兄弟、自宅でディアと会う
翌朝、リリア亭で朝食を終えたレオはさっそくユウトとエルドワを抱えて王都に飛んだ。場所はもちろん自宅だ。
今日はさっさとディアとだけ会って話を聞いて、ネイと合流したらラダの村に向かいたい。
「昨日王都行きを見送ったルアンくんたちより、僕たちが先に王都にいるのも変な感じだね」
「どうせ今日は顔を合わせる暇はない。あっちはそんなこと知りもしないだろう」
「まあ、そうだけど。ちょっと驚かせてみたかったな」
数日ぶりの帰宅、2人はザインで手に入れたもので旅には必要ないものを部屋に片付けた。
「すぐに魔法学校に行く?」
「そうだな。ディアはマルセンのところにいると言っていたし。……ただ、ディアを呼び出すにも、俺たちとの関係をあの男にどう説明するかだな」
ランクSSのゲートを攻略したのが自分たちであることを説明すればいいのだが、色々話が長くなりそうだ。
できれば今回は、とっととディアと会って出立したい。
「あれ、エルドワ?」
部屋で所持品の整理をしていたユウトの足下から、不意に子犬が玄関に向かって駆けだした。
エルドワは扉の前でこちらを振り向き、ぴるぴると尻尾を振る。
それと同時に、外から扉がノックされた。
「誰か来たの? はーい」
ユウトもぱたぱたと駆けていき、扉に手を掛ける。
エルドワが反応したということは知り合いだ。……この穏やかな気配はもしや。レオも扉の方に目を向けた。
案の定、開いた扉の向こうにユウトに似た女性を見つける。
「ごきげんよう」
「あれ、ディアさん!?」
「アン!」
そこには笑顔のディアが立っていた。
なぜこちらの家を知っているかと訊くのは愚問だ。ユウトに付いている精霊が導いたに違いない。
……まあ、わざわざ会いに行く必要がなくなったのはありがたいけれど、一体精霊はどこまでこちらの事情を彼女に伝達しているのか。
「うふ、先日の魔女っ子姿も可愛かったですけど、わんこローブもお似合いですわね、もゆるちゃん」
「あっ、そっか、この姿で会うのは初めてですね。この格好の時は僕はユウトです。こっちが本当の名前。兄さんはレオです」
「あらそう、ユウトくんとレオさんですわね。レオさんも衣装が変わるとずいぶん違って見えますわ」
魔女っ子衣装のユウトとしか会っていなかったのに、彼女は弟を『ユウトくん』と呼んだ。僕っ子の少女ではなく、最初から男だと分かっている。……やはりディアは、元からユウトを知っているのだろう。まあ、今日はそれを詮索している暇はないが。
「今日はディアさんに会いに行こうと思ってたんですよ」
「存じていますわ。それでユウトくんに付いてる精霊が、私を呼びに参りましたの」
「え、そうなんですか。精霊さん、ありがとうございます」
ユウトは律儀に、ポーチに付けている天使の像にぺこりと頭を下げる。
ディアの視線は弟の肩に行っているから、多分そこにはいないけども。
「……こちらの用事内容はどこまで分かっている?」
「残念ながらそこまでは聞いていませんわ。その精霊はあまりおしゃべりが得意ではありませんの。彼は対象に加護を与えるけれど、こういう具体的な干渉はほとんどしません。おそらく今回はたまたま対象が私だったので、気まぐれを起こしただけですわ」
「僕たちの用事なのに、わざわざ来て頂いてすみません」
「構いませんわ。あなたたちのお家や生活ぶりにも興味がありましたし。……男所帯の割に綺麗にしていますわね。キッチン用品も充実して」
室内をくるりと見渡して、彼女は満足げに頷いた。
「王都にいる時は、ほぼ毎日レオ兄さんがご飯作ってくれるんですよ」
「あら、意外ですわ」
「僕はまだ料理勉強中なんです。……ディアさん、そっちのテーブルにどうぞ。お茶の準備くらいはできますから」
ユウトに促されて、ディアがテーブルにつく。
レオもその向かいに座り、同時に話を切り出した。
「悪いが、あんまり余計な話をしている暇はないんだ」
「私もマルセンくんに内緒で出てきちゃったので、あまり長居はできませんわ。さっそくご用件をどうぞ」
