兄、怪しい眼鏡を借りる
「先に魔工のお爺さんにアイテム加工をお願いしてきてもいいかな」
魔工爺様の工房は職人ギルドの近くだ。馬の持ち主に先触れの連絡を入れておくというロバートを待つ間に、ユウトがお伺いを立ててきた。
「すぐ近くだし、面倒な注文でもないからエルドワと行ってくる。レオ兄さんはここでロバートさんを待ってて」
「まあ、ザインだし、エルドワと一緒ならいいか……。通信機もあるしな。何かあったらすぐに連絡しろよ」
「うん、分かった」
ついていこうかとも思ったが、ユウトだけの方がおそらく魔工爺様も気負いがないだろう。
息子と娘がジラックから救い出されたことを彼が知らないはずもないが、それでも動けない複雑な思いを今も抱えているのだ。そこにレオが顔を出しても、礼を言って良いのか黙っていていいのかも分からないに違いない。
その点、ユウトは直接的にこの件に関してほとんど魔工爺様と話してはいないし、そもそもレオよりずっと上手く相手の感情と空気を読むのだ。
おそらくあの老人をいくらか和ませて戻ってくるだろう。
「じゃあ、行ってくる」
「気を付けてな」
ふわふわとローブを揺らして扉を出て行くユウトを見送る。
途端に手持ち無沙汰になって、つい胸ポケットに手が伸びた。
レオは通信機を取り出して起動すると、さっそく弟の位置を確認する。
承知しているものの、画面のハートマークが消え、弟との矢印が分かれているのがちょっとだけ不愉快だ。
矢印が少しずつ離れていく。ざっくりとした地図だが、それでもどこを歩いているかくらいは分かった。その印がシュロの木らしき場所に辿り着いて止まったことに安堵する。
たいまつや罠あたりは、かなり初歩的なアイテムだ。手続きはすぐに済むだろう。
「お待たせいたしました。……おや、ユウトくんは?」
そうして通信機を眺めていると、ロバートが手配を終えて戻ってきた。
「魔工翁のところにアイテム加工を依頼しに行っている。もう着いたようだ」
「着いたようだって……何だか見たことのないアイテムをお持ちですね」
「ユウトと繋がっている通信機だ。タイチ母に作ってもらった。居場所が分かるし、離れていても会話が出来る」
「通信機……すごい物をつくりますねえ、あの方も」
ロバートはタイチとミワの両親を知っている。そのひとりを思い浮かべて苦笑した。
そして改めてレオに向き直り、頭を下げる。
「タイチくんから、全て解決して王都でパームとロジーが再開することになったと聞きました。ありがとうございます」
「その方がこっちも都合がいいからだ。別に礼などいらん」
レオはさっさと扉を開けて外に出た。ユウトを迎えに行くためだ。
その後ろをロバートがついてくる。
「それより、ランクAゲートの情報をよこせ。アタックしたパーティは何組かいるのか?」
「冒険者ギルドの支部長と話したところ、まだ2組程度しか潜っていないようです。それも10階あたりまで。ゲート測定器による深度測定もまだされていないので、様子見のようですね」
「まだ測定していない? ランクAなんだろう?」
「外に出てくる魔物がランクAクラスというだけで、もしかするとランクSかもしれません。ゲート測定器は大掛かりな装置なので、村方面にはなかなか持って行けないんです。きちんと判明してランクSなら、国が封印を掛けてくれるんですが」
そういえば、以前のテムの村近くの殺戮熊ゲートも、ランクBと言われていたのに結局ランク特Aだった。あれはきちんと装置で測定されていないからだったのか。
「ではボスも分からんのか」
「10階程度まで潜れば、出現する魔物から傾向は分かります。今回のゲートは巨大虫系」
「巨大虫……」
「巨大蟻や蝉、蜘蛛、バッタ、芋虫諸々……それが大挙して押し寄せてくるそうです。察するに大ボスは、伝説のG・Gかもしれません」
「G・G?」
「ジャイアント・ゴキブリという、ゲートにしか存在しない伝説の魔虫です。すごい速さで移動して、ダメージを与えてもなかなか死なないとか」
「……ユウト確実に泣くな」
他の虫は近付かなければそれほど問題ないが、ユウトはGが大嫌いだ。それが巨大化して目の前に現れたら、泣くどころか卒倒するかもしれない。
つうか、この世界にGはいないはずだったが、いつの間に伝説の存在になっていたんだ。
「虫嫌いの冒険者のために、『sweets虫くん』という眼鏡を職人ギルドで扱っていますが、必要であればお貸ししましょうか?」
「……何だ、そのふざけた名前のアイテムは」
