兄弟、村ネズミ討伐をする
整備されていない鬱蒼とした木々に囲まれた草むらは、雑草の背が高い。
それはちょうど村ネズミの背丈を隠すくらいで、彼らの格好の隠れ蓑になっているようだった。
「あちこちでもそもそと草が動いてるけど、そこに村ネズミがいるの?」
「そうだ。よく見ると太い針金みたいな尻尾が草の上に出ている」
「あ、ほんとだ」
「これ以上近付くとこちらの気配を察知して動きを止める。さらに距離を詰めると逃げ出す。上手くやれよ」
「うん、頑張る」
理想は、ここにいる村ネズミを一カ所に集めて一網打尽にすることだ。罠を買ってきて張れば楽だが、報酬の低い依頼でそれは費用対効果が悪すぎる。と言うか、金で解決してはつまらない。
できれば今持っているものでどうにかしたい。
ユウトは小さな魔石をひとつ取り出すと、ひもを括り付けて輪っかを作り、それを杖でふわりと浮かせて一匹のネズミの尻尾に引っかけた。
「これでよし、と。ねえ、レオ兄さんに助けを借りてもいい?」
「もちろんだ。パーティで受注した依頼だぞ。使えるものはなんでも使え」
「じゃあ、村ネズミに向かって殺気みたいの飛ばしてみて」
「殺気? ……こいつらそういうのに敏感だからすぐ逃げるぞ」
「それでいいの。走って追いかけてもネズミは僕たちの届かない安全なところでやりすごしちゃうでしょ。死の危険を感じるくらいじゃないと、本気で逃げてくれないと思うんだよね」
ネズミというのは結構学習能力が高い。数度人間とまみえていれば、距離感なんて分かってしまっているだろう。
こうして話している声も聞こえているはずなのに、逃げ出さないのがその証拠。物理的に近付かれても、一定の距離さえあれば問題ないと学習しているのだ。
しかし、レオの発するような本気で恐怖を感じる殺気ならどうか。
きっと魔物たちは一目散に巣に逃げ帰る。そこが一番安全だと考えているからだ。
「なるほど、こいつらを巣に戻らせ、一カ所に集めてしまうわけか。ここで縄を張ったり四苦八苦するより、余程賢いな」
「魔石には僕の魔力を紐付けてるから、それを追えば村ネズミが逃げた経路も分かるよ。すぐに巣も特定できると思う」
「よくそこまで魔力を使いこなせるようになったな、えらいぞ」
「褒めるのはまだ早いってば、上手くいくか分かんないし」
苦笑して肩を竦めたユウトの頭を、レオがぽんぽんと撫でた。
「じゃあ試してみよう」
兄がそう言った瞬間に、弟までぞくりと背中が冷えるような感覚を覚える。
同時に草むらの中のネズミが全て、電撃にでも打たれたようにビキッと尻尾を硬直させ、次の瞬間には脱兎のごとく駆け出した。
ここを中心に放射状に散るのではなく、明らかにどこかを目指して逃げていく。
「わ、すごい、てきめん」
「奴らの後、ちゃんと追えそうか?」
「ん、大丈夫」
自分の魔力を紐のように扱っているうちにそれを感覚で覚え、たぐり寄せることもできるようになった。出力している魔力の紐の太さ、長さ、伝わる感覚。
指先と似た感覚というよりは、触角みたいな感じかもしれない。魔力だけでは物理的な感覚は得られないから、魔石は必須だけれど。
ユウトはレオと一緒に村ネズミの後を追った。
もうすでにその後ろ姿は見えないが、もちろん迷うことはない。
「あ、止まったみたい。思ったより近いよ」
「まあ、こいつら群れ単位で縄張りがあるからな。それほど行動範囲は広くないんだ」
「そっか。……あ、この岩山の陰になってるとこかな」
岩肌の見える低い山の一角。ぱっと見では巣穴の入り口など見えないが、ユウトはそこで立ち止まった。
でこぼことした岩のくぼみに魔力の紐が入り込んでいる。岩の裏に回り込んでみると、村ネズミが通れる程の穴が上手く隠されていた。
「あった、ここ。結構深いみたい」
「出口はここだけか? 別の穴から逃げられると面倒だが」
「魔石使って調べてみる」
目印代わりにネズミの尻尾に付けていた魔石を操って外し、それを感触だけを頼りに穴の中の壁に滑らせる。コツコツと岩に当たる感覚を辿ると、中は思いの外広いようだった。
「穴の中は3つくらいに枝分かれしてるっぽい。でも他に出口はない感じ」
「それなら予定通り一網打尽だな。ここからどうするんだ?」
「出口で火を焚いていぶり出そうかと思ってる。兄さんの剣を借りて出口に横に渡しておけば、駆けだしてきた勢いで自動的にすぱっと切れてくれるんじゃないかな」
「なるほど……面白い討伐の仕方ではあるが、上手くいってもさすがに出口は5匹分くらいの死骸が溜まったら次がつかえてしまうぞ」
「そこは手動で行くしかないかなあ。溜まる前にポイってする」
手で死骸を持って右から左に移動するようなジェスチャーをすると、レオは「駄目だ」と首を振った。
「村ネズミが討伐対象になる一番の理由は、感染症の病原菌を持っているからだ。野良ネズミを素手で触るなんてとんでもないぞ。討伐時はそういうことを考慮に入れないといけないんだ」
「うわ、そうなんだ。モンスターの知識ってやっぱり必要なんだね」
