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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、ロバートに詳細を聞く

「あんたはどこまで知っているんだ?」


 夜になって職人ギルドを訪れたレオは、応接ソファでロバートと対面して座ったと同時に切り出した。


 ちなみにユウトはリリア亭に置いてきている。弟にはあまり聞かせたくない話になりそうだからだ。

 レオがひとりで来たということはそういう類いの話だということ。目の前のロバートはそれを理解した上で、曖昧に首を傾げてみせた。


「目的語がないと難しい質問ですね」

「パームとロジーの内情についてだ。もっと言えば、魔工翁の息子と娘の変貌についてと、その周囲との関係性について」

「……それでいいましたら、私は巷で噂になってるのと同程度の内情しか知りません。タイチくんの母親とミワさんの父親の居場所も先日聞いたばかりで」


 肩を竦めてさらりとかわす、その様子は嘘か本当か分かりづらい。この男の口が固いことは重々承知、そのとぼけ方も役者張りだ。ここにウィルが居ればすぐに父の心の機微を言い当てるのだろうけれど、今そんなことを言っても詮無いことだった。


「タイチに工房再興の話をしたら、世界樹の葉の朝露という薬を手に入れないと、あいつらの親は王都に戻らないと言われた」

「……ほう、タイチくんに」


 レオの言葉にロバートが僅かに目を瞠る。

 おそらく具体的なアイテム名を出したことで、レオが確かにタイチの話を聞いたことが分かったのだろう。つまり、この反応は彼らの内情の真実を知っているということ。


 ならば問題ない。

 どうせタイチももうこの話を隠している意味がないと言っていたし、だったら情報を共有して補完してもらった方がいい。


「俺たちは世界樹の葉の朝露を手に入れ、あいつらの親……魔工翁の娘と息子もまとめて王都に引き戻そうと思っている」


 ロバートは聡い男だ。今度の科白には驚きを見せなかった。先程の言葉で、すでにレオがこう言うことを予測していたのだろう。

 そして自身がそれを隠し立てする必要もないと。


 しかし、彼の表情はあまり晴れはしなかった。


「そうですか……。ですが世界樹の葉の朝露はすでに失われたアイテム。それに関しては無駄足になる可能性が高いです」

「……失われたアイテム?」

「バラン鉱山がレア魔法鉱石の採れる山だったことはご存じかと思います。つまりあの山には多くの精霊がいて、とても魔力の磁場が高い場所だったのです。そのどこかに精霊を祀る祠があり、かつてはそこで極稀に世界樹の葉の朝露が手に入る、ということだったのですが……」

「……今は魔法鉱石が取り尽くされて、精霊もほとんどいない……」

「そうです。最後の朝露はもう使い切られ、精霊の祠も聖なる力を失い閉じられてしまいました」


 魔工爺様もそれを知っていて、だからこそタイチの母とミワの父が彼らを救おうと尽力してくれることを申し訳なく、心苦しく思っている。できることなら説得して、もういいから王都で悠々と自分の商売をして欲しいと思っているのだ。

 そしてロバートもどちらかというと、魔工爺様に同調しているようだった。


「子どもを置いてまで行って、戻らないまま十余年……もうここが潮時ではないかと」

「収監されたあいつらのことは諦めろと?」

「いえ、諦めるのは朝露です。……実は先日、ジラックの名の知れた方がお忍びで来て、各街の職人ギルドで世界樹の葉の朝露を求めていました。しかし、金に糸目は付けないと言っても手に入らなかったそうです。もう、本当にどこにもないのだと思います」

