兄、アシュレイのプライドを潰しに行く
食事を終え、やがて夜も深くなってくると、レオはユウトとエルドワをテントに促した。さすがにアシュレイは入る余裕がないが、焚き火が近くにあれば外でも特に問題はないだろう。
「今晩の野営の見張りは? 僕だってできるよ?」
「夜の見張りは俺がするから必要ない。昼間はアシュレイが勝手に走ってくれるから休めるし、お前たちはその時に馬車の上で見張っていてくれればいい」
「レオ兄さんの負担が大きすぎると思うんだけど……」
「いつも言うが、どうせお前に見張りをさせても心配で眠っていられん。それにエルドワが付いても同じ事だ。だったら俺がした方がいいだろう」
ユウトと話をしていると、その隣にいたアシュレイがおずおずと口を挟む。
「……俺も、見張りなら出来るが」
「駄目だよ、アシュレイは今日も頑張ってくれたし、明日もいっぱい走るから休まなくちゃ」
「大丈夫だ。俺は4時間も寝れば疲れが取れる。交代要員にはなれると思う」
「……まあ、どうせアシュレイは外で待機するんだしな。それもいいだろう。最初の数時間を任せていいか?」
「構わない」
「では、頼む」
レオはなおも文句を言いたげなユウトをひょいと抱え上げると、エルドワを伴ってテントへ入った。
そのローブを脱がせ、寝室に押し込む。
「アシュレイには見張りさせるのに、何で僕は駄目なの?」
「あいつとお前では場数が違う」
頬を膨らませてぷりぷりと怒る弟を、兄はエルドワごと問答無用でシュラフに入れた。
そして自分もその隣に入る。
そのままユウトの髪を数度すくように撫でれば、彼の怒りは続かずに簡単に霧散した。
「……場数が違うって、何?」
「肌の色で分かりづらいが、アシュレイの身体には古傷から新しいものまで、あちこちに傷痕があった。あれは農園でのほほんとしていて付く傷じゃない。……よく分からんが、あの筋肉といい、あいつは数多の戦闘をこなしているようだ」
「傷? 背中を洗ってる時はあんまり分かんなかった」
「あいつの身体にあるのは前面の向こう傷。傷付くことを恐れず、真正面から向かった時に受ける傷だ。背中に受ける傷は逃げる時に負うもの……それがないということは、つまり敵に後ろを見せることがない男だということだな」
そう告げると、ユウトはぱちりと目を瞬いた。
「もしかして、アシュレイってものすごく強い……? 見た目も筋肉バッキバキだもんね」
「まあ、それなりに強いんだろうな。何となく小物臭がするが」
度胸と馬力は確実にあるだろう。ただ、その傷がどんな敵と戦って負ったものかによってだいぶ評価は変わる。
避けるべき格下の攻撃も受けて力押しをしているなら評価は下。
避けられない攻撃を敢えて受けることで格上を倒しているなら評価は上。
何にせよ、その力にエルドワほどの信頼をおけるかと言ったら、まだ微妙なところだ。
「お前はアシュレイをどう見ている?」
「んー、ちょっと寂しがり屋、かも。優しく話しかけてあげると、すごく嬉しそうな目をするんだよね。でも、警戒心が強いかな」
「信用はできそうか?」
「それは大丈夫。アシュレイは好き嫌いがはっきりしていて、嘘がつけないと思うよ」
「ユウトがそう言うなら平気か」
意外だが、ユウトは社交性があるものの、自分から誰かと関わろうとすることは滅多にない。だから、利用したい人間を見付けてユウトに引き合わせるのは大体レオの役目だ。もちろん、今回のような偶然の巡り合わせも多いが。
その中から、彼は味方を直感的に選別してくれる。それが間違っていたことはない。
後はアシュレイが、使うに足る能力を持っているかどうかだ。
「アシュレイはまだレオ兄さんのことは警戒してるみたい。あんまり怖がらせないでね?」
「馬の時は俺が近付いても無視して舐めてたぞ、あいつ」
「農場主さんと一緒の時は、多分僕たちは眼中になかったんだと思う」