てっきりネズミは繁殖力が強いから、数減らしのためなんだと思っていた。まあそれも理由のひとつではあるだろうが、どう考えたって感染症の方が問題だろう。知らずに触るところだった。
「でもまあ、ここまでお膳立てができているなら問題ない。予定通り煙でいぶして奴らを外におびき出せ。俺が始末する」
「うう、結局討伐はレオ兄さん頼みか……。村ネズミとの対決、僕の力で勝ちたかったなあ」
「落ち込むことはない。それどころかあの幼児用杖でよくここまでやっている。あれはそもそも、何者にも害を与えないように作られている杖なんだからな。それを討伐に持ち込んでいること自体、本来ならありえないことだ」
兄は手の甲でなだめるように弟の頬を撫でてから、立ち上がる。
「さあ、とっとと奴らを仕留めて帰るぞ」
「うん」
そこからの決着はすぐだった。レオが村ネズミごときを討ち逃すはずもない。累々と溜まった死骸から討伐証拠素材である尻尾を切って完了する。
余談であるが、尻尾は針金のようにつるんとして毛も生えてなく、虫や菌が付いてないらしい。良かった。
それでも、やはり長く持っていたいものではない。
ユウトたちは真っ直ぐギルドに向かうと、最終的に依頼数の20匹を超える36匹分の討伐報告をし、報酬をもらって外に出た。上乗せ報酬として除菌ウェットティッシュをくれた、ギルドの受付の気遣いがありがたい。
「待て、ユウト。リリア亭に帰る前に寄り道していこう」
不意に、そのまま帰ろうとしたユウトをレオが呼び止めた。
まあ、まだ夕飯にはちょっと早い。構わないと頷くと、彼は横道へと入っていった。
「どこに行くの?」
「お前の新しい杖を買いに行く」
その言葉に目を見開く。
「リトルスティック・ベーシック卒業!?」
「その杖で覚えるべきことはもう十分だと判断した。次も魔法学習用杖だが、リトルスティックよりできることの幅はぐんと広がる」
「そうなんだ、それは楽しみ!」
制限された能力で活路を開くのは、大変だけどパズルのようで楽しい。その解法の手段が増えるのは純粋にわくわくする。
冒険者ランクが上がれば難題も増えるはず。もっと試行錯誤をして、成せることを増やしたい。
軽い足取りでレオについていくと、彼は小さな建物の前で止まった。看板には杖のようなものと、光の玉が描かれている。魔法関係のお店だ。
扉を潜って店内を見回したユウトに、店主らしき老人が話しかけてきた。
「おや、その歳でリトルスティック・ベーシックを使っているとは珍しい。……ふむ、きちんと使い込んでいるようだね。良いことだ」
「こんにちは。……やっぱり僕みたいな年齢でこの杖を使ってるのっておかしいんですか?」
「いや、全然。それどころか、その辺を歩き回ってるいい年した魔道士全員に持たせたいくらいだ。それは魔法の地力を育てるのに最適な杖なのだが、皆退屈がってすぐに手放してしまう。その点、リトルスティック・ベーシックを使い慣れた君は強くなるぞ」
やはり、これをユウトに持たせたレオの意図は間違ってなかったのだ。それを肯定されて嬉しくなる。
「……おい、ミドルスティックはあるか」
にこにこと笑う弟の隣で、兄が老人に声を掛けた。
「もちろんあるぞ。……もしかして、その子に買うのか? リトルスティック・ベーシックの次なら普通は、契約か詠唱の杖だが……」
「それはいらない。……こいつは今おさらいをしているだけだ」
おさらい? 契約と詠唱なんて知らないけど。
ユウトは突然わけの分からないことを言うレオを見上げたが、彼はこちらを見なかった。
何だろう、何かこの老人に知られたくないことがある?
不思議に思ったけれど、弟はここでわざわざ兄の言葉を否定するほど馬鹿ではなかった。レオには何らかの意図があるはずで、それを潰すなんてありえない。
後で聞こうと考えて、この場は口を閉ざした。
「ああ、その流れは一度もう済ませているんだね。それは失礼した。ミドルスティックはこれだよ」
「それを一本もらう。……ユウト、この杖に付け替えろ」
「うん」
ミドルスティックはリトルスティックよりちょっと長い。太さもそこそこあり、いくらか杖らしい見た目だ。ちょっと気分があがる。
ユウトがそれを腰に付けている間に、レオは会計を済ませた。
「他には何かご入り用はないかね?」
「……転移の魔石があれば欲しいんだが、最近入荷したことはあるか?」
「ああ、転移はなかなか出てこないね。あれは見つけても手放さない冒険者が多いし、入荷してもすぐ売れてしまう。王宮に買い取られることも多いしね」
「王宮か……。まあ、ないならいい」
レオは僅かに眉を顰めたが、あっさりあきらめて踵を返してしまった。その背中に老人が声を掛ける。
「まあ、たまに珍しい物が入荷したりするからまたおいで。……君も、魔法練習頑張って。ミドルスティックは使い方次第でいくらでも強くなるからね」
「はい、ありがとうございます」
ユウトは老人に丁寧にお辞儀をすると、先に出て行ってしまったレオを追った。