兄、弟に似た魔導師が気になる
大きな宝箱を覗くと、そこにはひとりの女性が横たわっていた。
閉じ込められてから20年経っているはずだが、その姿は20代後半くらいにしか見えない。
どうやらここにいる間、生命活動が止まっていたようだ。
消息不明になった時と同じ状態で眠っているのだろう。
「この人、大丈夫なのかな? ちゃんと生きてるの?」
「ああ、眠っているだけのようだ。とりあえず宝箱から出すか」
「魔物じゃなくて良かったですけどね。どうします? このままボスんとこまで連れて行きますか?」
「そっか、戦力としては期待出来ますよね。ここまで下りてきたパーティの魔導師さんだし」
「……まあ、こいつが目を覚ましたら考えよう」
確かに、戦力として考えれば申し分ない。魔導師ならユウトがいるが、その魔力の消耗を少しでも抑えたいなら、魔法を分散できる方がありがたい。特にこの不死者メインのゲートでは、ヴァルドも合わせて魔法使いが3人いれば、かなり楽に進めるだろう。
しかし、何故だか一方で、レオはこの女性を見ていると落ち着かない気持ちになった。ユウトと引き合わせたくないような。
どうしてそんなことを思うのか、自分でも不可解だ。……もしかすると、その容姿が妙に弟に似ている気がするからかもしれない。
それだけのことなのに、変に気に掛かる。
彼女が何かユウトの過去の記憶を引きずり出すような、そんな存在でなければいいのだけれど。
「小柄で清楚なこの感じ、何だかもゆるちゃんに似てますね」
「……気のせいだろう。もゆる、他に何か宝箱には入っていないのか?」
レオはネイの言葉を意識的に逸らす。
宝箱の中から抱え上げて女性を絨毯の上に寝かせると、こちらを気にするユウトの視線を宝箱に向けさせた。
「あ、まだ何か入ってる。剣みたいだけど」
「こっちが本来のお宝だね。……うわー、未識別アイテムだ! ウィルくんに鑑定してもらわないと使えないわ~」
「僕の鑑定の魔法じゃ無理かな?」
「未識別ものは成功率低いし、失敗すると壊れるから止めといた方がいいよ。壊れてから正体知って、マジで死ぬほど後悔する」
「これだけの深度で罠で護られて、長期間アイテム熟成されてたことを考えると、おそらく伝説級だ。下手なことはせずに持ち帰るぞ」
「伝説級……!」
この響きが心の琴線に触れたのだろう、ユウトが瞳をキラキラさせる。すっかりそちらに気持ちが行ったようだ。
しかし、女性が少し身じろいで「んん」と小さく唸ると、すぐに視線はこちらに戻ってきてしまった。
「目が覚めたのかな?」
「アン」
ユウトより先に、その足下にいたエルドワが女性に近寄る。
そして、その覚醒を促すように彼女の頬にぐりぐりと頭を擦りつけた。
くすぐったかったのだろうか、女性は僅かに首を竦める。それからゆるりとまぶたを上げると、緩慢な動きでエルドワの身体を撫でた。
その瞳は、ユウトとは違う琥珀色。それだけでだいぶ印象が変わって、レオはどこかほっとした。
「エルドワ……?」
「アン!」
しかし、今度は彼女がエルドワの名前を呟いたことに驚く。
20年前に消息不明になったはずの女性が、この子犬のことを知っている? ……確かに半魔は人間と比べて長命で成長が不定期だが、もしかして、エルドワは思ったよりもだいぶ長く生きているのだろうか。
「……大丈夫ですか?」
絨毯から上体を起こそうとする女性を、ユウトがそっと支える。彼女は礼を言ってその手を借りて起き上がると、ゆっくりと周囲を見回した。
しばしぼんやりとした様子だったけれど、数度瞬きをして状況を確認する。やがて蓋の開いた宝箱に目を留めて、小さく安堵のような息を吐いた。
「宝箱……あなた方が開けて下さったのですね、ありがとうございます。……あの、私のパーティもいたはずなのですけど、ご存じないかしら」
「……あんたが消えてからもう20年経ってる。パーティの人間は頑張ったようだが、あんたを救えずに地上に戻ったみたいだ」
「20年……? あらあら、罠が掛かったままみんな戻ってしまったのですか?」
自身が20年も世界から取り残されていたにも関わらず、彼女はあまり衝撃を受けた様子がない。泰然自若というか、精神的に円熟している印象だ。