マルセンに内緒、ということは、約束通りレオたちとの関係を彼には話していないのだろう。それに頷いて、レオは単刀直入に訊ねた。
「世界樹の葉の朝露を採りに行きたい。バラン鉱山の精霊の祠にあると聞いたんだが、どうすればいい?」
「……レオさんたちはバラン鉱山に行かれるんですの?」
「ああ。この後すぐに発つつもりだ」
レオの返事を受けて、ディアがちらりとユウトの方を見る。それからすぐにまた視線を戻した。
「……ただの気まぐれかと思ったら、そういうことですのね」
その呟きで、今彼女が見たのはユウトでなくその近くにいる精霊だったと知れる。そして、バラン鉱山が何かしらディアたちにとって意味合いがあるということも。
レオはそれに留意しながらも、もう一度角度を変えて質問をした。
「失われたアイテムと言われているが、世界樹の葉の朝露を手に入れることは可能か?」
「……いくつかの条件さえクリア出来れば、可能ですわ」
ディアが今度ははっきりと答えをくれる。
「条件とは?」
「バラン鉱山に精霊を呼び戻すこと、精霊の祠を開放すること、世界樹の木片を用意すること、ですわ」
「鉱山に精霊を呼び戻すって……普通の人間にはできないだろ。見ることも会話することもできないのに。……いや、そうか、精霊使いのあんたならできるのか」
となると、やはり彼女にもバラン鉱山まで来てもらうべきだろうか。そう考えたレオに、ディアは首を振った。
「私は特定の精霊としか関わりがございませんの。私個人の力では八百万の精霊たちを集めることは難しいですわ」
「個人の力では? なら、誰かの力を借りればできるということじゃないのか?」
「……その力は、今は借りられませんの」
困ったように笑ったディアに、何故、と訊いていいのか迷う。
彼女が失踪していた二十年の間に、その『誰か』が離れてしまったのか、もしくは死んでしまったのか、それとも他に理由があるのか。何にせよ、あまりいい答えが返ってくる気がしなかった。
とはいえ、本来なら気にせず訊ねてしまうレオだ。
それなのに、その顔がユウトに似ているからというだけで、つい気兼ねしてしまっていた。
「……何か手立てはないのか」
結局突っ込むことはせずに他の手段を乞う。
するとディアは顎の下で指を組んで、今度はにこりと笑った。
「ユウトくんがいますわ」
「ユウトが?」
「彼の魔力はとても精霊に好かれていますの。血を尊ぶ半魔……ヴァルドやエルドワも、そこに溶けた魔力に惹かれているのですわ」
「それは知っているが……」
「僕が、何ですか?」
そこに、お茶を淹れたユウトが来て、テーブルにカップとお茶菓子を置く。
そしてトレイも置き、自身もようやく椅子に座った。
「ユウトの魔力が美味しいという話だ」
「それ、以前兄さんもヴァルドさんも言ってたよね。僕はよく分かんないけど……」
「精霊に好かれる魔力を持っていることは、精霊を集めるのにとても有利ですわ。その魔力を周囲に拡散できれば、きっと勝手に精霊が寄ってきますわよ」
「……周囲に拡散って……どうやってですか?」
「精霊の祠の中で魔方陣に乗るのですわ。私では起動しないけれど、おそらくあなたなら大丈夫」
つまり、まずは精霊の祠を開くのが先ということか。
「精霊の祠はどうやって開けるんだ?」
「分かりませんわ」
「分からない? 精霊の祠なのに、開け方を精霊に訊くことはできないのか?」
「その答えをくれる精霊が、その祠に閉じ込められておりますの」
「……それって、祠を開けないと、祠の開け方が分からないっていうこと、ですよね……」
「ですわね」
「……意味がねえ……」
あっさりと返されたディアの返事で、レオはうんざりした気分になる。
結局手掛かりは無いということ。これは骨が折れそうだ。
しかし、あからさまに眉根を寄せたレオの向かいにいるディアは、笑みを消しはしなかった。
「でも、ユウトくんならどうにかできるかもしれませんわ」




