弟、ウィルと魔物談議をする
ユウトはウィルとエルドワと共に、職人ギルドに向かっていた。
一見寡黙で無愛想に見えるウィルだが、無表情であるだけで無口ではない。ただ相手によって対応が変わるだけだ。
レオを相手にすると、無駄口を嫌うことを知っているから余計なことを言わないし、挨拶を省略することすらある。
しかしコミュニケーション好きなユウトが相手だと、ウィルはそれを理解してきちんと言葉を尽くしてくれるし聞いてもくれる。
ユウトは、あの変なテンションでない普通のウィルは好きだ。
知識は豊富で説明も分かりやすく、尊敬している。観察眼が鋭いからこちらの思考を先回りしてくれるので付き合いやすい。思いの外親切だし、気が利く。
すごくいい人なのに、つくづくあの変態じみた魔物オタクっぷりがもったいない。
「……ウィルさんって、どうして魔物に興味を持ったんですか?」
歩きながら、ふと気になって訊ねる。
するとウィルはユウトを見、あっさりと答えた。
「昔、冒険者ギルドでモンスター図鑑を見たからです。魔界から来た別世界の生物が、完全体であることに興味を持ちまして」
「完全体?」
そう言えば、魔物は完成された存在であるとゲート攻略中にヴァルドが言っていた。そして半魔は未完成とも。
その説明をレオに後で聞こうと思っていたけれど、何だかんだで忘れていた。ウィルはそれを知っているのだろうか。
「魔物が完全体ということですか? じゃあ逆に、人間の血が入った半魔は不完全体っていうこと?」
「……ユウトさんは、モンスター図鑑を見たことはありますよね」
「もちろんです」
そう答えると、彼は確認するように頷いた。
「ではお分かりでしょうが、図鑑には、その形状、大きさ、体力などのステータス、ドロップアイテム、採れる素材などが書かれています」
「はい」
「なぜこうしてデータをまとめて体系立てられるのか、考えたことはありませんか」
「えっ」
問われて目を丸くする。
どうして魔物はデータをまとめられるのか? 逆を言えば、半魔はデータをまとめられないということだ。
収集できるデータ自体が少ないからかとも思ったが、ユウトが知っている半魔だけを考えても、余程大きな括りでもないとまとめることは無理そうだった。
そう、半魔は体系立てるには特徴や個性に違いがありすぎるのだ。
「……もしかして完全体って、個体による差異がないってことですか?」
「そういうことです。外的要因によって体力などに多少の差異は出ますが、魔物というのは生まれた瞬間からどう育ち、どんなステータスになり、どんな大きさと形で、どんな技を使うのかまで、完全に決まっている。同種の魔物はほぼクローンと言っても過言ではないのです」
「クローン……? あ、だから同種の魔物に同じ攻撃を仕掛けると、全く同じ反応をするんだ! そこにも個体差はないってことですもんね」
ユウトはゲートでヴァルドがワイトの行動を予測したことを思い出した。あれは、見極めたのではなく、その行動パターンを知っていたのだ。
全ての同種の魔物は同じ行動展開をするなら、レオが何度か戦えば倒せるようになると言っていた意味も分かる。
「対して半魔は、人間と交配することで不完全体になっています。欠けている部分、突出している部分がそれぞれにあるせいで、括ることができない。そこが個性であり、それゆえの思考や動きのバリエーションが増え、魔物が持たない『成長』というものをする。一説によると魔物が半魔を本能的に敵視するのは、その『成長』に脅威を感じているからという話もあります」
「なるほど……」
言われてみれば魔物は画一的な存在だ。戦っていても、思考をするというよりは反応をするという感じ。プログラムされた自我のない兵隊のような。
「半魔も興味深い存在ですが、私はかなりコレクター気質なので。あのデータとして体系化されたモンスター図鑑をコンプリートするのが私の目標なんです」
「ああ……素材の端切れを集めてたりしますしね」
そう言いつつ、ユウトは少し疑問を感じる。今回のゲートのボスのことだ。
「今回のヴァンパイア・ロードもモンスター図鑑の体系化された完全体のデータのひとつなんですか? あの人は自身で思考して、色々画策をしていたようなんですけど」