もちろんだが、変に取り乱されるよりずっといい。
「身体は大丈夫ですか? お水ありますけど、飲めます?」
「ありがとうございます、頂きますわ」
女性はユウトが差し出した水筒の水を受け取る。そこで初めてユウトと目を合わせ、何故かぱちりと瞳を瞬かせた。
「……あなた、どこかでお会いしたことないかしら」
「僕ですか? 18歳ですし、あなたがここで消えて20年なら、多分会ってないと思いますけど……」
「そう……。ごめんなさい、では私の思い違いですわね」
目を細めてにこりと笑うと、やはりどこかユウトに似ている。
それを見てレオはまた落ち着かない気持ちになった。
本人は18だと思い込んでいるが、ユウトの歳が本当はいくつかなんて、実際はレオも知らないのだ。
弟が魔研にいつからいたのか、どうやって連れてこられたのか、兄には知る由もない。
半魔は魔物寄りになると著しく成長速度が遅くなるから、今は見た目からしか判断できていなかった。だから完全に女性とユウトが会ったことがないとは言い切れないのだ。
……もしかすると、彼女はユウトの本当の血縁かもしれない。
その可能性を直視したくないのは、弟の辛い記憶を呼び起こされたくないからというよりも、レオが兄としてのユウトを庇護する権利を脅かされたくないからだった。
自分の元から弟を連れ出す存在がいるかもなどと、考えたくもないし認めたくもない。
そうだ、今はただ見た目が少し似ているというだけ。
確定的な何かがあったわけでもない。言及する必要なんてないだろう。
レオはそう自分に言い訳をして、気付かぬふりを決め込んだ。
その間にユウトにもらった水を上品に飲み干した女性は、ゆったりと立ち上がり、髪と服を軽く整えてお辞儀をした。
「自己紹介がまだでしたわね。私はディア。精霊使いの魔導師ですわ」
「精霊使い!? それはまたレアな……。ええと、俺たちは訳あって本名ではないんですけども。こっちの剣士がソードさん、この可愛い魔導師がもゆるちゃん、俺が隠密で先生って呼ばれてます。それから……そういや、エルドワは知ってるみたいですね」
「ええ。私は半魔と関わることが多かったものですから。……まだこんなおチビちゃんなのね」
ディアは足下で尻尾をぴるぴるしているエルドワを抱き上げる。
「僕、エルドワってずっと子犬だと思ってたんですけど……20年前からいたんですね……。僕より歳上……?」
ユウトが困惑気味に首を傾げると、ディアは苦笑した。
「きっとあなたより歳上だけど、中身は子どもですわ。この子は種族的に成長が遅いのです。もちろん賢いし能力も高いのだけど、性格が子どものままで……この20年の間も、成長の機会がなかったのですね」
「アンアンアン!」
「あら、成長してるって言いたいのかしら? うふふ、今度その成果を見せて頂きたいですわ」
ディアはエルドワの正体を知っているのだろうか。
貴族のような佇まいの彼女自身も謎めいている。
……冒険者らしくない。
そう思いながらディアを観察していると、彼女はレオを振り向いた。
「ところであなた方は、これからこのままゲートを進まれるのですよね? でしたら、私もご一緒させて頂けないかしら。今ひとりで地上に戻っても、頼るところがございませんの」
「……一緒に?」
「まあ、20年も経ってれば知り合いもどこ行ったか分かんないし、昔と貨幣も変わってるし、そもそもギルドカードも持ってないでしょうしね。その方がいいんじゃないですか」
「ディアさん、ランクSSで絶対強いだろうから助かります」
レオとしてはあまり彼女とユウトの接点を作りたくなかった。
しかしネイとユウトはすんなり受け入れていて、それを無理に拒否するのもまた妙な引っ掛かりを与えそうで憚られた。
そもそも、ユウトに似た女性を邪険に扱う気にもなれない。
仕方がない。ゲートを出るまでは同行しよう。
どうせ生い立ちに関わるような話をすることはない。
レオはそう割り切った。
「皆様、ゲートを出るまでの短い間ですけれどよろしくお願いいたしますわ」
同行を認められたディアは、スカートの裾を摘まんで優雅に冒険者らしからぬ挨拶をした。




