弟、魔法を使う
アッシド・モスはテムからザインに来る時に倒した蛾だ。
今回の依頼は、その幼虫である毛虫を10匹倒すこと。
依頼書で指示された森の中、葉っぱを虫に食われた木を探してみると、それはすぐに見つかった。
「うわあ……デカくてきもい……。え、あれ、50センチ以上あるよね……? でもまあ、成虫の大きさを考えれば相応か……」
「あれくらいの大きさがあれば、魔法の的としては申し分ないだろう。害魔虫だから、ガンガン倒してやれ」
その毛虫の見た目にどん引きしている弟に、兄は簡単に言ってのける。
いや、もちろん倒すけども。蛾の幼虫って、何であんなにグロテスクなのか。
「毛虫系と戦う時は、風上からが鉄則だ。毛が飛んできて皮膚につくと、その毒で皮膚炎を起こす。距離があっても風が強いと届くこともあるから、位置取りは間違えるな」
「うん、分かった」
レオの指示に従って場所を移動する。今回は頭脳に頼らない、魔法ごり押し討伐だ。ユウトの役割は、魔法をぶっ放すことだけになっている。
毛虫がいる木から少し離れたところで、ユウトはミドルスティックを取り出した。
「攻撃魔法って、どうすればいいの?」
「まず、杖の魔石に魔力を注入する。本来はここで魔力を調節して威力を変えるが、今回は無理だろうから全開でいい。どうせ杖によって威力の上限は決められているしな」
言われた通りに魔力を込める。すると杖の先端にエネルギーの塊のようなものができた。
初めてユウトが異世界に来た時に使った魔法のものと似ているが、その熱量は比べようもないくらい低い。これくらいなら、怖くない。
「この魔力に属性を加える。今回は火でいいだろう。毛虫の弱点だし、毛が燃えてしまえば周囲への被害もなくなる」
「森の中で火の魔法って大丈夫なの? 山火事になったりしない?」
「魔法の火炎は自然を司る精霊が作り出す火だ。生きた植物は焼かないから問題ない」
「へえ、便利だなあ」
精霊に力を借りた魔法は、精霊の管轄には効かないということなのだろう。
それなら安心して使える。
「それで、属性はどうやって加えるの?」
「精霊はどこにでもいるし、お前は呪文の詠唱が必要ないと言っただろう。適当に『火をつけろ』とでも言えばいい」
「え、待って、そのぞんざいさは何。ファンタジー感が死んでる」
魔法を使うわくわくした気分が、兄の言葉に萎えかける。だってチートで詠唱が必要ないとしても、魔法名くらいは発したい。
適当な言葉で命令されても、きっと精霊だってやる気が起きないと思う。全くのユウトの主観だけれど。
「……ファンタジー感というのはよく分からんが、そうだな、発動の仕方が特殊だと色々詮索されて面倒か……。一般の魔法発動宣言には合わせておいた方がいいかもしれん」
「魔法発動宣言?」
「詠唱の最後に完成した魔法を起動させる言葉だ。まあ、魔法名だな。たとえばお前が今から打ち出す魔法はファイア・ボールだ。そのエネルギーの塊に火をつけるイメージで唱えてみろ」
そう言われて、ユウトはミドルスティックの先端から少し離れたところに浮いている魔力の塊に意識を向けた。
「……ファイア・ボール? ……あ、点いた」
半信半疑で語尾が上がってしまったが、見事に塊に火が点く。
でも何だかコレジャナイ感。
こういうのって、唱えた途端に敵に向かって飛んでいくもんじゃないだろうか。この火の玉、未だに杖の先でふよふよ浮いている。すごく緊迫感がない。
「これ、どうやって敵に当てるの」
「動かし方は魔石と同じだ。杖で上手く操って、敵にぶつければいい。今回毛虫の討伐を選んだのは、ミドルスティックの上限の魔力でも正確にヒットすれば一撃で倒せるからだ。頑張れよ」
「なるほど、やってみる。出力のコントロールはまだ上手くできないけど、真っ直ぐ飛ばすくらいはできるもんね」
とりあえずやり方は分かった。1回試してみよう。
ユウトは杖を毛虫の一匹に向けると、そこを目掛けてファイア・ボールを飛ばしてみた。
すると出力全開のせいで想像したより勢いよく飛んでいった火の玉が、毛虫に当たっていきなりボウッと燃え上がったことにビクッとしてしまった。
「せ、成功……?」
「ああ。一匹木から落ちただろう」
「そっか。思ったより簡単。これなら討伐も楽だね」
2発目は、すんなりと毛虫を仕留める。
3発目では、火の玉を飛ばすタイミングに合わせて魔法名を言う余裕もできた。うん、これはだいぶ魔法使いっぽい。
そして4発目。毛虫が一撃で倒せなかった。
「木の裏側に半分隠れちゃった……。真っ直ぐしか打ち出せないからなあ……魔力がコントロールできれば、上手く当てられるんだけど……」
