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兄、ツインテールを許す

 冒険者ギルドは、夜の10時まで開いている。

 もちろん窓口担当の人数はぐっと減るが、依頼保持期限がぎりぎりでのクエスト達成者や、夜狩りに行く人間のために開いているのだ。


 当然ながら、依頼ボードの前にいる冒険者などはいても2・3人。大体はいつもレオひとりだった。


 ボードにはあまり依頼は残っていないのだから、当たり前だ。

 ランクC以下のクエストで残っているのは、報酬が少なく不人気な案件。そしてB以上で残っているのは、敵が強くて挑む者がいなかった案件。

 だからこの時間から依頼を受けるのは、余程酔狂な者か、何らかの目的がある者しかいない。レオはもちろん後者だ。まあ、依頼は受けないのだが。


 レオはランクAの依頼に目を通しながら、目的の素材が取れるクエストを探した。


(地上で取れる素材はそろそろ種類が尽きてきているな。少し時間が掛かるのを覚悟して、ゲートに潜ってもいいかもしれない)


 そんなことを考えていると、ふと背中に視線を感じて意識だけをそちらに向けた。

 あいつだ。

 レオのおこぼれを狙う4人組の中にはひとり盗賊がいる。いつもそいつがギルドの外からこちらを覗うのだ。きっかり9時、職人ギルドから移動してきて、依頼を眺めている時間。忌々しいくらい正確にそこを狙って覗いてくる。


 それにしても、これだけ距離もあり窓も介しているのに、それでも視線や気配がバレバレってどういうことだ。これは盗賊として致命的じゃないか。手癖の悪さだけで盗賊を名乗っているなら、アホとしか言いようがない。

 これならリサの娘、ルアンの方が何十倍も優秀だ。


 こんな奴らに報酬を取らせるのも馬鹿馬鹿しいが、問題なく素材を流通させるにはまだこいつらを利用したい。


 仕方がなくレオは気付かないふりをして、今日の目当ての依頼用紙を指で弾いた。あからさまなアピールだが、気付かれていると思っていない盗賊はきっとしたり顔をしているだろう。


 そのまま何もせずに冒険者ギルドを後にする。


 城門へ向かうレオを遠巻きについてくる気配が3人分。どうやら1人は依頼を受けて後から来るようだ。


 もうメインの城門は閉まっている時間だが、冒険者やトラブルで時間内に到達できなかった旅人のために小さな検閲門がある。レオはそこを抜けて、街の外に出た。


 今回のクエストは、ランクAのゲートに入り、毒髑髏蜘蛛を退治して毒壺を2個持ち帰るものだ。レオが欲しいのは蜘蛛糸の繊維の方だから、そっちは残して問題ない。

 出現は5階から10階でランダム。まあ、一度潜れば5・6匹には当たるだろう。


 レオは後ろから来る男たちのことは頭から消して、目的のゲートに集中する。

 さて、夜更かしをするとまたユウトに小言を言われてしまう。

 今日も可及的速やかに討伐を済ませよう。








「あ、レオさんいらっしゃい。今日はちょっと遅めだね」

「……今日は毒髑髏蜘蛛の糸を持ってきた」

「おお、光沢があって質が良いね! この糸、俺たちの加工技術と相性良いんだ。これならいい衣装の素材になるよ」


 ゲートに入ったせいで少し遅くなったが、『もえす』はいつも深夜まで開いているので寄っていく。正直、昼間には絶対来たくない。隣の民家から入るとはいえ、誰に見られるか分からないからだ。


 今日の店頭対応はタイチ。ミワが相手だとセクハラまがいの視線で見られるし、いちいち萌えを吐き出されてウザいので助かった。


「現在の進捗状況はどんな感じだ」

「今はレオさんたちの装備しか受注してないからね。進みは早いよ。俺たちの仕事の原動力は萌えだからさ、萌えデザインであればあるほど早くなんの。一着目を作る合間の息抜きに趣味感覚で二着目を作ってるから、もしかすると同時くらいにできあがるかもしれないよ」

