弟、ネイを照れさせる
ユウトは職人ギルドでウィルと別れ、エルドワと一緒にルアンの家に向かって歩き出した。
「こんにちは、ユウトくん、エルドワ」
「あ、ネイさん。こんにちは」
「アン!」
途端に、まるで見計らったようにネイが現れる。いや、実際ウィルと別れるのを見計らっていたのだろう。それだけ昨日の彼との一件は精神的疲労を強いられたということだ。
ユウトはそれに小さく苦笑した。
「今日のウィルさんは普通でしたよ?」
「分かってるけどね。俺そもそもウィルくんの鋭い観察眼苦手なのよ。俺みたいなタイプは職業柄的にも、あんまり内心とか推し量られたくないのよね」
「そうなんですか? 僕は考えてること先回りされるから話が早くていいな、くらいしか思わないんですけど」
「素直で良い子のユウトくんはそれでOKだよ。俺はさ、捻くれてて裏表があって、内側に人に知られたくないこと色々抱えてるから。よく何考えてるか分からないって言われるけど、分かられると困るんだよね」
そう言いつつネイも苦笑をする。何とも含みのある科白だ。
こうしてユウトの隣で笑っている今も、心の中では別の何かを抱えているということなのだろうか。
少し不思議な気分で小首を傾げてネイを見る。その視線に、彼はユウトに向けるには珍しい、ちょっと意地悪な笑みを返した。
「……俺の腹の中にある黒いものの片鱗が見えちゃったかな?」
「いえ。だって僕、ネイさんが捻くれてると思わないし」
「俺が捻くれてるの分からないんじゃ、ユウトくんの観察眼はまだまだだなあ」
意地悪な笑みはユウトの前ですぐに甘く緩む。その言葉には嫌な響きは全くなく、声音だって優しい。
「ネイさんは捻くれてないですよ。いっつも、レオ兄さんに対して真っ直ぐだなあって思ってましたし。もちろん内側に抱えるものは色々あるんでしょうけど……。ネイさんの行動原理って、全部レオ兄さんに良い状況になるように、でしょ? 僕を護ってくれるのも、ライネル兄様の依頼を受けるのも。芯が通っててすごく真っ直ぐで、だから信頼できるんです。僕も、レオ兄さんも」
そう告げると、ネイは一瞬細い目を見開いて、それから困惑したような何とも言えない顔をした。ふいと視線を逸らされる。
「……ユウトくんて、全然攻撃力無いように見せて、突然スコーンと撃ち抜くよね……。怖いわ~……」
「ネイさんは多分、自分で思ってるよりずっと良い人ですよ? 少なくとも僕はネイさんがいてくれると安心するし、大好きです」
「あー……うん、そういうの勘弁して……反応に困る……。と、ともかく、ルアンのとこに行こう」
ネイは自分を見上げるユウトの頭をわしゃわしゃと撫でることで強制的に視線を外して、前を向いた。ちらりと見上げたその頬が少し赤い気がする。もしかして照れているんだろうか。
ユウトの好意をちゃんと好意として受け止めてくれている、彼のどこが捻くれ者なのだろう。
そう考えて、ユウトは小さくくすりと笑った。
さて、ルアンの家は職人ギルドからほど近い居住地区にある。
大きくも小さくもない、標準的な建物だ。
辿り着いた2人と1匹は、開け放たれた入り口扉から中を覗った。
「こんにちは、ルアンくんいますか?」
「はい、どなた……あら、ユウトくん。ネイさんとエルドワも」
中から出てきたのはリサだ。引っ越し準備のため、ここ数日ギルドは休んでいるのだろう。エプロン姿がよく似合う。
「こんにちは、リサさん。ルアンくんに届け物に来たんですけど。それから、ダグラスさんにもお話があって」
「あ、ごめんなさい、ルアンは今お遣いに行ってて……もう少しで戻ってくるとは思うんだけど。旦那ならいるわ。ちょっと待って」
一旦引っ込んだリサは、すぐにダグラスを連れて戻ってきた。
「ダグラスさん、こんにちは」
「おお、ユウトくん。先日は色々ありがとうな! エルドワも一緒か、今日も可愛いな!」
「こんにちは、お父さん」
「また貴様か! 軽々しくお父さんと呼ぶな!」
ネイの挨拶にダグラスは分かりやすく態度を変える。彼は未だにネイがルアンを狙っていると思っているようだ。そんな旦那に、リサは軽く肘鉄を入れた。
「ルアンを育ててくれてるお師匠様に失礼でしょ。あなたのパーティがこれだけ強くなれたのは、ルアンが飛躍的に成長したおかげなんだから」
「それとこれとは話が別だ! 可愛い一人娘が、男と2人でずっと一緒にいる環境がお前は心配じゃないのか!?」
