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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、ネイに容赦ない

 時間を追うごとに周囲の空気がぴりぴりしてくるのが分かる。

 ネイは「あーあ」と呆れつつも内心で苦笑した。


 先導するレオはあからさまに不機嫌だ。

 原因なんて簡単。ユウトと分断されてしまったからに他ならない。

 今の彼の雰囲気は凶悪な魔物のようで、殺気がダダ漏れだ。


 いつも冷めていて世界に興味の無いレオが、ユウトが絡むと途端に熱くなるのが面白い。

 あの頃はレオがこんなふうになるなんて想像もしなかった。

 ネイは、この主人と初めて会った時のことを思い出した。


 確かあれは、国王直属の臣の誰かからの依頼で、レオを暗殺しに行った時だ。

 当時、暗殺業界の界隈では最強で、周囲にひどく恐れられていたネイ。

 彼は常に有り余る報酬を手にし、気分次第ではターゲットどころか依頼主まで殺す傍若無人な男だった。


 味方に引き込もうと近付いてくるのは、こちらの機嫌を取っておもねる人間ばかり。依頼は引きも切らず、要人を殺すだけで簡単に手に入る金。

 あまりにチョロすぎる人生。

 それを退屈に思っていた時にぶつかったのが、レオという自身の上を行く存在だった。


(懐かしいなあ)


 そんなことを思うのは、今目の前にいるレオの纏う殺気が、昔の彼に近いからだ。

 当時のレオは今のように熱くはならないが、常時他人に対してこんな感じの殺気を発していた。そう考えると今の彼はだいぶ丸くなったものだ。

 もちろん、あの弟のおかげである。


 そしてネイがレオについて歩けるようになったのも、あの頃は暗黒児ダークチャイルドと呼ばれていたユウトのおかげだった。

 だからネイはユウトに感謝している。

 レオに命じられて彼を護っているが、彼を護ることはネイがレオの側にいるためにも必須なのだ。もちろん、ユウト自体にも護ってあげたい愛着がある。


 今、ネイがレオのように熱くならないのは、単にこの主人よりも感情のコントロールが上手いからだ。

 万が一の予測はするが、それが目の前に現実として現れない限り、感情に乗せるのはまだ早いと理解している。

 もしもこの先でユウトが大きな怪我を負わされていたり、命の危機に晒されていたりしたら、ネイもレオと同じように激昂するだろう。


 そう、ネイは現在の彼らとの繋がりに満足し、大事にしている。

 居場所が与えられている、この安心感。

 これを脅かそうとするものは、どんなものでも許さない。




「……! ようやく見つけた……!」

「空間移動ゲートですね。この先に何がいるかなあ。物理が効かない敵っていうと、実体のないゴースト系ですかね?」

「だろうな。……おい、聖水はあとどのくらい残っている?」

「2瓶です。こういう中ボス的な魔物相手だと役に立ちませんね。雑魚戦用に取っておく方がいいでしょう」

「……となると、属性攻撃に頼るしかないが」


 あいにく、ユウトがいないと剣に属性は付けられない。

 ゴースト系は死なないとコアも発生しないから、それを狙うこともできない。


「……まあいい。何にせよ、ここを突破しないともゆると合流出来ないなら、行く以外の選択肢はない」

「それはそうですけど……あ、もう行くんですか。ソードさんはもゆるちゃんのことになると自制が利きませんよね~」


 ネイの言葉を聞き終わる前に、レオはさっさとゲートに入ってしまった。それに肩を竦め、ネイも後に続く。


 そうして飛んだ先は、薄暗い屋敷のエントランスのような、広い空間だった。


「うわあ、いかにも幽霊出ます、って感じ」

「だが、敵が複数いる気配はないな」


 レオが慎重さの欠片もない様子で、ずかずかとエントランスの中に入っていく。とっとと敵を出現させて終わらせたいということなのだろう。


「ソードさん、あんま無茶しないで下さいよ。あなたが憑依でもされて操られたら、俺じゃ太刀打ちできませんからね」

「俺には効かん。憑依無効が付いてる」

「あれ、じゃあ危ないのは俺の方……」


 そうネイが呟いた途端、エントランスの上空にテンペスト・ゴーストが現れた。ゴースト系の最上位。実体のない、大きな靄の塊だ。

 それが再び一瞬で闇に消える。


 次の瞬間、ネイは自分が知らないうちに剣を手にしているのに気が付いた。


「あ、やば。乗っ取られたかも……」


 意識ははっきりある。ただ、身体の自由が奪われている。

 自身が主人に向かって剣を構えている現状に、ネイは若干青ざめた。こちらを見るレオの冷たい視線が恐ろしい。


「貴様、憑依無効を付けてなかったのか」

「憑依無効のアンクを持ってたんですが、さっきの雑魚戦で使用限度超えて壊れました……」

「では、自業自得というヤツだな」


 あ、やる気だ。戦闘前の彼の癖、左手で剣の鞘をゆらゆらと揺らす仕草に覚悟する。

 自分がレオを傷付けるという心配はしていない。ネイが自ら本気を出すならまだしも、誰かに操られて100%の動きなどできるはずがないから。きっとネイの剣は彼に擦りもしないだろう。


