弟、ディアに正体を知られる
ユウトは迷路の中で、周囲を見回していた。
どちらを向いても似たような通路。方向感覚はまるで頼りにならない。
それでもこちらはエルドワがいる。
レオとネイとははぐれてしまったけれど、それだけで彼らより先に出口に辿り着く可能性は高かった。
「パーティを分断されてしまいましたわね。魔法専門と物理攻撃専門で分けられた感じかしら? ……うふふ、でもエルドワを侮ってこちらに入れるなんて、お間抜けなボスですわ」
「この分け方だと、僕たちの方には魔法の効かない敵をぶつけられそうですね。エルドワがいれば、当たらないように上手く敵を回避出来そうですけど」
「回避して出口に辿り着けるならいいのですけど、おそらくは私たちとソードさんたちに割り当てられた魔物を両方倒さないと出口が開かない仕様だと思いますわ」
ディアは特にこの状況に焦った様子もない。
ちなみにエルドワはユウトたちを護る気満々な顔で、キリッとしている。
「魔法の効かない敵が相手じゃ、エルドワ頼りになっちゃいますね」
「アン!」
任せろ、と言わんばかりのエルドワだ。
しかしディアも、自身を示すように胸に手を当てた。
「あら、私も頼って頂いてよろしいのですよ? もちろんエルドワが主力ですけれど、魔法で物理攻撃ができないわけではありませんの」
「魔法で物理攻撃……?」
「これは精霊術ですから、マルセンくんからは教えられなかったと思いますわ。……でも、もしかするともゆるちゃんなら、使えるようになるかも」
「僕が、ですか?」
ディアの言葉に、ユウトは目を瞬く。
「素養は十分にありますわよ。もしもその気があるのでしたら教えて差し上げますわ。そこそこ長いこと講師をしていましたから、人に教えるのは得意ですの」
「精霊術かあ……」
その原理や条件がよく分からないけれど、精霊との信頼の上に成り立つ術ならば使ってみたい。元々ユウトが使っている魔法も、ギブアンドテイクの取引というよりはそちらに近い気がする。
「今後はマルセンくんのところにお世話になるつもりですから、その気があったらいらっしゃいな。……それに私、もゆるちゃんとはもっとお話がしてみたいわ」
「あ、えっと、ありがとうございます」
お辞儀をすると、微笑んだディアに頭を撫でられた。
どこか慈愛に満ちた瞳。何故だか、兄とは違う意味で安心する。
いや、もちろん、こんなところで落ち着いている場合ではないのだけれど。
「ディアさん、とりあえず進みましょう。何にしても、兄さんたちと合流するか、敵と遭遇するか、出口を見つけるかしないと、脱出のヒントも見えませんし」
「そうですわね。エルドワ、先導をお願い出来るかしら?」
「アン!」
エルドワが尻尾をぴるぴるしながら意気揚々と歩き出した。2人でその後ろをついていく。
所々にある作動板による罠は、エルドワが見つけるごとにディアが魔法で無効化した。魔法で解除するよりも精霊術で解除する方が、魔力の消費が少ないらしい。便利だ。
「エルドワは、どこに向かってるんでしょうね」
「出口ではなさそうですわ。さっきから迷路の壁が動いている様子ですから、同じ場所を巡らないように歩いているのですわね。……この狭い通路で大きな敵がいるわけはないですし、もしかすると空間移動ゲートを探しているのかもしれませんわ」
「空間移動ゲート?」
「各フロアの下り階段も似たようなものですけれど、他の並行した空間に場所移動する入り口ですわ。ゲートの中にあるゲートですわね。大体は中に魔物がいて、倒してゲートが消滅すると罠が解除されたり、宝箱が出現したり、出口が現れたりするのですわ」
「へえ。ディアさん、冒険者じゃないのによく知ってますね」
「……昔、とても物知りの精霊に聞きましたの。ゲートを作るには、色々そのような決まり事があるのだそうですわ」
ゲートを作るのに決まり事。ヴァルドもそんな感じのことを言っていたけれど、世界の理ということなのだろうか。それに魔物が従っているというのが何だか不思議な話だ。
「アン」
そんなことを言っているうちに、エルドワが目的のものを見つけたらしい。
通路の真ん中に浮かぶ、空間の渦の前で振り返る。
ディアが言った通り、子犬は空間移動ゲートを探していたのだ。
「このゲートに入った先って、また階層になってたりするんですか?」
「いいえ、空間移動ゲートの中はワンフロアのみですわ。だからいきなり魔物と鉢合わせになったりすることがありますの。お気を付け遊ばせ」
「そうなんですか……ちょっと緊張するなあ」
「入ってすぐはエルドワに頼りましょう。私が血を与えますわ」
「えっ?」
ディアの言葉に、ユウトは目を丸くした。
「……ディアさん、エルドワと血の契約してるんですか?」
「いいえ。私の血はエルドワの力を引き出すためのご飯みたいなものですわ。1時間程度なら、維持出来るはず……」
「アンアンアン!」
時間を算段するディアに、エルドワが首を振って訴える。
そしてユウトの足下にやってきた。
きっとディアは、以前そうしてエルドワの力を借りたことがあったのだろう。今回はそれに否を唱えられて、不思議そうに首を傾げた。
「エルドワ? どうしたんですの?」
「あ、あの、多分僕の血でいいんだと思います」
「アン!」
エルドワが肯定する。
「もゆるちゃんの血?」
「僕も知らなかったんですけど、エルドワが僕に従属宣言というのをしているらしくて……。僕の血で強くなるみたいです」
「従属宣言ですって……!?」
ディアが驚きに目を瞠った。彼女はそれが何なのか知っているようだ。
「従属宣言ということは、このエルドワが自分からもゆるちゃんを護る誓いを立てたということですわね……。ということは、やはりあなた……」
その瞳が何かの感情を伴って大きく揺れた。
ユウトを見つめたまましばし言葉をなくしたディアに、どうしたのかと首を捻る。エルドワが従属宣言をしたのが、そんなに驚くことだったのだろうか。
「従属宣言って、そんなに珍しいことなんですか?」
「いえ……。でも、エルドワが自分からというのは、驚きましたわ……。ああ……そうなのですね」
ディアはまるで自身の感情を立て直すように深く息を吐いた。
「ディアさん?」
「……大丈夫、何でもありませんわ。もゆるちゃんがエルドワの忠誠を受けているのなら心配無用です。このまま突入しましょう」
「アン!」
「ちょ、エルドワ! 早い!」
やる気満々のエルドワが、先にゲートに飛び込んでしまう。
慌てたユウトがそれを追って、続いてゲートに飛び込んだ。
ひとり残されたディアは、ユウトたちを追う前にもう一度深い呼吸をし、心を落ち着ける。
ヴァルドが血の契約を結び、エルドワが忠誠を誓う存在。
最初に目を合わせた時から、もしかしてと思っていたけれど。
彼女はユウトが何者であるか、勘付いてしまった。いや、確信したと言うべきか。
「……封印されているのかしら……。それに羽は……」
この過ぎ去った20年の間、何が起こっていたのか分からない。
今は下手なことを口にしない方がいいだろう。
ディアはとりあえず思考を切り換えると、ユウトたちを追ってゲートの中に飛び込んだ。