それを言ったらネイよりもユウトの方が余程ルアンと2人でいる時間が長いし距離も近いのだが、きっとそれを指摘したところでスルーされるから黙っておこう。
少しだけ男としての矜恃が傷付くけれど。
「あら、私はネイさんなら別にいいわ。甲斐性ありそうだし、ルアンも懐いてるし」
「なん、だ、と……!? いや、駄目だ! 俺は認めん! こんな胸板の薄い男!」
「ネイさん着やせするけど、結構筋肉すごいですよ」
「あら、素敵。ルアンは細身だから、旦那みたいな大柄な男より、ネイさんみたいなタイプの方が釣り合いが取れると思うのよね」
「何ぃ!? 娘は父親に似たタイプに惹かれるものだろうが!」
「……あの-、話がだいぶ逸れてません? ユウトくんがダグラスさんに用事あるんですけど」
さすがに脱線しすぎだと思ったのか、ネイが苦笑交じりに話を引き戻した。お父さん呼びも自重する。
そこでダグラスもはたと我に返って、きまりが悪そうにひとつこほんと咳払いをした。
それから少しだけ表情筋を緩めてユウトに向き直る。
「すまん、ユウトくん。俺に用事とは?」
「はい、ちょっとお願いがありまして。王都からダグラスさんたちをジャッジに来たウィルさんなんですけど、そろそろ戻ることになって……明日の王都への引っ越しに同行させてもらいたいんです」
「ウィルさんを? それくらい別に構わないよ。1人増えたところで馬車だしな」
「ありがとうございます」
ウィルの方がネイよりもルアンに歳が近く、胸板が薄いのだが、彼が側にいるのはいいのだろうか。ちょっと気になったけれど、ユウトはもちろん突っ込まない。
しかしダグラスの横にいたリサが反応した。
「ウィルくんが同行かあ。あの子魔物関係で敬遠されるけど、普通にしてる時はすごく評判いいのよね。無表情だけど気は利くし、言わなくても何でも分かってくれる安心感があって。おまけに難関資格を持ってて、父親は職人ギルドで次のギルド長と目されるロバートさんでしょ。王都ではすっごくモテるのよ」
「そ、そうなんですか」
「んー、あの子でもいいなあ」
そんなことを言うと、ダグラスがまた心配性を発揮してしまうのではなかろうか。
ユウトはちょっとハラハラしたが、しかし予想外に彼女の旦那は平静だった。
「やめておけ。ウィルさんはルアンの好むタイプじゃない」
「ああ、うん……そうかもしれないわね」
どうやら、ダグラスは娘に近しい男に誰彼構わず噛み付くわけではないようだ。
逆に言えば、ネイはルアンが好むタイプということなのだろう。だから反発するのだ。まあ本人たちは師弟としてわちゃわちゃしているだけなのだけれど。
「お、ユウトに師匠、エルドワも。早いな。親父に何か話?」
「あ、ルアンくん」
そこに、ちょうどルアンがお遣いから帰ってきた。
「明日ウィルさんを王都まで同行させてもらおうと思って、お願いに来たんだ」
「ウィルさんを? ああ、あの人やっと王都に戻るのか。ギルドの仕事いいのかなって思ってたんだよね」
「イレーナさんには文書で許可取ってあるみたい」
「まあギルド長は、ザインでランクSSゲート攻略が始まった時点でこうなるって分かってたんだろな。……それで親父、同行は了解したの?」
「ああ。問題ないだろ」
「うん、オレは全然構わないよ」
あっけらかんとした反応。確かにウィルに対して何の意識もないようだ。
「ウィルさん相手なら、オレより親父が緊張しそう」
「そ、そういうことを言うな。意識して本当に緊張してくるだろう」
「ダグラス、身体はでかいくせに結構気が小さいのよね。……さて、そろそろ私と旦那は作業に戻るわ。ルアン、家はほこりっぽいから、どこかで皆さんとお茶してきたら? ここはいいから」
「うん」
「ユウトくん、ネイさん、エルドワ、またね」
自分たちへの話は終わったと察したのだろう。リサがルアンだけを残し、ダグラスを連れて家の中へ消えた。
ルアンはお遣いで買ってきた梱包紐などを玄関に置くと、ユウトたちを促す。
「近くにカフェあるんだ。そこ行こうぜ。師匠も甘い物いけるもんね。テラス席なら犬も大丈夫だし」
「カフェかあ。久しぶりにケーキ食べたいな」
「俺も甘い物は久々だ」
「アン」
エルドワも同じものを食べる気満々だ。
ユウトたちはルアンに連れられて、彼女の家と同じ通りにある、こぢんまりとしたカフェに入った。




