弟、兄に充填する
翌日、ユウトのフードの犬耳は、ぺたんと寝てしまっていた。
尻尾も垂れ下がっている。
「何だか凹んでいるらしいユウトくんもそれはそれで萌え……!」
「感情モロバレとか勘弁して欲しいです……」
「問題ない。可愛いぞ」
タイチが持ってきたローブに、レオはかなりご満悦だ。
「まあ、フードを被らなければ犬耳は反応しないし、尻尾も小っちゃくて短いからそんなに目立たないと思うよ。基本的にレオさんとか俺が眺めて喜ぶだけ」
「お前は見るな」
「えー! この姿が見たくて頑張ったのに-!」
「ガルルル……」
「あ、エルドワが牙剥いてる」
「ちょ、エルドワ様!? 俺はユウトくんを尊んでるだけだよ!? 変な目で見てないよ!?」
エルドワも何だかんだでユウトに過保護だ。タイチはセクハラもしないし大して害もないのだが、ユウトがこの男の萌えに若干怯え気味なので厳しい。
「どうせそろそろ王都への出立時間だろう。ローブの改良には感謝する。だがとっとと行け」
「超棒読みで感謝が感じられない……まあ、俺の自発的お礼なんだからいいけど。あー、でも確かにもうこんな時間か。ユウトくん、またもえすに可愛い姿見せに来てね。レオさん、店に来る時は兄弟揃ってでよろしく。エルドワ様、ごきげんよう。俺はユウトくんのこと澄んだ瞳でしか見てないからね?」
タイチは乗り合いの駅馬車を使っているためレオたちよりも出立が早いのだ。
時間を確認すると、彼はそれだけ言ってばたばたと去って行った。
途端に寝ていたユウトの犬耳が、ぴょこんと立ち上がる。分かりやすくて可愛い。他の誰かに知られるのは嫌だけれど、兄に感情がダダ漏れなのは気にしないということだ。
しかし室内にいるから、フードはすぐに外されてしまった。残念。
「僕たちもそろそろ出る準備しよう?」
「そうだな」
少し早めに宿を出て、屋外をぶらぶらしてもいい。外ではここを通過する行商人が露店を出しているから買い物ができるし、何より日差しを避けるのにユウトがフードを被ってくれるだろう。
こうして弟の感情がちゃんと理解出来ることは、未だに嬉しい。
……ずっと以前、彼が首輪によって感情を抑えつけられていた頃は、まるでそれを慮ってやることができなかったからだ。
あの頃にこんなローブがあって、弟の思いを知ることが出来ていたら。そんな詮無いことを考えて、レオは少し苦い感情に眉を顰めた。
「……レオ兄さん? どうかした?」
そうした僅かな変化にも、ユウトは気付いてくれる。それがとても嬉しいことだと教えてくれたのも、この弟だった。だから自分も気付いてやりたい。
返事をする代わりにその頭を優しく撫でる。
するとそれだけで小さな尻尾がぴるぴる振られて、ついレオは微笑んだ。
ユウトにしか向けない笑顔。
兄がこうして今もここに存在しているのは、ただこの弟がいてくれるからだ。
そうしていると不意に、ユウトが頭に乗っていたレオの大きな手を取って、両手で握った。
昔を思い出して少し寂しい気分になってしまった兄を、癒すように。
「……どうした?」
僅かな虚勢を張るように嘯くと、弟は優しく笑った。
「ん、充填が必要かなと思って」
何の、とは言わない。先日手に入れた通信機のことかもしれないし、それ以外の何かかもしれない。
ただ、レオは「そうか」と言ってユウトのするに任せた。
その温もりは以前も今も変わらない。それに大いに救われる。
失敗はしたが失ってはいない。間違いはしたが正すことができる。
もしも万が一、ユウトに記憶が戻った時。それでも彼の親愛を勝ち取ることができるならば、どんな努力も惜しみはしない。
そうしていると、突然ユウトがぷふっと吹き出した。
「……何だ?」
「精霊さんが、もう充填満タンだから終われって」
「は!? 何で精霊にそんなこと指示されんといかんのだ!」
めっちゃ癒されていたのに腹立たしい。
終わるどころか逆にぎゅむっとユウトを抱きしめる。
それに腕の中でくすくすと楽しそうに笑うユウトの小さな尻尾が、やはり楽しそうに振れていた。
駄目だ、可愛くて和んでしまう。
怒りが吹き飛ばされて、とても続かない。レオはひとまず満足して弟を放した。
