兄、ヴァルドに疑問をぶつける
ヴァルドの魔法植物農場への道中は、とてものどか。
そして、時折道ばたに牛や馬のアレが落ちている。背の低いエルドワがすごく嫌そうな顔をしていたので、ユウトは子犬を抱き上げてヴァルドの元に向かった。
「こんにちは、ヴァルドさん」
「アンアン!」
農場の施設の外で水やりの準備をしていたヴァルドに声をかける。
すると彼はこちらに気付いて表情を明るくし、帽子を取ってぺこりと頭を下げた。
「ああ、よくおいで下さいました、マスター。レオさんとエルドワも」
召喚した時とは違う、ひょろりとして気弱そうな容貌。しかし、以前より少し生気に溢れて見えるのは気のせいだろうか。
「お仕事中ですよね。ちょっとお話が聞きたいので待たせてもらってもいいですか?」
「あ、じゃあそこの建物の中で待っててもらえますか。すぐに参ります」
その言葉に甘えてヴァルドの住居に入り、椅子に座って待つ。
待つと言っても、彼は5分と経たずにやって来た。
「今お茶を淹れますね。お二人とも、ハーブティは飲めますか?」
「あ、大好きです」
「甘くなければ平気だ」
「良かった。エルドワにはミルクをあげますね」
「アン!」
摘んだばかりのフレッシュハーブをティーポットに入れて熱湯を注ぎ、それを抽出する間にエルドワのミルクを準備する。そのミルクも見るからに濃厚、おそらく近所の牧場から買っているのだろう。
蒸らしたハーブティをカップに注ぐと、ヴァルドはユウトの分にだけ蜂蜜を垂らしてくれた。
「お仕事、もう大丈夫なんですか?」
目の前に置かれたハーブティは色も綺麗で香りもいい。しかしそれに口を付ける前に、ユウトはヴァルドに訊ねた。
ちなみにレオはすでに気にせず飲んでいる。
「平気です、他に任せてきたので」
「任せて? あ、従業員雇ってるんですか」
「いえ、使い魔がいるんです」
「使い魔……?」
「手っ取り早く言いますと、あなたにとっての私みたいなものですね。その、ユウトくんのおかげでようやく通常でも魔力が戻ってきましたので、呼び出すことができるようになりました」
気弱な笑みを浮かべたヴァルドが、給仕を終えてテーブルにつく。彼に「どうぞ」と促されて、ユウトもようやくお茶に手を付けた。ほのかに甘く、すっきりとしていて美味しい。
「……ところで、今日は何の話を聞きたくていらっしゃいました?」
「僕は急ぐ話じゃないから、レオ兄さんからどうぞ」
「そうだな……聞きたいことは山のようにあるんだが……。とりあえず、ゲートのボスのことについて聞きたい」
「……ヴァンパイア・ロードについてですか」
「その吸血鬼についてというわけじゃなく、もっと根本的な話だ」
美味しいハーブティを口にしても、レオの眉間にはしわが寄っている。
兄は一度カップをソーサーに置いて、テーブルの上で手を組んだ。
「ゲートの最下層のボスとは、外からコンタクトが取れるものなのか? 確か先日のランクSSゲートはかなり古いものだったはずだが、それよりだいぶ後に出来た魔法生物研究所との取引をしていただろう。……あいつらが正攻法で最下層に行けるわけがないし、どうやって接点が出来たのか……」
「それは、ええと、ですね」
レオの鋭い視線に晒されて、ヴァルドは少し萎縮する。それでもやはり血色が良く以前ほどのオドオド感がしないのは、先日ゲートで摂取したユウトの血のおかげなのだろう。
「ゲートのボスは、入れ替わることができるからです」
「入れ替わる? 先に居たボスを排除して、なり代わることができるということか?」
「はい。先日のヴァンパイア・ロードは、おそらく魔研と何かしらの取引をした後に、あのゲートのボスになったのだと思います」
「つまり、ボスになる前にすでに接点があったということか……」
「魔研は降魔術式によって魔界の者と接する機会があった。呼び出した魔族が先日の吸血鬼で、その時に何らかの取引をしたと考えれば不思議なことではありません。魔物と違って、魔族は制御不能となった後も意思の疎通が図れますし」
「……利害が一致し、取引が成立していたということだな。一体何を……」