「ジラックの……? 誰だ」

「リーデン様です」

「リーデン!?」


 レオは驚きに目を瞠って、しかし納得する。

 そうだ、彼の仕えるジラック元領主の次男。悪しき呪いに侵された者。世界樹の葉の朝露は、それを救うのにも使えるのだ。


 街で手に入らなかったとなると、リーデンはラダの村、さらにはバラン鉱山に直接行く可能性もある。

 もしかすると、ルウドルトを撃退した男と、そこで鉢合わせをするかもしれない。


「罪人として収監されてはもはや残された時間は僅か。彼らを救うには他に別の手立てを考えた方が……」

「……いや、待て」


 レオはロバートの言葉を遮った。

 物事には機運というものがある。

 ディアの復活からの、精霊の住む山だったバランでの王冠スライムの出現。世界樹の葉の朝露を求める存在。そして精霊の加護がついたユウト。

 それが1カ所に集まろうとしている。


「やはり、俺たちは朝露を手に入れに行く」


 ヴァルドも、祠はユウトが居ればどうにかなると言っていた。そしてディアが復活したことが大きいと。

 おそらく彼女がこの世界に存在することが、精霊に何かしらの影響を与えるのだ。


 きっといける。

 これはレオのただの勘だが、経験から肌感覚で感じるそれが、滅多に外れたことはない。


「……そうですか。何だか、レオさんたちなら本当にやってくれそうな気がするから不思議です」


 向かいにいるロバートが、さっきとは打って変わって穏やかに笑む。レオの根拠のない自信に頼もしさを感じた様子だ。

 彼は今さら気付いたように、用意してあった冷めたコーヒーを口にした。


「……私が王都にいる頃は、家も近く、子どもの年齢も近いことから、彼らとはそれぞれ家族ぐるみで付き合いがありました。その頃の魔工爺様の息子と娘は、その子どもでありながらクリエイトの才能がないことに少しコンプレックスを持っていた。しかし、その分店の経営の方で才覚を現していたんです」

「……兄と妹はその頃から仲が悪かったのか?」

「仲が悪いというよりは、売り上げを競うライバル関係のようなものでした。話に店の経営が関わらない時は普通の兄妹でしたよ」


 ロバートの性格からして、近所だからといって心質の悪い人間と付き合うことはないだろう。それが見抜けない男でもない。

 当時の兄妹は本当にただの善良な人間だったのだ。


「彼らの態度が突然変わったのは、いつだったか……双方の店に国王からの注文が入り、その納品の直前に何者かに商品を盗まれたことがありまして」

「王宮からの注文品が盗難に?」


 当時は前国王……ライネルとレオの実父の頃だ。


「2人がそのことを弁明しに王宮に行ってから、様子がおかしくなりました。……まずはそのアイテムの設計図が両家の金庫から消えた」

「……それが始まりか」


 確か父が国王になったと同時に、ジアレイスも魔研の所長の座についている。

 なるほど、王宮を通さずに国王直々の注文なんて、普通はしない。おそらく依頼をされたのは魔研で使うアイテム。双方とも術式を組んだかなりの高額の品だったはずだ。


 奴らがその金を惜しんで盗みを働いたのは想像に難くない。

 そして、そのアイテムの出来の良さに複製を考え、設計図を手に入れようとしたことも。

 そのために利用されたのが彼らだ。


 その後魔工爺様の術式設計図ばかり狙われたのは、単純に魔研では魔道具を扱う方が圧倒的に多いからだろう。2人とも魔工爺様の実子であることがそこに拍車を掛けた。


 その頃から彼らの人格は壊され、ジアレイスの支配下に置かれていたのだ。


「……胸くそ悪ぃ」


 やはりユウトを連れてこなくて正解だった。こういう腐った話で弟の心を汚したくない。特にジアレイスが関わる話では。

 こんな感情は、自分だけが抱えていればいいのだ。


「……ウィルもこのことは知っているのか」

「いえ。あの子は観察眼が鋭いがゆえに、彼らをそのままの人間として受け止めてしまうんです。操られているかも、なんて考えてもいないと思います」

「まあ、あいつは過去や感情は度外視で、良くも悪くも事実だけを観察するからな」


 これは本当に最低限の人間しか知らない事実のようだ。

 ネイも知らなかったのだから、きっとライネルだって知らないに違いない。……まあ、長兄には事後報告でいいだろう。


「明日、王都経由でラダの村に向かう」

「そうですか。……タイチくんがレオさんとユウトくんに一縷の望みを掛けたこと、きっと良い方向に動きます。彼らをよろしくお願いします」

「……保証はできんがな」


 レオは無愛想に呟いてコーヒーを飲み干すと、恭しくお辞儀をするロバートに見送られて、ユウトの待つリリア亭に戻った。


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