兄弟、イムカたちの新居に入る
ラダの村に転移すると、ネイはひとりミワたちの元へ向かった。ジラックからタイチ父とミワ母を助け出した報告をするためだ。
そちらは彼に任せ、レオとユウトはガイナの家に向かっていた。
ジラック民たちの新居は知らないから、エルドワがイムカを連れて来たとしたらそこに違いない。
あれは賢い子犬だ。その辺はぬかりないだろう。
思った通り、ガイナの家の玄関口まで来たら、建物の中がだいぶ騒がしくなっているのが分かった。
「こんにちは、ガイナさん」
「あ、ユウト、レオさん、いらっしゃい。エルドワとポジティブ来てるよ」
すでに呼び名がポジティブになっている。どんだけなのだ。
レオたちの来訪に気付き、ジラックの3人もやって来た。
「ああ、あんたたち! イムカ様を助けて来てくれてありがとうな!」
「見る影もないくらいひょろひょろになってるけど、心機一転今度は美しい細マッチョを目指されるらしい!」
「相変わらずアホに見えるくらいポジティブで安心したよ!」
やはり、あれが素なのか。使用人にアホ呼ばわりされるのもどうかと思うが、慕われているのは確かなようだ。男たちの表情が違う。
「リーデンは?」
「ん? リーデン様はまだいらっしゃっていないよ。でも、イムカ様に会われたら喜ぶだろうなあ」
いくら心配とはいえ、騒動のあった翌日に動くなどという馬鹿なことはさすがにしないか。とりあえずリーデンが来る前に、イムカと今後についていろいろ話しておかねばなるまい。
「アン!」
「あっ、エルドワ。ご苦労様、イムカさんをちゃんと転移させてくれてありがとうね」
奥からエルドワも出てきた。誇らしげなドヤ顔で、めっちゃ尻尾振ってる。自分の仕事ぶりに満足しているのだろう。
ユウトは子犬を褒めるように撫でて首輪の巾着を外すと、いつものように抱き上げた。
「レオさんたち、ジラックの件であのポジティブと話があるんだろ? 俺んちこのまま使っても良いが、こいつらの新居に移動してからにするか? ……自由に改装していいっつったらすげえことになったから、見に行ってもいいかもよ」
「何だ、すごいことって」
「ジラック民、どんだけ張り切るんだよって感じ」
ガイナはそう言って面白そうに笑った。
「確かに、ちっと張り切りすぎた感は否めない」
「内装やりすぎたろ、あれ」
「そういうお前は、アプローチに薔薇を絡ませたパーゴラとか立ててたろ」
「お前なんか鶏肉と野菜をわんさと仕入れて、王都に買い出しに行く住人にプロテイン頼んでたろ」
「浮かれてんなあ、お前ら。……んで、どうする?」
突っ込み合う男3人に苦笑しつつそう評したガイナは、ユウトに問い掛けた。
レオに訊ねても興味を持たないことは分かっているからだ。
そして兄と違って、その話を聞いていた弟はだいぶ興味を引かれたようだった。
「気になるなあ、ちょっと見てみたいです」
「おう、あんたらなら歓迎するよ。よし、イムカ様を運び出すぞ!」
男たちがイムカを迎えに奥の部屋に向かった。ガイナも様子を見についていく。
「おいお前、そっちの足の方持て。俺が腕の方持つ」
「せーので持ち上げるぞ」
「待て待て、お前らなんで自分の仕える主人を仕留めて来たイノシシみたいな運び方すんだよ。誰か背負って行けばいいだろ」
「あ、そうか。つい昔のごつかった時の運び方が抜けなくて」
「運ぶ方も運ばれる方も違和感なかったわ」
「その頃になんでそうやって運ばれてたのか謎なんだけど」
ガイナの突っ込みを挟みながら、ようやくみんなが部屋から出てきた。
結局イムカは庭師の男に背負われている。
彼はこちらを認めると、緩慢に手を振った。
「おお、あんたたち。何かよく分からないがこいつらのことも助けてくれたらしいな。感謝する」
「……この後あんたと少し込み入った話をしたいのだが、その体力はありそうか?」
「もちろんだ。体力にも筋力にも自信がある。もし万が一気を失ったら水をぶっ掛けてくれればいい」
「いやいや、今のあんた完全に体力筋力エンプティ状態だろ。何故にそんな荒療治要求するんだよ。65%くらいの確率で死ぬぞ。ベッドも水浸しになって掃除が大変だし、迷惑極まりない」
「ガイナさんの冷静な突っ込み、頼もしい。何か数字もリアル」
ユウトが感心しているが、正直どうでもいい。
まあ、とりあえず話をする意欲はある様子。ユウトも行きたがっているし、そのまま彼らの後に付いて新居に向かうことにした。
「ガイナさん、お邪魔しました」
「おう。……ところで、もしリーデン殿が来たらどうする?」
「……そうだな、俺たちの話が終わるまで引き留めておいてくれ。あいつが来ると少し面倒になる」
「分かった」
ガイナは以前のレオたちとリーデンのやりとりを見ている。彼の保守的な態度がレオの思惑と合わないことは分かっているのだろう。すぐに請け合ってくれた。
物わかりの良い賢い男だ、助かる。
「あれ、移動ですか?」
ガイナと別れると入れ替わりでネイが戻って来た。
