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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、リーデンに裏切りを強要する

「お初にお目に掛かる。私はリーデンと申す者。この祠で採れる世界樹の葉の朝露という妙薬を求めて来た者です」

「あ、じゃああなたが最後のひとりの……」

「……ずいぶんと狙い澄ましたように現れたな。今日、この時間に朝露が採れると、どこで知ってきた?」


 リーデンの言葉に反応して前に出ようとしたユウトをやんわりと抱き留めて、レオは訊ねる。

 それに対して、男は少々困惑気味に、しかし僅かに昂揚もして口を開いた。


「虫の知らせというか、今朝、何となくそんな予感がしただけなんだが……、貴殿のその言葉、もしや今ここで朝露が採れるのか……!?」


 何となく、だと? レオは内心で舌打ちした。

 虫の知らせというやつは、精霊からの小さな託宣だ。それに気付くか気付かないかは本人次第だが、やはり精霊はリーデンに知らせていたわけだ。

 ……レオがユウト用にこの薬を保管してしまわないようにだろうか。何が巡り合わせだ、忌々しい。


 ユウトが彼の事情を知ったら絶対に朝露を渡してしまう。それを見越してのリーデン登場なわけだ。確実に仕組まれてた。

 ……つまり、この段に至ってはもはや、レオが文句を言っても仕方がないのだろう。

 ならばこのジラックの重鎮という存在を、存分に利用させてもらおうではないか。


「もうちょっとだけ時間が掛かりますが、世界樹の葉の朝露は採れますよ」

「やはりそうか!」


 レオの腕の中でユウトがあっさりと告げると、リーデンは分かりやすく食い付いてきた。

 警戒も駆け引きもせずにポンと朝露を渡してしまいそうな弟に、兄は眉を顰める。


「ユウト、初めて会った人間だぞ? もうちょっと警戒しろ」

「ん、平気だよ。精霊さんたちがこの人は大丈夫って言ってる。ずっと困ってて薬探してたみたいだし、あげようよ」

「……お前は天使が過ぎる」


 レオはため息を吐いて、その視線をリーデンに移した。

 こいつは大丈夫、というのは、まあそうだろう。ユウトを護る精霊が、弟の害になるような人間を呼び寄せるわけがない。翻って、ユウトの役に立たない人間なら呼び寄せる意味もない。

 精霊がリーデンをここに呼んだ理由は、彼に朝露の対価となる働きをさせろということだ。その交渉は、きっとこちらの役目。


「世界樹の葉の朝露を一滴、譲ってくれないだろうか。そのためなら何でもする」

「何でも、か」


 ジラックにおいてのリーデンは、当然ながら現領主よりもはるかに民衆からの人気が高い。蜂起すれば従う臣下も多いだろう。使い道は結構ある。

 だが、問題はこの男のジラックに対する頑ななまでの忠誠心だ。そこに折り合いを付けられるか。


「では、領主を裏切ることができるか? ジラック前領主近衛兵隊長、リーデン殿」

「……領主様を?」


 冒険者相手なら対価は金か、稀少素材との物々交換程度だと踏んでいたのだろう。レオの言葉に、明らかにリーデンの顔色が変わった。


「あんたほどの男が、あの愚物に治められたジラックがどういう末路を辿るか、分からないわけではないだろう。……別にジラックの街自体を裏切れとは言わん。あの愚者を倒し、あんたがこの世界樹の葉の朝露を飲ませて次男を新たな領主として擁立すればいい」

「……っ!? 貴殿は、なぜイムカ様が生きてることを知って……。いや、今あの方がどういう状況かすらも知っているのか……? 一体、何者だ!?」

「俺のことはどうでもいい。今重要なのは、何でもすると言ったあんたが、この話に乗れるかどうかだ」


 レオがそう言うと、彼は逡巡して押し黙った。

 理屈だけで言えば簡単だ。ジラックのことを考えて、こちらの言う通りにすれば良い。

 しかし、前領主に忠誠を誓っていたリーデンからすれば、あのできそこないの長男だってその血を引く護るべき相手。そう簡単に切り捨てることはできないのだろう。


「……あんたの部下たちも、だいぶ死兵としてアンデッドにされたんじゃないのか? それでもあれをジラックの長として護ると? ……護るばかりが忠誠ではないと思うがな」

「それは……」


 当然ながら、この男だって理屈では分かっているのだ。問題はリーデン自身の忠義というアイデンティティ。ここまで積み上げた忠誠の日々への執着。

 これを崩すのは彼の自己否定であり、容易くは為しえない。

 もちろん、レオとしてはそんなこと知ったことではないのだが。


「できないのなら、朝露は渡せん。今の領主が生きているのに、その弟を蘇生したとしてどうなる? また同じ結果になるか、内紛になるだけだ。2人とも護るなんて虫の良いことは考えるだけ無駄だぞ」

「……分かってはいる、だが……」

「追い詰めすぎですよ、レオさん。今のジラックは大手術が必要ですが、少し間違えば街ごと潰れてしまう。ここでリーデン殿に無理押しするのは得策ではありません」


 強い態度で叛意を促すレオに、リーデンの向こうから現れたネイが口を挟んできた。ちょうど調査を終えて来たようだ。


 合図をするようにこちらに向かって軽く手を振るのは、後の交渉は自分に任せろということなのだろう。

 まあ、ジラックに関してはネイの方が断然詳しい。レオは了承するように小さく頷いて見せた。


「……お前は……!」

「お久しぶりです、リーデン殿」


 そのネイを振り返ったリーデンは、目を瞠った。

 そこにいたのが、以前ルウドルトがジラック査察に行った時に従っていた、王宮騎士団のひとりだったからだ。正確にはその配下ではないのだが、王宮に連なる者がいることで、彼は強く警戒したようだった。


「ああ、そう身構えないでいいですよ。俺、表向きはレオさんよりだいぶ優しいから」

「お前は、ルウドルトの隊の者ではないのか!? どうしてこんなところにいる!」

「ジラック査察ん時は、雇われで行っただけです。俺の本当の主人はこっち。まあかなり王宮寄りなのは確かですけど」

「……彼がお前の主人……。ということは、やたらジラックの内情に詳しかったのは、お前が査察の時に調べ回った情報を話していたからか」


 そうは言っても、普通の査察でそこまで分かるわけがない。この件だけで、リーデンはネイが一流の隠密、諜報員であることを知った。

 そして、レオの存在を不可解に思ったようだった。


「お前たちは何者だ……?」

「もうちょっと仲良くなったらお話ししますよ」


 ネイが悪戯っぽく笑う。


「最初に言っておきますが、俺たちはジラックを救いたいと思っているんです。リーデン殿と敵対しようとは考えていません。……と、口で言ってもなかなか信用できないでしょうが……まあとりあえず始めは、ギブアンドテイクで行きませんか?」

「ギブアンドテイクだと……?」

「世界樹の葉の朝露を渡す代わりに、ちょっとしたお願いがあります。あなたにとっても、悪い話ではないと思いますよ?」


 どうやらネイは、レオとは違うことをリーデンにやらせようとしているようだ。

 それを察したのだろう、領主を裏切るよりはだいぶマシな提案をしそうなネイの言葉に、リーデンは耳を傾けた。


「私は何をすればいいのだ?」


 図らずも、ドア・イン・ザ・フェイスの交渉術の態を為した状況。

 ネイは自身の要求が通ることを確信したように、にこりと微笑んだ。


「俺をジラックに一緒に連れて行って下さい」


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