兄、ガイナに事情を聞く
「ガイナさん! こんにちは」
「アン!」
「おお、ほんとにユウトとエルドワか! あんたらも……以前は世話になったな。こんな辺鄙な村に出向いてくるなんて、どうした?」
2人ほどの供を連れて出てきたガイナは、こちらを見ると笑顔で軽く手を上げた。今度は後ろの門が閉まらない。いくらか、こちらに対する警戒が緩んだのだろう。
それを察したネイは、ガイナにストレートにお願いした。
「俺たちバラン鉱山に用事があるんだけど、もう陽が落ちるし今日は村に泊めてくんない?」
「村に? ああ、あんたらなら構わないよ。俺らの命の恩人だし、何よりエルドワとユウトがいるんだから、断る理由がない」
どうやらこの村で決定権を持つのはこの男のようだ。まあ、獣人は実力主義の種族。ガイナがここで一番強い男なのだろう。
あっさりとレオたちの入村を許可した男に、しかしミワが噛み付いた。
「ちょっと待て、てめえ、あたしが初めて来た時とだいぶ態度が違うじゃねえか! 怪物が来たとか言って門を1ミリも開けなかったくせに!」
「実際、いまでもお前は怪物だと思っている」
「そうか、確かにあたしは当時からモンスター級のスーパールーキーだったからな……。じゃあ仕方がない」
どうやら納得したようだ。
「……この分じゃ、ここには宿はないんだろうな。おい、どこか泊まれる場所はあるか?」
「俺の家に泊まるといい。村の集会なんかもするから、割と広いんだ」
「おっ、水くさいぞ、兄弟+α! ウチで下にも置かない歓待をしてやるっちゅうの! いや、安心しろ、忍んで寝姿を見に行くくらいしかしない!」
「絶対行かん!」
当然ながら、レオは即座に却下する。ミワの家で寝るくらいなら、熊の巣穴で寝る方がマシだ。
そんな拒絶っぷりを見たネイが、間に入って話をまとめた。
「今日はガイナのとこで世話になるから、ミワさんは親御さんとお爺さんにさっきのタイチの手紙のこと話しておいてよ。バラン鉱山はどうせ明日だし」
「ちっ……まあいい、明日には戦う生兄が見られる可能性大……! それを楽しみにハンマーとツルハシ磨いておくわ」
「その生兄という言い方やめろ」
「まあ、そうと決まったら門を閉めるから村に入ってくれ。寂れちゃいるが、自給自足で食いもんには困らないし、こいつの親のおかげで日用品や道具類にも困らん。それなりのもてなしはできるぜ」
ガイナに促されて村に入ると、門番たちが扉を閉めた。
そこでようやく、ラダの村の内部が分かる。
「……わあ。テムの村と全然違う……」
ユウトが周囲を見回して呟いた。
確かに、全く違う。
テムの村は本当に一般的、森の中のこぢんまりとした場所で、門も家も木で出来ていた。所々石積みの塀や壁もあったが、そのほとんどが自然石を積んだものだ。
しかし、ラダは全ての建物が石。それもきちんとカットされ、綺麗に積み上げられていた。唯一扉だけが木製ではあるが。
どうやら石工もいるらしい。
「ここは王都から北東……結構寒いし、バラン鉱山からの吹き下ろしの強風もあるし、空気が乾燥してるから、こういうがっちりした家が多いんだ。まあ、力自慢が多く集まるせいもあるが」
そう言ったガイナは少し自慢げだ。おそらくここには長く住んでいるからだろう。愛着が見える。
「畑や牛小屋なんかもあるんですね」
「俺たちは商売なんかよりもこういう方が得意だ。狩りや釣りもするし、山菜なんかも採りに行く。これだけあれば門を閉じていてもそうそう不自由はない」
村には店らしいものはほとんどなかった。おそらく基本は物々交換、それぞれが得意分野を活かして取引しているのだろう。
仲間意識の強い半魔のコミュニティだからこそ成り立っている。
見たところ、ミワたち以外に普通の人間はいないようだが、よくここに受け入れてもらえたものだ。