「イムカさんたちの新居の方にお邪魔することになりました」
「へえ。あ、そうだ、ミワさんたちがレオさんとユウトくんにもお礼言ってましたよ。救出した2人に早く会いたいから、もう明日には荷物をまとめて引っ越しするそうです」
「……結局、当初の予定通り爺さんだけここに残るのか?」
「ええ。身の回りの世話は全部お弟子さんに任せるみたいです」
その弟子とやらも大変だ。まあ、あの鍛冶技術を間近で学べるのなら安いものなのかもしれないが。
「今度ルアンを連れてこようかなあ。あの爺さんにデザイン作ってもらって、もえすで成形してもらうのが一番良い気がする」
「そうですね。あのお爺さんにならルアンくんのカッコイイ装備デザインしてもらえそう」
「王都でパーム工房とロジー鍛冶工房が再開したら、ダグラスたちの装備はそこで調達するようについでに薦めておけ。デザインを気にしないオーソドックスな鎧を作らせるなら、多分あの親父が適任だ」
「確かに。仕込みトゲも結構役に立ったしなあ」
「……ダグラスさんたち、ザインですでに鎧を新調してたみたいだけど」
「イレーナの特訓を受けていたら、余程腕の良い鍛冶屋で作ってもらった装備でない限りボロボロにされる。おそらくすぐに作り直しになるはずだ」
イレーナの特訓は厳しい。それが、ランクBをランクSまで引き上げるものとなれば、本人たちはもとより、装備は高位魔物と戦う以上のダメージを喰うだろう。
彼らのランクで作った鎧など、おそらく何日も保たない。
「……ダグラスさんたちに、全員分の装備をロジー鍛冶工房で作るお金あるかな。絶対高いよね」
「冒険者ギルド専属パーティだから、ギルドから補助金が出るし分割払いも利く。それに、ランクSになってクエストをこなすようになれば、その稼ぎですぐに返済もできる」
「そっか。じゃあ安心かな」
そんな話をしているうちに、前方にやたら煌びやかな雰囲気の民家が見えてきた。
建物は普通だが、塀やアプローチ、庭が飾られ、やんごとない感じになっている。何だこれ。
入り口の薔薇のパーゴラから奥は、まるで貴族の家の庭をぎゅっと圧縮したような空間だった。やり過ぎ感がすごい。
……なんだろう、もえすとは違う意味で入りたくない。
この家じゃなければいいと思ったが、当然のように男たちはそこで足を止めた。
「ここです。さあどうぞ。イムカ様の部屋は二階に用意してます」
それでも扉を開けると、中は普通の民家のようだった。
とりあえずこのアプローチさえ我慢すれば平気か。
レオは無言でついていく。ユウトは興味深そうにきょろきょろと周りを見ていたけれど。
家に入ると家族用らしいキッチンとリビングがあり、料理人の男と家具職人の男はそちらへと移動する。イムカを背負った庭師の男だけがその奥にある階段を上った。
「普通の家族用の民家だから、ちょっと狭くてな」
「そうかなあ。結構いい物件じゃん。立て付けもしっかりしてるし、廊下の幅も広いと思うよ?」
ネイの言う通り、空き家になっていたというわりに良い家だ。
なのに何故誰も住んでいなかったのだと思うが、ザ・人間の家というこの感じが、半魔には合わないのかもしれない。
ガイナの家を見るに、獣人は椅子に座るより床にクッションを敷いて座る文化なのだろう。椅子文化に合わせた棚や括り付けの家具が使いづらいのかもしれなかった。
ともあれ、人間にとってはいい物件のはずだが。
「確かにガイナさんには良い家を提供してもらったんだが、やはり家具を入れると手狭に感じてしまうんだよな」
そう言って、庭師の男がイムカの部屋の扉を開けた。
彼が入った扉の奥を見て、思わずレオが立ち止まる。
そこは庭同様に、やんごとない貴族の部屋をぎゅっと圧縮したような様相だった。
大きさ的には6畳ほどの部屋に、立派なベッドと豪奢な一人掛けソファと6人掛けのテーブルセットと、猫足の棚が置かれている。それだけでもやり過ぎ感満載なのに、さらにシャンデリアと壁に掛けられた大きな絵画が圧迫感を助長した。
……そりゃあ手狭になるわ。
しかし男は平然とイムカをベッドに運ぶと、ふかふかの枕を背もたれにして彼を座らせ、その膝にブランケットを掛けた。そして一度こちらを振り返る。
「あんたらには茶を持って来させるから、椅子に適当に掛けててくれ。イムカ様、何かお食べになりますか?」
「とりあえずおかゆをくれ。腹が減っているが最初から鶏肉とプロテインはキツい」
「分かりました」
レオたちの横を、男がいそいそと通り過ぎていく。それを見送ってから、レオは仕方がなくすでにぎゅうぎゅうの部屋に入った。
テーブルの椅子がほとんど引けないのだが、嫌がらせか。
仕方がなく少しはマシに座れる一人掛けのソファに腰掛け、エルドワを抱いたユウトを膝に乗せた。弟が少し頬を染めて困った顔をしたけれど、これは不可抗力だ。文句を言われる筋合いはない。
ネイはそれを見て苦笑しながら、テーブルを少しずらして椅子に腰掛けた。