「それは歓迎する。早く仕上がるに越したことはない」


 ここにはまだまだ世話になるつもりだが、毎日のように来るのはやはり精神的に疲れる。装備ができあがれば、頻度も減るだろう。


「しかし、こんなに早く素材が集まってくるとは思わなかったなあ。普通はあちこちからちょいちょい仕入れて、1年くらい掛かってようやくできるものなんだけど」

「お前たちが必要素材にあげてくれているのが、ザインの周辺で取れるランクAまでのものばかりだったからな。……後々、ランクS以上の素材で作り直さなくてはいけないかもしれんが」


 今できうる最高のものを作ってもらってはいるが、世界にはさらに上位素材も存在する。それを手に入れたらまた新たに装備を仕立てなくては。

 そう思って口にすると、タイチはひらひらと手を振った。


「あ、それは平気。魔法金属や鉱石関係はウチにストックがあるから、メインの布地部分はもうこれで最強状態なんだ。そこに付帯効果のある素材を使って装飾をしていくスタイルだからさ、もしさらにいい素材を手に入れたら、お直しをするだけでずっと使えるようになってる。だからウチのリピーター率は100%近いんだよ」

「……なるほど。そう考えるとこの初期出費は大きいが、そう高い買い物でもないのだな」


 この『もえす』で作る装備は技術料や手数料のみ、持ち込み素材を除いた金額でも他の上級装備の10倍はする。

 それでも上位ランクの冒険者がここで装備を作るのは、質もさることながら、ランクアップにも対応できる柔軟さにあるのだろう。


「衣装は鎧と違って着脱も楽だし、余裕があれば替えの上着を作って別属性を乗せるなんてこともできる。敵に合わせて変更できるから3・4着作る人もいるよ」

「確かに、それは便利だな」


 衣装なら鞄に数着突っ込めるが、鎧となるとそうはいかない。もし空間魔法付きの鞄があっても、鎧ではその場でぱっと着替えることもできない。

 そう考えると、彼らの萌えデザインにさえ付き合える覚悟があれば、これは大いなる利点だ。


「このオーダーが完了したら、何着か替えの上着を注文するかもしれん」

「あざっす! ユウトくんのローブとか、めっちゃ可愛い替え作りますよ! 魔女っ子の方も……あ、そうだ」


 不意に、タイチが何かを思い出したようにデザイン表を取り出した。これはラフで描いたデザイン帳から、清書として描き写したものだ。ユウトの二着目、魔女っ子衣装が描かれている。

 ……気のせいかラフ描きの時より装飾が増えている気がするが、突っ込むのはやめておこう。


「これがどうした」

「実は提案があるんだけど、レオさんが許可くれないかな~と思って。ユウトくんだと嫌がられそうなんだよね」

「ユウトが嫌がることを何で俺が許すと思うんだ」

「だって萌えるし、レオさんも納得するから! 絶対損はさせない! 視覚的にも実用的にも!」


 そういえば、ミワと違って普通に話ができるから忘れていたが、こいつも大概なオタクだった。

 こういう時の瞳の輝きは、狂気すら孕んでいる。


「……どんな提案だ」

「この間さ、二角獣のたてがみを素材で納品してくれたでしょ。あれさ、精神攻撃無効が付いてるんだけど」

「ああ。ユウトのローブの犬耳と尻尾に使う素材だな」


 二角獣とは、先日倒した魔物だ。白馬に角が2本付いていて、美しいたてがみが特徴。魔法が効きづらいのだが、おかげでそこから取れる素材は魔法に抵抗する力が高い。

 特にたてがみは、混乱無効、魅了無効、暗闇無効、封印無効が付いていた。


「これを、魔女っ子衣装の方にも使えないかな~と考えててさ。こう……ぐふふふふっ、あーもう、絶対可愛い」

「……気色悪く笑ってないでちゃんと説明しろ」

「だからさあ、こんなふうに、ユウトくんをツインテールの魔女っ子にしたいんだよ!」


 タイチはそう言うと、デザイン表の人物にさらさらっとツインテールを描き足した。


「魔女っ子とツインテールはカレーとライスくらい相性抜群……! この美しいたてがみを、ユウトくんにツインテールとして装備させてみたい……! 呼び止めて振り返った瞬間にその毛束で横っ面ひっぱたかれたりしたら最高だよね!」