確かに厩舎に行く時は他の馬を怯えさせないように、レオもエルドワも気配を抑えていた。アシュレイも我々をただの農場主の知り合い程度に思っていたのかもしれない。
「まあ別に、わざわざ怖がらせたりしない。心配せずに寝ろ」
「うん。おやすみなさい」
ランプの明かりを絞って、ユウトのまろい頬を撫でる。その感触に安心したように目を閉じた弟は、やがて静かな寝息を立て始めた。
レオは相変わらず天使なその寝顔をしばし眺めてから、ユウトを起こさないようにシュラフを出る。
それに気付いて、同じようにシュラフからもぞもぞと出てきたエルドワを掴まえて、自分の代わりにユウトの隣に寝させた。
「ユウトを頼むぞ、エルドワ」
「アン」
このころころもふもふならその感触が安眠を護ってくれるだろう。
レオは音を立てずに寝室を出た。
そのまま、アシュレイがいる焚き火のところへ行く。
1時間もせずに現れたレオに、彼は少し驚いたようだった。
「……まだ、たいして時間は経ってないと思うが」
「さっきのはユウトをおとなしく寝かせるための口実だ。ここからは俺が見張りをする。お前は寝ても構わんぞ」
そう言われて、アシュレイは困惑する。
レオに対する警戒心から、落ち着いて寝ることもできないのだろう。それにおそらく、今レオがここに現れたのも、アシュレイを眠らせてやろうという親切心なんかではないことを勘付いているのだ。
それを察することができるならまあ、ただの力押しの脳筋ではないということか。
「……あんたは、俺を信用していないのか。俺はあの人を傷付けるようなことはしない」
「ユウトがお前を信用しているから、別に危害を加えるとは思っていない。だが、こうしてユウトを護る役目を安心して任せられるかと言ったら答えはNOだ」
「俺ではあの人を護る見張りとして力不足だと……?」
困惑していただけの男が、若干の苛立ちを滲ませる。
どうやらアシュレイは自身の能力にプライドがあり、それを軽んじられるのが我慢ならないようだ。
これが農場主へのあの態度や、一般人への無視に繋がっているのだろう。
……アシュレイの小物臭はこれから来るものか。
このプライドは、驕りだ。自身の能力を過信する者は、いつか足下を掬われる。プライドの名の下にしがみつく能力が成長を阻み、慢心を生むのだ。
一度その鼻っ柱を折っておくべきかもしれない。
「お前のような力任せのタイプでは、少し搦め手で来られたらユウトを護り切れまい」
「俺は今まで、上位ランクの魔物とだって戦ってきた!」
「度胸と体力と根性で戦えるのは、お前と同じ力任せの雑魚とだけだ。俺がユウトを任せるには、エルドワくらいの実力がないと認められない」
「くっ……!」
アシュレイはエルドワの名前を出されて押し黙る。
その実力差は自身でも分かっているのだろう。
力や能力もさることながら、エルドワは状況判断や危機回避もそつがない。そして何より、彼は自身の力なんかではなく、ユウトを護っていることにプライドを持っている。
そのためにならエルドワはいくらでも強くなるのだ。
「エルドワのような存在は、獣人系半魔の中でも別格だ! あんただって、あの人を護るのにあんな強さは持っていないだろう!?」
「……さあ、どうかな」
エルドワと自分のどちらが強いかなんて、比べたこともないが。
しかし、少し気配を抑えているとはいえ、レオの実力を判別できないのでは、やはりユウトを護るには足りない。ネイやルウドルトにも敵わないだろう。
レオは焚き火の前から少し億劫げに立ち上がった。
ここでこの男のプライドを踏み潰し、そのまま自信喪失するようならそこまで。
もしもそこから立ち上がる気概があるのなら、鍛えてもいいかもしれない。単純な力を必要とする場面は結構あるし、アシュレイを馬として移動に使えるとだいぶ助かることにもなる。
「……ユウトを護るにはどれだけの強さが必要か、教えてやろう。来い。お前のプライドを木っ端微塵にしてやる」
レオは鞘ごと剣を抜き取ると、表情も変えずにぶわりと殺気をみなぎらせた。




