弟、ミドルスティックの指南を受ける
リリア亭に帰り、ダンの美味しい夕食を頂いた後、シャワーを浴びてさっぱりしたユウトはレオの部屋にいた。
さっき手に入れたミドルスティックの指南を受けるためだ。
「このミドルスティックって、リトルスティック・ベーシックと何が違うの?」
「火力も使い方も違う。もちろん幼児杖と同じ使い方もできるけどな。これはもう少し高い年齢の子どもが扱うように作られている。安全装置は付いているが取り扱いには注意しろ」
レオはそう言ってユウトからミドルスティックを受け取って、その手元部分を指さした。
「前の杖は先端に魔石がはまっていたが、この杖は手元に魔石がはまっている。魔力の出力を制御する純魔石だ。ここが魔力の暴発を防いでくれる」
「魔力の暴発……ってことは、この杖、攻撃魔法が使えるの?」
「ああ。単発の威力としては大したことはないがな」
攻撃魔法。ふと、ニールとの会話を思い出す。
確か敵を倒す魔法は、何かを詠唱をするような言いぐさだった。契約と詠唱の杖とやらをすっ飛ばした自分に使えるのだろうか。
「ねえ、攻撃魔法に詠唱っていらないの? 呪文みたいなの。あ、そもそも魔法を使うのに契約が必要なのかな。だから契約と詠唱の杖……」
「契約と詠唱はお前にはまだいらない。このレベルで契約する精霊は無視していい」
「精霊と契約って、やっぱりするんだ」
ファンタジー系のRPGなんかでも、四大属性の精霊と契約をするというのはよくある話。それがまだいらないということは、属性魔法みたいなものは使わないということだろうか。
「属性魔法は今からあった方がいいんじゃないの? 炎とか攻撃以外にも使えるし、色々用途が広がりそう」
魔物の弱点属性を狙うのはゲームではよくやったこと。そしてダンジョンのギミックを魔法で解くなんていうのも楽しみのひとつだった。そんなふうに使えるなら使えた方がいい。
そう思って兄に告げると、彼は僅かに眉間にしわを寄せ、息を吐いた。
「……わざわざ契約しなくても、そのレベルならユウトは詠唱なしで使える。だから無視していい」
「え、そうなの? それって、異世界転移チートのおかげかな」
「……ああ、そうだな。多分チートだ、間違いない」
レオはユウトの思いつきに大きく頷く。それから何かを思案するように腕を組んだ。
「契約と詠唱については少し話しておいた方がいいか……。精霊と契約するという概念は分かるようだしな」
「あ、うん。ゲームでよくあったから」
「精霊というのは火、水、土、風を司る精神体の総称だ。属性は他にもあるが、今は割愛する。自然界に宿る魂のようなものだな。属性魔法は、精霊と契約してその力を借りて発動するわけだ」
「精霊の力を借りる時に必要なのが詠唱?」
「そうだ」
だとすると、今までユウトが使っていたリトルスティック・ベーシックでの練習は、魔法練習ではなく正しく魔力の使い方の基礎を学んでいただけということだ。
魔法道具屋の老人が『魔法練習頑張って』と言ったのは、そもそもここからがスタートだということだったのだろう。
「魔法使えるなら使ってみたいけど」
「……精霊を介した魔法発動には相応の対価が必要となる。それが魔力消費だ。人は精霊を使役しているのではない。ビジネスの取引相手と考えた方がしっくりくる。呪文の詠唱で契約精霊とのアポイントメントを取って発動を依頼し、受諾されて取引が成立すると対価と引き替えに魔法が発現する、という感じか」
「ビジネスに例えられると、いきなりファンタジー感薄れるなあ……。でも分かりやすいかも」
「提供できる対価が低いとなかなか取引が成立せず、詠唱が長くなる。リトルスティック・ベーシックが魔法発動に向かないのは、制御された絶対的な魔力不足のためだ」
「なるほど」
その点、ミドルスティックも制御はされているものの、それなりの魔力を放出できるというわけか。
「……あれ? でもさっき、僕だと詠唱なしで魔法使えるって言ったよね。今の考え方だと、アポ取りもせずに発動っていう、僕優位の取引になっちゃうけど」
「ああ……まあ、お前のはアレだ、チートだ。対価にも色々あるし、個人差も大きい」
「個人差……。同じ杖で同じ魔法を発動しても、人によって対価が違うことがあるってこと?」
