兄弟、ランクアップした
「おめでとうございます。お二人ともランクDへ昇格です。ギルドカードの書き換えをいたしますので、おひとりずつカードを翳して下さい」
冒険者ギルドで納品を済ませると、受付の担当者にランクアップを告げられた。
ランクの書き換えをしたカードから初心者マークが消えて、代わりにギルドの看板と同じマークが茶色で現れる。この色を見れば一目でランクが分かるらしい。
ランクDは茶色、Cは緑、Bは青、Aは赤。さらにSはブロンズ、SSはシルバー、SSSはゴールドが設定されているそうだ。
「今後、あなた方はランクCとDの依頼を受けることができます。ゲートの迷宮にも入れるようになりますが、始めのうちは冒険者ギルドのゲート測定器によって、すでに情報が分かっているところに行くことをおすすめします」
ゲート測定器。テムでその名前は聞いている。
冒険者ギルドが持っているという、ゲートの階層と徘徊モンスターの情報が分かる器械だ。ザインの周辺のゲートには、測定されているものがいくつかあるということなのだろう。
「ゲート破壊についての詳細やアドバイスは依頼受け付け窓口でご案内できますので、その時はお気軽にお訊ね下さい」
「はい、ありがとうございます」
ユウトは初心者マークの消えたカードを、ほくほくとした顔でポーチに入れながらお礼を告げた。レオは特に何の感慨もなさそうだ。いつも通りにカードをしまう。
まあとにかく、念願の初ランクアップ、めでたい。
リリア亭に帰ったらダンさんにお祝いスイーツを別料金で作ってもらおう。
「ランクが上がったし、まずはゲート攻略に挑戦してみたいな」
「ゲートか。俺がいる時なら構わない。ひとりでは絶対行くな」
「もちろん。まだ杖を使いこなせないし、冒険者としての知識も足りないしね。何より僕が怪我するとレオ兄さんめっちゃ怖いもん」
「当然だ。手塩に掛けて大切に育ててきた弟に傷がつくなんて許せるわけがない。お前を守るのは昔からの約束だしな」
「……昔?」
ユウトにはそんな約束をした覚えがなかった。昔って、いつの話だろう。
……もしかして記憶を失う前の話?
レオはユウトが記憶を失う前のことを、今まで一切話題にしたことがない。両親のこと、住んでいた場所、生活、友達、何も教えてもらった記憶がない。だから、もしかしたら彼は全くの他人……本当の兄ではないと思っていたのだけれど。
珍しく過去を垣間見せるような科白を吐いたレオに、ユウトは目を瞬かせた。
「昔って?」
「昔だ。お前は覚えていない」
やはり記憶を失う前の話だ。
ということは、兄は保護施設に入る前の弟のことを知っているのだ。だったらどうして昔のことを色々教えてくれないのだろう。
疑問を乗せた視線を向けるユウトに、レオはその頭を撫でることで問いかけをいなした。
「……今さら思い出しても楽しいことじゃない。忘れていた方がいいこともある」
何となく沈んだ表情でそう言う兄に、弟はそれ以上話を聞くことはできなかった。
夜8時を過ぎた職人ギルドの裏口に、レオは最近毎日のように訪れている。その後冒険者ギルド経由で夜狩りに行き、『もえす』に素材を届けてリリア亭に帰るというルーティンが自然とできあがってしまった。
まあ、定時に訪れるおかげで職人ギルドの支部長室も『もえす』も不在だったことはなく、必ず対応してもらえる。もうしばらくこの日課は続くだろう。
「今日はランクA素材ですね。おお、首狩りウサギですか。昼間に遭っても怖い即死攻撃持ちの魔物……。これをわざわざ夜にひとりで狩りに行くなんて全く、信じられない。相変わらず捌き方も上手いですし……うん、文句なしで特Aです」
レオがポーチから素材を出して並べると、さっそくロバートは嬉々として鑑定を始めた。いつも通り、部位ごとに金額をメモしていく。
それを横目に見ながら、レオもいつも通り勝手にソファに座った。
「これからはランクAの素材が多くなると思う。……ところで毎日この量をいい金額で買い取りしているが、あんたは本部とかから怪しまれてないか?」
「いいえ、全然。……最近、レオさんが納品してくれる素材の魔物の討伐クエストを次々こなしているパーティがいましてね。私は何も言っていないのですが、その人たちから買い取っていると思われているようで」
ロバートはもちろんそのからくりが分かっている。でも余計なことは言わない、賢い男だ。
「問題がないならいい。仕入れすぎだというならセーブしようかと思っていたが」
「いいえ。それどころか鑑定の付いた上位ランク素材は稀少でよく売れますから。今本部は利ざやだけでもウハウハですよ。今度納品者に菓子折でも渡しておけと言われてますので、そのうちユウトくんの好きそうな可愛いお菓子をご用意してお渡しします」
「まあ、それくらいならもらって帰る」
ユウトは甘い物が好きだし、スイーツがよく似合う。自分用には全くいらないけれど、弟の好きなものならありがたく頂く。甘い物を食む幸せそうな顔のユウトを見るのは好きだ。
あれを見ていると、レオも目元が緩む。癒されているな、と感じる瞬間だ。
あんな可愛い弟を、馬鹿にする奴がいると言うのだから信じられない。
「これからまた夜狩りに?」
「ああ」
素材の支払いを受けながら、レオは頷いた。
「今日は何を狩るんですか?」
「まだ決めていない。いつもここから冒険者ギルドに行って、残っている依頼用紙を見て決めている」
「……なるほど。あなたが毎日同じルーティンで動いているから、彼らはそれを見張って体よく依頼を受けているわけですね」
ロバートの言う彼らとは、レオのおこぼれをハイエナのように狙う冒険者のことだ。……ユウトを馬鹿にした魔道士のいるパーティのことでもある。
「彼らはレオさんが上級素材を流通させていることを知っているんですか?」
「分かってはいるだろうが、自分たちの手柄にしたいからどうせ黙っているだろう。それがバレればクエストの成果も疑われるからな。まあ、俺を都合の良い金づるだと思っている間はおそらく下手なことはしない」
「ふふ、レオさんを金づるだと思うなんて身の程知らずですねえ。……このまま行くと自分たちがどうなるか、気付いていればいいですが」
「それを予測できるだけの頭があるとは思えないがな」
レオはそう言うと、カードをしまって立ち上がった。