「眼鏡を掛けるとあら不思議、キモかった虫たちが可愛らしく美味しそうなスイーツに見えるというものです。切断してもケーキを切り分けるような感覚ですし、体液もジューシー果汁にしか見えなくなります。間違って齧り付いてしまう冒険者もいるとかいないとか」
「……ある意味逆にキモい気がするが、とりあえず借りておこう」
Gが出るのがボスだけなら、その一戦だけユウトに着けさせても良い。ひとまず借りて、ポーチに入れた。
「ちなみにこの開発者はタイチくんのお母様です」
「あの一族は、腕は良いのに何で発想がいちいち残念すぎるんだ……」
大きなため息を吐きつつ、レオはシュロの木に向かった。
「あ、レオ兄さん、ロバートさん」
「ユウト、もう終わったのか」
魔工爺様の店に向かう道の途中で、もうオーダーを終えてきたユウトと鉢合わせる。兄と顔を合わせただけで、弟は尻尾を嬉しそうにぴるぴるさせた。
「うん。迎えに来てくれたの? ありがと。ロバートさんもわざわざ済みません」
「いえいえ。ではさっそく仲買人のところに行きましょうか」
ロバートはユウトのローブの尻尾の動きに気付いたようだったが、微笑ましそうに目元を緩めただけで口にはしなかった。おそらく指摘するとユウトが気にして恥じ入ってしまうと分かっているのだ。
さすがウィルの父親。他人の性格をよく観察している。
合流したレオたちは、ロバートの案内で商業区の外れに向かった。
馬車の他に農耕具、動物柵などを扱っている仲買人は、土地を必要とするために皆街中から外れたところにいるのだそうだ。
その中から、職人ギルド支部長のお眼鏡に適った店に入る。
並べられている商品は、きちんと管理され、錆なども付いていなかった。店主も誠実そうな男だ。
「いらっしゃい、こんにちは。どのような馬車をお探しかね?」
「えと、悪路に強い幌馬車を。車軸が強くて、サスペンションがしっかりしてて、頑丈で軽い材料を使っているものがいいです」
「大きさは2頭立てで引けるくらいのものでいい」
「なるほど。サスペンションを付けるなら人の移動と荷積みの両方に対応する馬車だね」
こちらの希望を伝えると、それに見合った馬車を3台ほど見せてくれる。どれもテムにある馬車に比べたらはるかに良いものだ。
しかしこの3台、値段は違うがその差がよく分からない。
ここからはロバート頼みだ。
「ふむ、この縁の割れが気になりますね。結構深いようだが、防腐加工は済んでいますか?」
「一応あそこの修理工に頼んだんだが、ちょっと甘いかな。その分安くはするけど」
「目立つ部分でこの加工では、5年もすればリペアが必要になるかもしれませんね。これは却下で」
「さすが職人ギルド支部長、厳しい……」
ユウトがロバートのジャッジに感心している。おそらく彼がいなければ、違いも分からずこの3台の中から適当に決めていただろう。
普通の店で考えれば、5年もリペアが要らなければかなりいい馬車なのだが。
「他の2台は良いですね。どうしますか、ユウトくん。素材の違いで値段が変わります。重い物も運ぶことを考えるなら、この木製のサスペンションより、ミスリル合金の入った物の方が軽いし耐久性は高いと思いますが、価格が2割増しです」
「だったら、こっちでいいです」
ユウトは迷いなく高い方を選んだ。
これで馬車の購入は終了だ。ロバートが来てくれたおかげで、想像よりもだいぶ早く決まった。
「お買い上げありがとうございます! では支払いと引き渡しの手続きをこちらで」
「この後すぐに職人ギルドの裏手に馬車を運んでおいてもらうことは可能ですか? 今日中に物資を積みたいんですよ」
「大丈夫です。スタッフに届けさせます」
「じゃあ、支払いはギルドカードでお願いします」
支払いを済ませ、手ぶらで店を出る。今晩職人ギルドで預かってくれるなら、馬車を置く場所の手配の心配もない。
やはり最初にロバートに相談したのは正解だった。
「後は馬の手配ですね。私は物資の調達に行きますのでここで失礼しますが、行き先は大丈夫ですか?」
「農場地区の一番奥の大きな農園だったな。先触れはもう行っているんだろう? だったら問題ない」
「そうですか。……では、レオさんなら舐められることはないと思いますが、頑張って下さい」
ロバートはそう言うと、街中へと戻っていった。
レオたちはこのまま商業区の外れから中心部の外周をまわり、農場地区へ向かうことにする。
「……レオ兄さんを初見で舐められる人って、ほぼいないと思うけど」
「どういう意味だ」
まあ、決して親しみやすいタイプでないことは自覚しているが。
ロバートの言葉を特に気にすることなく、2人と1匹は農園へと向かうのだった。