「んじゃ、あたしの家はここだから。手紙の内容からして、ウチの親にも話をすんだろ?」
「……一応な。明日の朝、鉱山に行く前に少し寄る」
「分かった。明日萌え神が来るって伝えておく」
「……そういうことならネイだけを行かせる」
「それは困る! あたしの萌え神が狐目認定されてしまう……! そんなの、あたしのプライドが許さん!」
「何か俺、関係ないのにプライド傷付けられてるんですけど?」
「仕方がない、知り合いが来る、程度に留めておくか……。とにかく、明日待ってるぞ兄弟」
そう言って、ミワは村で唯一看板のある、店らしい建物に入っていった。ここだけは一応鍛冶・道具屋の商売の形なのだろう。
ただ、村の中だけでのことだから、その代金は食料や資材に違いないけれど。
小さな村は、さらに少し歩くともう長の家に辿り着く。
確かに他の家に比べれば幾分大きな建物。とはいえ質素で、権威を振りかざすことのない外観は好感が持てた。
そして扉を潜ると、狩りで捕ったのだろう熊の毛皮が絨毯代わりに敷いてあって、そこにいくつかの円座クッションが置いてある。なかなかにワイルドだ。
促されてそこに座ったネイが、薪ストーブを焚きに行ったガイナに訊ねた。
「なあ、ガイナが村長ってことでいいのか?」
「形式的にはそういうことになってる。あんまり意味のある立場じゃないけどな。ただ、こんな村でも時々王都の使者は来るし、そういう時の対応は俺がするんだ」
「……王都はここが半魔の村って分かってんの?」
「この間の降魔術式の騒動でバレた。でも、ライネル国王は半魔ユニオンを認知してくれて、引き続きラダに本部を置くことも承認してくれたんだ。もちろん、これを知ってるのは王宮の上層部だけだけど」
半魔という存在は、王都にとって味方に付ければ心強い相手だ。しかし普通はその身の上を隠す者がほとんどだし、街に溶け込むと見つけるのは容易でない。把握が難しい存在なのだ。
そう考えれば、ライネルがそれを取りまとめてくれているガイナを邪険にするわけがない。
人より長命な彼らが一般人と線を引き、助け合って生活する場があることは、双方にとって利があることなのだ。
しかし、だからこそ不可解だ。レオはそれをガイナに訊ねた。
「……そんな半魔の村に、何でミワの親たちを住まわせてるんだ? あいつらはお前たちが半魔だと知っているのか?」
もう十年以上滞在している人間。
彼らは歳をとるけれど、周囲の半魔たちは全く変わっていないはずだが……。
「直接俺たちが半魔だと説明したことはないな。もしかすると勘付いているかもしれないが、全く気付いていない可能性もある」
「十年以上一緒にいてか?」
「ああ。だってあいつら、他人のこと全然気にしてないから」
「……なるほど」
興味のないものには無。
何とも、ミワとタイチの血族らしい。
自分の興味のあること以外はどうあろうが気にしないわけだ。
「あと、あいつらがここに住むことになったのは認めたわけじゃなく、強引に押し掛けられたからだな。俺たちはすげえ拒んだんだが……。ミワもそうだが、あいつの親もジジイも、まあ話が通じねえんだよ。そのまま済し崩しに今に至る」
「……想像するだに、ますます会いたくなくなるな……」
ミワとタイチに性格が似ているという親に、会う前から辟易する。
おまけに祖父までか。
「ただ、居てもらって助かっていることも確かだ。俺たちには鍛冶技術がないし、道具を作る技法もない。それにミワたちがすげえ大金持ってきて、その金を村のメンテにも回してくれるんで、文句も言えん」
「皆さんとは仲良くできてるんですか?」
「関係は円満っちゃあ円満だな。あいつら話は通じないけど良い奴ではあるし」
確かに、彼らのことを語るガイナの言葉には棘がない。
しかし進んで関わりたいかと言ったら答えはNoだ。
せめて親は「○○萌え~」とか言わない人間でありますように。