「僕は充填満タンになったみたい」
「……俺もだ」
その頭をさらりとひと撫でして、出立の準備を始める。
時間さえあればもう少しユウトを構っていたいが、そろそろ出て行かないと馬車を待たせる羽目になってしまう。
水の残量や武器、装備アイテムなどをチェックして、ポーチに入れたり身に着けたり。
ユウトはお菓子の残量も気に掛かるようだった。
「まだ少しなら時間に余裕がある。外で露店や出店を見るか?」
「うん。お昼を挟むから、飲み物とサンドウィッチか何か買っていこ。エルドワはお肉の方が良いかな。串焼き買ってあげるね」
「アン!」
準備を終え、宿を出る。
そこから宿駅の入り口まで続く道沿いには、旅人相手に商売をする行商人たちが多く店を出していた。とはいえ、本当に簡易の露店、屋台のような出店ばかりだ。
基本的に食べ物や、旅に必要なアイテムしか置いてない。
レオたちはその中から食べたいものを選び、御者と約束していた時間に合わせて入り口へと向かった。
「どうも、お兄さん方。今日もよろしくな」
「こんにちは、お爺さん。こちらこそ今日もよろしくお願いします」
少し早い時間だが、すでに御者は待っていた。
お抱えの馬車でもない限り、こういう場合は時間に無頓着な者が多いが、やはりこの御者はしっかりしている。
だからこそこの歳でも仕事があるのだろう。
レオたちはさっそく馬車に乗り込み、ザインへ出発した。
今日もまったりとユウトと馬車旅を楽しもう。
「レオ兄さん、ザインに着いたら魔工のお爺さんのところに行っても良い?」
「別に構わないが……何かあったか?」
馬車に乗ってすぐ、テムにお土産として持っていくものをメモしていたユウトが、レオに訊ねてきた。
お礼の馬車だけでも十分だと思うのだが、他にも何かするつもりだろうか。
「以前にゲートでゾンビからたくさん手に入れたボロ布と腐った肉、たいまつとかがり火と猛毒の罠に加工してもらおうと思って。ポーチに入れっぱなしだったんだよね」
「ああ、そういえばテムに持っていくと言っていたな。しかし素材のまま持っていっても、おそらく村で加工出来ると思うぞ」
「それはそうだけど、魔工のお爺さんに作ってもらえばさらに付加効果を付けてもらえそうだから」
それは確かにそうだろう。ただ、そうなるとだいぶ加工費を取られる。……まあ、今さらそんなことは気にしないか。
「依頼するのは一日で加工できる量だけにしておけよ。テムにはすぐに向かわなくてはならないからな」
「うん、分かった。……あ、そういえば馬車はすぐに買えるものなの? オーダーメイドなら翌日は無理だよね」
「馬車は中古を買え」
「え、あげるものなのに? 新品じゃないと失礼じゃない?」
「余程いい職人が作ったものでないと、新品は長く使えるか保証ができないぞ。それよりも誰かがすでに使って、修理工が不具合を直したものの方が長持ちする。どうせ金を掛けるなら車軸が強くて、サスペンションの板パネの数が多めの、使っている材質が軽くて丈夫なものを選ぶことだな」
「そうなんだ」
そうアドバイスはしたものの、レオも馬車については門外漢だ。
ぱっと見でどれが良いかと分かるだけの眼力は無い。
「良い物を見付けたいなら、職人ギルドに行ってロバートに修理工を紹介してもらってもいいかもしれん」
「そっか、ロバートさんなら間違いないね。……相談なら夜8時前に行ってもいいかな?」
「平気だろう。呼び出す理由なんてどうとでも言えるし、たまには正面から職人ギルドに入っても問題あるまい」
順調に行けば、ザインには3時頃には着く。
何軒かの店に寄る時間くらいはあるだろう。紹介されたところをピンポイントに見ていけば、すぐに良い物を見付けられる可能性はある。
「問題は馬だな。テムには元々馬車馬はいるし、ザインで買って行くわけにもいくまい。馬車を使うのは若旦那一行だけだから2台も必要ないだろうし、馬があぶれてしまう」
「んー、だったら、馬屋で行きだけ借りられないかな?」
「ああ、それがいいかもしれんな。訊ねてみるか」
この馬車の御者も、ザインに着いたら馬屋に向かうだろう。彼に話をすれば、少し渡りを付けてもらえるかもしれない。