「上位魔族は魔物とはまた別の括りです。たとえば下位吸血鬼などは魔物同様に体系化されていますが、上位吸血鬼は数も少なく、半魔などと同じパーソナルな存在です。ただ、成長はしません」
「やっぱり完全体ではあるんですね。でも、個体による差異はどうして現れるんですか?」
「上位魔族は、1人ひとりがひとつの体系なのです」
「あー、種族で括ろうとしても、同種がいないってことですか」
だとすれば魔族の個人差の説明はつく。
「そうです。ですから、今回のユウトさんたちが倒してきたヴァンパイア・ロードも、1種族としてモンスター図鑑に独立して載ります。もちろん、カテゴリ分けくらいはしますけども」
「じゃあ同じヴァンパイア・ロードでも、次に会う別の個体はもっと強かったり弱かったりするわけですね」
「はい、そういうことです。ちなみに魔族は完全体ですから、生まれた瞬間からもう強いか弱いかが決まっています。努力やコネで下克上することは基本的にあり得ません。だから魔界では生まれ落ちたと同時に次期魔王になる者もいます。完全に実力能力主義ですね」
「……生まれたその場で上下関係が決まっちゃうんですか。おまけに覆せないって……何か希望がないですね」
だからこそ、魔物は画一的で、思考をすることを放棄しているのかもしれない。
ではなぜ、上位魔族だけ思考力を残しているのか。
……そう言えば、ウィルは魔族の下克上を『基本的に』あり得ないと言った。
もしかして、基本を外してどうにかすれば、下克上を成す方法があるのだろうか。
そう考えて、ゲートにいたヴァンパイア・ロードが吸血鬼殺しを始末したら自分の地位が上がる、と言っていたことを思い出す。
そして、男が兄弟を魔手に喰わせていたことも。
「……下克上をするには、上にいる誰かを殺して地位を上げるとか?」
「まあ、そうなりますね。ただ、簡単なことではありません。実力が自分より上の者を殺すのは魔界の摂理に反することですし、その実力差は何があっても覆らないので基本的に無理なことなんです」
「そっか。完全体として、生まれた瞬間から上の者には絶対に勝てないことになってるんですものね」
じゃんけんで言えば、上の者は生まれた時からずっとグーしか出さず、下の者はチョキしか出せないということだ。後出しでパーにすることはできないということ。
「もしかしてそれを覆す方法が、魔手の召喚ですか」
「私も詳しくは知らないのですが、それも手段のひとつでしょうね」
自分が出せないパーを、触れてはいけない領域から連れて来る卑怯な手段。あのヴァンパイア・ロードの所業に、ヴァルドが驚き軽蔑の目で見ていたのも納得がいく。
「あともうひとつ、上の者を消す方法があります」
「それは?」
「本に閉じ込めることです。術式を書き込んだ本で、肉体と魂を捕らえます。いわゆる、封印の禁書ですね」
「ああ、あれですか」
魔物封印の書。闘技場の地下で、ヴァルドがいっぱい焼いたとネイから聞いていた。封印されるくらいだからそれなりに強力な魔族だっただろうに、それを消し炭にしたと。
……そんなことをウィルに告げたら、封印されていた魔族のデータがもったいないと発狂しそうで怖い。
「魔物の封印って、人間がしてるのかと思ってました」
「人間が閉じ込めたものももちろんありますが、魔族が作ったものが多いですね。格上を殺すよりも難易度低めらしいので」
魔族同士でも色々あるようだ。
「……魔物や魔界って奥が深いんですね」
「書物を読むととても面白いですよ。……ユウトさん、もし興味を持たれたなら2日くらいかけてレクチャーして差し上げますが」
「いえ、大丈夫です!」
そわそわした様子で言われて、ユウトは速攻で辞退する。
自分はざっくりと知識を得たいだけで、オタクの深淵を覗きたいわけではないのだ。
「そうですか? 魔物・魔族のことでしたら分かる限りのことを語りますので、お気軽に声を掛けて下さい」
「あ、ありがとうございます……」
相変わらずウィルは無表情だが、どこか機嫌が良さそうなのが分かる。魔物のことを語るのが楽しいのだろう。
まあ、この程度なら問題はないけれど。
しかし職人ギルドまでの道中、結局ウィルの魔物談議に付き合って、ユウトは少し開眼し、魔物への興味を持ってしまったのだった。