出力が大きすぎて、敵に当てる軌道が正しく取れないのだ。仕方なく自分が移動して、毛虫が正面に来るように位置取る。
そうして4匹目と5匹目を倒した。
「後は葉っぱの裏と、木の洞の中……。あ、裏側にもまだいる」
「ユウト。そっちは風下だ。それに近寄りすぎてる。毛虫の毛が飛んでくるぞ」
「あ、そうか。うっかりしてた」
魔法が真っ直ぐでしか使えないせいで、移動しすぎた。
魔力がコントロールできないって、こんなに面倒なのか。
「この討伐すごい非効率……。もっと頭使って準備して、それこそリトルスティック・ベーシックでこなした方が楽かも」
「そうだな。でも、これが冒険者ギルドの大半のノーコン魔法使いの戦い方だ」
「……え、これが?」
「ノーコンどもは、魔法をただの遠距離攻撃のひとつとしか思っていない。だから威力さえ上がればいいと思っている。そして身の程知らずの杖を手にして、出力の制御もせずにぶっ放している」
「あー……ノーコンって、そういうことか。魔法道具屋のおじいさんがあの人たちに杖を売らないっていうのも、ちゃんと力が制御できないからだったんだね」
納得だ。杖を売ってもらえなかった人たちは、今のユウトのような出力制御不能状態のまま、何の疑問も抱かず威力ばかりを気に掛けていたわけだ。魔法に真面目な老人が、それを良く思うわけがない。
兄の言葉に得心が行って頷いていると、ふとこちらをじっと見つめるレオの視線に気が付いた。
「……何?」
「魔法道具屋のじいさんが『あの人たちに杖を売らない』って、どこから聞いた話だ? 俺とあの店に行った時、そんな話出なかったよな」
「あ」
しまった、口が滑った。
レオの目に物騒な光が宿る。
「『あの人』たちってことは、杖を売ってもらえない特定の人間が脳裏に浮かんでいるな? 今お前に関わっているノーコンの魔法使いというのが、ひとりしか思いつかんのだが。……もしかしてあのパーティの魔法使い、またお前に絡んだのか」
「ギ、ギルドの外ですれ違った時に、ちょっと話しただけだよ!? 別に何もないから!」
「……やはり、あいつか」
兄の頭には確実にニールの姿があるようだ。
「またミドルスティックのことを馬鹿にされたんだろう」
「えっと、そうだけど……すぐに仲間のところに行っちゃったし、本当に少し話しただけだから。……仕返しとかやめてね?」
「……まあいい。今はな」
レオは舌打ちをし、そこで話を切り上げてくれた。
良かった、それほど怒ってないようだ。……多分。
ユウトはとりあえず仕切り直そうと、毛虫のいる大木の方へと意識を向けた。
「ここからどうしよう。ノーコンのままじゃ、毛虫がこっちに出てくるのを待つしかないかな」
「いや、ここからは少し裏技を使う」
「裏技?」
何を意味するのか分からずに首を傾げる。
「威力が上がっても、コントロールできないと使い勝手が悪くなることは分かっただろう。今度は、この威力がコントロールできるとどれだけ効率が良いか、実感するといい」
そう言って圧縮ポーチを漁ったレオは、そこから一本の細い杖を取り出した。
リトルスティック・ベーシックだ。
それにユウトはぱちくりと目を瞬いた。
「今度はまた以前みたいにこれと魔石で攻略?」
「違う。まずは、さっきと同じようにミドルスティックでファイア・ボールを作るんだ」
「? 分かった」
言われた通りに手元のミドルスティックの魔石に魔力を送り、できたエネルギーの塊に火を点ける。
するともう片方の手に、リトルスティック・ベーシックを持たされた。
「今度はそのファイア・ボールを幼児杖で操って、毛虫に当ててみろ。クズ魔石を動かすのと全く一緒だ」
「あ、思い通りに動く」
なるほど、出力だけをミドルスティックでして、リトルスティック・ベーシックで毛虫にぶつけるのか。
スピードは全然出ないが、これなら確実に的に当てられる。
とろとろと飛んで行ったファイア・ボールは、葉っぱの裏側にいた毛虫に当たった途端、大きく燃え上がった。ぽとりとその死骸が地に落ちる。
速さがなくても威力は変わらない。当たれば一撃だ。
「ミドルスティックがこのくらいコントロールできるようになれば、確かにすごく効率がよくなるね」
「そうだな。あのノーコン魔道士ぐらいすぐに伸せるようになるぞ」
「それはしないけど」
同じように木の洞に隠れている毛虫などを全て退治して、ようやく今回の依頼は一段落した。
討伐証拠素材はアッシド・モスの幼虫ならでは、体内にある麻痺毒袋。ミドルスティックのファイア・ボールは、ちょうどこれを焼かない程度の威力らしい。
それを回収して、2人はザインの街へ戻ることにした。