「そういうことだ。その辺りは、……そのうち時期が来たら話す」
レオはそう言うと、手にしていたミドルスティックをユウトに渡した。
「それより今は、その杖を使いこなすことを考えろ。属性魔法の発動は室内ですると危ないから、今後の討伐クエストの時に教えてやる」
「……うん、分かった。じゃあまずは何をすればいい?」
素直に頷いて訊ねる。レオはそれに少しだけ逡巡してから、自身のポーチを漁った。
「そうだな、とりあえず幼児用杖との出力の差を実感してもらうか。このクズ魔石を魔力で操ってみろ」
兄がテーブルの上に魔石を置く。
「え、そんなの普通に……わ!?」
それをいつも通り杖でふんわり浮かせようとして、しかし予想に反したそれがいきなり天井にゴツンと当たったことに驚いた。
予想外に軽いのだ。石だと思ったら実は発泡スチロールだったというくらい重みを感じない。
「これ、何か特別な魔石?」
「普通の魔石だ。リトルスティック・ベーシックでは上限値が低いから、常に全開で魔力を使っていただろう。ミドルスティックを同じ感覚で使うとこうなる」
「これが魔力の出力の差ってことか。確かに今までは紐みたいに出してた魔力が、ずどーんと電柱みたいな太さで出てる感じがする」
紐で支えるのと電柱で支えるのでは、実感する重みに差が出るのは当然だ。この状態では触角のようだった繊細な感覚もまるで発動されない。
それでも天井に押しつけられたままの魔石をどうにかテーブルに戻そうと思ったら、いきなり落ちてきてゴスッと勢いよく卓上に突き刺さった。やばい、後でリリアに申告して修理代を払おう。
「リトルスティック・ベーシックが魔力の動きや感覚のコントロールを学ぶ杖だとすると、このミドルスティックは魔力の出力のコントロールを学ぶ杖だ。これがきちんと使いこなせるようになれば、今後どんな杖でも効率的に使えるようになる」
「うう、今までの僕は節水コマで絞ってたおかげで蛇口全開でも魔力を操れてたってことか……。そりゃ節水コマを緩めたら蛇口の閉め方覚えないとな……」
しかしそれをコントロールできるまで、テーブルや天井にガンガン穴を空けてしまいそうだ。恐ろしい。
ユウトはへにゃりと眉尻を下げてレオを見た。
「普通、これって外で練習すべきなの? 部屋の中じゃ色々なもの壊しそう」
「魔石に布を巻いて丸めて紐でぐるぐるに縛って使えば、それほど危険じゃない。最初はそれを床の上で転がすところから始めてみるといい」
「あ、なるほど。それなら上下は安定するし、三次元で動かすより簡単かも」
「まずはリトルスティック・ベーシックと同じ感覚で使えるようになるまで頑張れ。どの出力状態でもその感覚で動かせるようになれば、その辺の魔道士なんか軽く凌駕できる」
「ああ、うん」
別に他の魔道士と競う気はないが、おそらく兄の脳内には弟を馬鹿にした魔道士の存在が苛立ちとともに残っているのだろう。ユウトとしてはあまり気にしないで欲しいのだけど。
「とりあえずこの杖がそれなりに使えるようになるまでは、冒険者ギルドの依頼は受けない方がいいよね。しばらく部屋で頑張るよ」
まあ、杖の練習をしている間はニールと兄が鉢合わせすることはないはずだ。それだけは良かった。この間にレオが彼のことを忘れてくれるといい。
しかしユウトのその思いを知ってか知らずか、レオは軽く首を横に振った。
「いや、もうひとつ討伐依頼を受ければランクDに上がれるんだろう? だったら杖の練習がてら、依頼を受けよう」
「ええ? でもまだそんな段階じゃないくらい全く扱えてないけど……」
「平気だ。次の依頼では頭を使わず、魔法でごり押しする」
「魔法でごり押し……!?」
それはつまり、ユウトに攻撃魔法を使わせるということだ。
……そうか、それなりの火力があればそれも可能なんだ。うん、それはちょっとわくわくする。
ギルドでニールと会うかもしれないが、だったらまたユウトが一人で依頼を受けに行けば、彼がレオと会うことはない。よし、そうしよう。
「じゃあ僕は部屋に戻って、少しでも上手く使えるように杖の練習する!」
「そうか。俺は今日も夜狩りに行くからいなくなるが、あまり夜更かしするなよ」
「……えー。それは僕の科白なんですけど。ちゃんと寝てよ?」
夜更かし常習者の兄にむくれて見せると、彼は弟の頭を撫でて小さく笑った。