 しかしレオの方は不機嫌も相俟って殺気がすごい。

 多分、おそらく、後でユウトに叱られるという理由から殺しはしないだろうが、肋骨の1本2本を折る覚悟は必要そうだ。


「何だその隙だらけの構えは」

「テンペスト・ゴーストが俺を操るのヘタクソなんですよ。俺のせいじゃないっす。……あ」


 下手な構えのまま、ネイはレオに斬りかかった。

 もちろん下手とは言っても、基本的な身体能力はそれなりにある。相応の戦闘ランクの者でないと捌けないスピードが乗った剣で、ネイは踏み込み、横に薙いだ。


 当然だが、レオはそれを僅かの余裕でかわす。

 そして鞘ごと引き抜いた剣を、ネイの腹に打ち込んだ。


「ぐはっ……!」


 容赦なく振り抜かれて、ネイの身体は数メートル吹き飛ぶ。

 くそ、テンペスト・ゴーストのヘタクソめ。少しは攻撃の軸をずらして、受け身くらい取れ。


 背中から床に落ちて、若干呼吸が難しい。

 そうしてゴホゴホと咳き込んでいるネイに、レオは平然と訊ねた。


「少しくらいはゴーストの方にダメージが行ってるか?」

「……っ、や、多分ないっす……。俺が苦しいだけ……ごほっ」

「ふん、貴様を痛めつけても効果無しか、役立たずが」

「うわあ、ひど……」


 吐き捨てるように言ったレオが、転がったままのネイを見て不愉快そうに眉を顰める。


「……貴様、何で今そういう顔になるんだ、気色悪い」

「あー……すみません、つい、出ちゃうんですよねえ……」


 指摘されて、ネイは自分の口角が上がっていることに気が付いた。

 他の誰かからこんな目に遭わされれば絶対に何が何でも報復するけれど。

 レオは滅多に本気でネイの相手をしてくれないから、真っ正面から殺す気で来られるとつい嬉しくなってしまうのだ。


 部下たちから、レオに対してはドMの変態と言われるけれど、正直反論出来ない。


 そんなことを考えているネイの身体が、再び勝手に動いた。

 起き上がり、今度は予備まで取り出して、2本の剣を逆手に持つ。攻撃特化の構えだ。

 防御は完全無視、他人ひとの身体だと思って、無茶しやがる。


 そんなネイの向かいでは、レオがボードのようなものを手にして、それを眺めていた。

 ……あれ、俺の出席簿もどきだ。いつの間に。


「おい。これ、どっちが魔法反射だ」

「ええと、ちょっと白くくすんでる方です」

「こっちか」


 レオが視線を逸らしている隙に、ネイの身体が跳躍した。そのままレオに飛び掛かろうとして、しかしその視線がちらりとこちらに向いた瞬間に返り討ちを覚悟する。

 ああ、何て素晴らしい殺気。鼻血出そう。


 レオはボードのアダマンタイト面で攻撃を弾くと、返すオリハルコン面でネイの横っ面を思いっきり張り倒した。

 ちょ、首もげる。テンペスト・ゴースト戦闘下手すぎ。

 数度床でバウンドして、転がって壁際まで到達したじゃないか。


「どうだ。ゴーストは魔力の塊みたいなもんだし、これで追い出せてないか?」


 ぐわんぐわんと響く耳鳴りの向こうで、レオの声がする。

 同時にすうっと身体から違和感が消えた。

 テンペスト・ゴーストがネイの中から出ていったのだ。


「……上手いこと出て行ったようだな」


 白い靄が視認出来たのだろう、レオがネイから興味を逸らした。

 それを少し残念だと思うのは、やはり歪んでいるかもしれない。


「……や、出て行ったの魔法反射のおかげじゃないっすよ。おそらく、ソードさんが俺に容赦無い上に、俺が全く歯が立たないと分かったからです」

「ふん、どっちでもいい。貴様の中にいられてダメージが通らんのでは話にならないからな」

「まあ、そうですね……」


 とりあえず、どこかの骨が折れたりはしなかったようだ。首をさすってどうにか起き上がり、上空の魔物に視線を向けたままのレオの元に行く。すると、彼はネイの方を見ていないのに、器用にこちらに何かを投げてよこした。

 あれ、これは。


「……憑依無効のアンク?」

「ヴァルドかエルドワが必要だったらと思って持ってきていたものだ。結局あいつらは憑依自体効かないようだから使わなかった。この先もゴースト系は出るし、貴様が持ってろ」

「あざっす!」


 優しさからではない、おそらく単にネイが再び憑依されると面倒だということだろう。

 ネイはそれを喜び、ありがたく頂いた。


 正直、レオからの優しさなんて、ネイは望んでいない。彼の優しさを受けるような存在では、レオの枷になるからだ。大事な人の枷になる、それは恐ろしいこと。

 ネイは、ただ主人にとって便利な存在でありたかった。


 その点で、優しさの介在しない授け物は、ネイがレオにとって居ると便利だと判断された証だと言えた。彼は役に立たないどうでも良い相手は、ほったらかしにするはずだから。


 ネイは嬉々としてアンクを装備すると、レオからボードを受け取った。


「さて、ここからどうします? 奴らが魔法で攻撃してくるなら、それを跳ね返してダメージを与えることくらいはできるかもですけど」

「それだと時間が掛かる。……奴が貴様に憑依している時に思ったが、物理攻撃が効かないというだけで、大した強さじゃないようだ。おそらく完成度の低い魔造生物……。だったら一息に焼き払ってやる」

「……焼き払う?」


 魔法など使えないのに、とネイが首を傾げる。

 しかしレオは気にせずに、左手の革手袋を外した。


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