と言って穏やかに問いかけた。


「この冒険者ギルドにさ、最近すごい勢いでランクAのクエストをこなしてるパーティいるだろう?」

「あ、はい。います」


 ニールたちのパーティのことだ。みんながそう噂していた。おかげで毎日すごい稼ぎだと。


「その人たちのことを教えて欲しいんだけど」

「……うーん、教えるほど知らないです」


 夜狩りをしている。最近調子が良くなってランクBに上がった。それ以来毎日のようにランクAのクエストをこなしている。それくらいしか知らない。

 そう告げると、彼は顎に手を当てて逡巡した。


「ふむ……だったら直接会ってみるしかないか。彼らのパーティが冒険者ギルドに来る大体の時間帯とか知らないかな」

「それなら、いつもこのくらいの時間に達成報告に……あ」


 男と話をしていると、通りの向こうに噂のパーティが現れた。何ともタイムリーな。


「ちょうど良かった。あの人たちがそうです」

「……あれが?」


 ユウトが彼らの方を示すと、狐目の男はその細い目をさらに眇めた。まるで品定めをするように。

 それから、ユウトを見て困ったように笑う。


「おい、冗談はやめてくれ。あれがそんな実力のあるパーティのわけないだろう」

「いや、本当ですけど……。多分、今日もランクAの依頼を達成してきて、報酬を受け取りに来たんだと思いますよ」

「……ほう」


 冗談を言っているわけではないと分かったのだろう。男は笑みを消してニールたちを見た。次第に彼らとの距離が近付く。

 しかし、男はそのパーティに自分から声を掛けようとしなかった。


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