レオは難しい顔をして押し黙った。
頭の中で色々な仮説を立てて検証しているのだろう。
その間に、ユウトも訊ねてみる。
「あそこに精霊さんが捕まっていたのはどうしてなんでしょう」
「……それに関してはディア様に訊いた方が良いと思います。私が口にして良い内容ではないので」
「……どういうことですか?」
「精霊界にも複雑な事情があるのですよ」
ヴァルドは少し困ったように笑って、自身のお茶を啜った。
とりあえず、精霊に関することは全部ディアに聞けということのようだ。
まあ、精霊術にも興味があるし、王都に行った時に色々聞いてみよう。
「……おい」
「っ、は、はい」
黙っていたレオに突然声を掛けられて、ヴァルドがびくっとする。少しオドオド感が減ったと言っても、まだ気弱だ。
「お前は魔手の正体を知っているのか? どこから来て、何を目的に存在しているのか」
「……ええと、一言で言うのは難しいですね。ただ言えることは、あれは世界樹を構成するもののひとつであり、人間が使うには多大なリスクがあるということです」
「世界樹を構成するものってことは、元々は悪いものじゃないんですね?」
「あれ自体に感情のようなものはありません。魔研がそれを悪用しようとしているだけの話……。魔界でも手を出してはいけないと言われるものです」
「まあ、この世界を壊そうとしているくらいだ。あの狂人どもだからこそ、その禁忌を冒しているのか」
少し苛立った様子でレオがハーブティの残りを飲み干した。
その気持ちを落ち着けるように、すかさずヴァルドがお茶を注ぎ足す。
「これが、彼らだけの力で為されているのかも不確かですけどね」
「……奴らの後ろに、まだ誰かいると?」
「……レオさんも、考えていないわけではないでしょう?」
レオは訊ね返されて閉口した。
考えていないのではなく、考えたくないのだ。
「……まだまだ情報が足らん」
「それは同感です。……ただ、ディア様が復活したのは大きい。ユウトくん、是非あの方の力を借りて下さい」
「えっ? は、はい」
レオでなくいきなり自分を名指しされて、ユウトは目を瞬いた。
彼女の精霊術が役に立つということなんだろうか。
「とりあえずディアさんには話を聞いてみます。これから行くバラン鉱山にある精霊の祠についても聞いてみたいし……」
「バラン鉱山……ということは、お二人はラダの村にも行く予定ですか?」
「何かそういうことになった」
「あそこは今、ガイナたちが秘密裏に半魔ユニオンの本部を置いています。多分彼も戻っているはずですので、何かあったら頼ってみてもいいかもしれません」
「ガイナさんが? じゃあ、エルドワも居たとこなの?」
「アン!」
すでにミルクを飲み終え、ユウトの足下でお座りしていたエルドワが元気に返事をした。
なるほど、排他的で閉鎖的、さらに鉱山が廃れて人間が減っていて、居るのは力仕事の鉱夫ばかり。
獣人系の半魔が住むにはちょうどいい。
しかしもえす2人の親たちと上手くやっているのだろうか。
「想像したより受け入れてもらえそう」
「まあ、お前とエルドワがいれば余裕だろうな。タイチの紹介状もあるし」
「精霊の祠というのも、もしかするとユウトくんがいればどうにかなるかもしれません。……まあ、それもディア様に聞かないと一概には言えませんが」
「今の情報で十分です、ありがとうございます」
ユウトがお礼を言うと、ヴァルドは嬉しそうに笑みを深めた。
「もちろんですが、行かれた先で必要があれば、いつ何時でも私のことをお呼び下さい。喜んで馳せ参じます」
「はい」
まだまだ知りたいことはたくさんあるが、とりあえず、今回は突然の来訪だったしこれで十分だ。
これ以上彼の仕事の邪魔をするのは本意じゃない。
「今日はこれで帰ります。また今度お話聞かせて下さいね」
「はい、いつでもお待ちしています」
ユウトはまた平時に訪れる約束をして、農場を後にした。
過去に書いたものと整合性が取れていない内容がちょいちょいありますが、完結させてから全て直す予定なので見逃しておいてください。よろしくお願いします。