「……貴様の性癖には同意しかねる」

「いやいや、この良さはされなきゃ分かんないよ! されてみて、是非是非! そのためにユウトくんにツインテールを許可して! 実用性も文句なしでしょ!?」


 確かに、実用性はある。精神攻撃系無効の装備は頭部に着けた方がいいことも分かっている。

 しかし、だったら帽子でもいいと思うのだが、この男の頭の中にはツインテールしかないらしい。


「……カツラを作るほどのたてがみが余っているのか?」

「ううん、予定外の使用量だし、さすがに足りない。だから付け毛にする。結び目の部分は可愛い装飾でフォローするから大丈夫」

「付け毛……それはさすがに装着が面倒そうだ。手間が掛かって使わないなら、ないと同じだぞ。ユウトだってきっとそんな労力を掛けるようじゃ使わないと言うだろう。せめて帽子くらいなら……」


 レオはスマートに帽子に誘導してみる。

 しかし、途端に目の前の男はふるふると震えだした。


「嫌だ! 俺はもうツインテールの未来しか見てないんだよおーーーーーー!」


 言いつつタイチがカウンターに拳を打ち付ける。

 ……やはりこいつらウザい。分かってたけど。

 提案と言いながら結局却下させない、この姉弟は我が強すぎる。

 そして、何だかんだと言いながら、我を通すだけの材料も持ってくる。


「もしツインテールを許可してくれるなら、俺から付け毛対策を提供します」

「付け毛対策?」

「俺の血と汗と涙と萌えの結晶。この魔法のステッキをプレゼント」


 タイチが店内に飾ってあった魔法のステッキを持ってきた。

 いかにもアニメに出てくる魔法少女が持っている感じの、きらっきらしたやつだ。

 杖の先に魔石が埋まっている。 


「このステッキが何だ」

「俺、魔女っ子に関しては色々作ってるって言ったろ。魔女っ子と言ったら変身。……ふふふ、実は俺はこのために数多の術式を勉強し、アイテムを揃え、完成させたんだ! 魔法の変身ステッキ!」

「変身ステッキ?」

「振ったら一発で変身できちゃうステッキだよ!」


 そう言ったタイチは嬉々として説明を始めた。


「空間転換の魔石に状態記憶の術式を組み合わせて、試行錯誤して作り上げた自慢の一品……。何と装備を記憶させておけば、いつでもその装備を呼び出して一瞬で着替えられる優れものだよ! 付け毛だって即・装着!」

「一瞬で装備の変更を!?」

「理想の魔女っ子が現れたら贈呈しようと思ってたんだ。ツインテールを許してくれるなら、あげるんだけどなあ~」


 ちらちらとこちらを覗うのがイラッとくるが、それを差し引いてもステッキは魅力的だ。特にそれぞれ二着の装備を作った我々には、かなりありがたい。


「……分かった、許可する。ユウトも俺が説得する」

「そう来なくっちゃ! ……でもこのステッキ、実はまだ完璧じゃないんだ。本当は光の帯とか出て、見えそうで見えないワーオな変身シーンとか再現したかったんだけどね……。それは未だ成らず……乞うご期待!」

「いや、やめろ。それは期待しない」


 危ない。余計な完成度を上げられていなくて良かった。

 しかしレオに即切られたものの、ツインテールの許可をもらったタイチは、何だか危ない目つきで遠くを見てぐふぐふと笑っていた。


「目の前でツインテールの魔女っ子が見れる……これはものすごい燃料だよ! 頑張るからね!」

「……おう、頑張れ」


 何となく魔女っ子衣装が完成した日のユウトが今から心配になるレオだった。


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