弟、兄たちを正答に導く
翌朝、3人と1匹は再び宝箱の前に立っていた。
レオがユウトの写真を熱心に撮っていたせいで始動が遅くなったが、まあ、宝箱さえすんなり開けば挽回出来るだろう。
「確認ですけど、もゆるちゃんに幸運掛けてもらうのは俺でいいですよね? 装備と職業柄で、おそらく基本の幸運値は俺が一番高いし」
「構わん。……ちなみに、今の幸運値では宝箱は開かんのか?」
「んー? どうでしょう」
ネイは宝箱に近付いて、蓋に手を掛けて持ち上げようと試みた。しかし蓋に付いた頑強な金具が鍵にがっちりと填まっていて、びくともしない。
正直、鍵を外さないと、この蓋が開くとは到底思えなかった。
「……無理っすね。つか、幸運上げて開錠を試みろってことなのかなあ? どう見ても鍵を何とかしないと開かない感じなんすけど」
「どうして? かぎあけろってかいてないよ?」
「いや、まあ、そうなんだけどね。そんな汚れのない瞳で不思議そうに見られても先生困る」
「もゆるに従え。貴様は汚れきっているから正解が見えんのだ」
「否定はしませんけど、ソードさんだってどっちかって言ったら俺寄りだからね? ちょっと見てみて下さいよ」
ネイが宝箱の前から退いて、レオを促す。
替わって宝箱の蓋を確認したレオは、口に出さなかったがネイと同じ感想を抱いた。
鍵が完全に蓋の金具を噛んでいて、開きそうもない。これで鍵を開けずにどうにかするのは不可能に思えた。
「……汚れてたでしょ?」
「うるさい。殺すぞ」
ネイには一瞥もくれず、レオは宝箱の右に位置する立て札の方を見る。
ユウトがヒントだと言った、木の板でできたものだ。そこに羊皮紙が貼ってあり、例の文言が書かれている。
『進みたくば、この宝箱を
開けよ。
何が起こるかは運次第……』
その文章の横には宝箱を示すように左向きの矢印が書かれていて、他に内容を示唆するものは見当たらなかった。あるのは余白に書かれた前パーティの罠の一覧だけだ。
昨晩、ユウトの話を聞いた時は思わぬ盲点だと思ったが、いざこうやって目の前で確認してみると、やはりこの鍵を無視はできない気がする。
「せんせ、こううんあげるまほう、かけるね!」
「いや、待ってもゆるちゃん。今幸運上げられても何して良いか先生分かんない」
「たからばこ、あければいいんだよ? せーのっ」
「だからその手段が……あー、子どもは自由だなあ……」
ネイが止める間もなく、ユウトは小さな身体には少し大きく感じる杖を両手でえいっと振って、幸運の魔法を発動した。ちなみにレオは、その姿を写真におさめている。
「まあ、一回色々試してみろ。3分しか効かないから、無駄にするなよ。……もゆる、その杖を魔法ステッキに持ち替えて構えて、そこでポーズ」
「……俺を放って撮影会始めるのやめてくれません?」
ネイの身体が一瞬だけほわりと光った。幸運アップの効果が来たのだ。とりあえずユウトに夢中のレオを気にするのは後回しにして、ネイは宝箱に近付いた。
まずは鍵に触れずに、蓋に手を掛ける。
すると、途端に宝箱の表面に術式の膜が張った。
「うお!? 何だこれ、幸運の数値に反応したのかな!?」
「術式……? 何か宝箱の機関が作動しているようだな」
写真を撮り終えたレオが、ユウトを連れて術式の確認に来た。ヴァルドあたりがいればこの術式の正体が分かるかもしれないが、残念ながら2人はこれに関しては門外漢だ。メジャーな術式は判別できるものの、こういう特殊なものだと術が確定するまで手出しできない。
そうして数十秒待っていると、宝箱からガチャリと金属の留め金が外れるような音がした。
「あれ? もしかして鍵が開いた?」
「いや待て、この鍵の金具は外れてないぞ。何か別の……」
レオがそう言いかけた時だった。そのタイミングで、違う術式が起ち上がる。
「え、ちょっと、嘘でしょ……!?」
「なっ……ここから、さらに時限だと!?」
今度の術式は、レオもネイも知っていた。罠の中でも特に心臓に悪い、ド定番の術式だ。カウントダウンの、時限付き発動罠。
時間内に解除出来ないと、パーティ全員がダメージを食う罠が発動するのだ。
制限時間は3分。レオたちはその間に、宝箱を開けないといけなくなった。状態異常などと違って純粋な罠ダメージは一律。耐性や防御が加味されない。程度は分からないが、このランクの罠ダメージを食らったら、ユウトあたりは一撃死だ。
「最悪なんですけど! ここのボス、マジで性格悪いわ~!」
「文句は後にしろ! 何が何でも宝箱を開けないと……!」
「分かってます! あー、でもやっぱ鍵は開いてない……!」
ネイが慌てて鍵をガチャガチャと力尽くで外そうとする。しかし、やはりこの鍵自体に変化はないようだった。もちろん蓋も持ち上がらない。
レオが無駄と知りつつもユウトを護るように抱え上げた。
「貴様、今めちゃめちゃ幸運上がってるだろう! 一か八か鍵穴にピック突っ込んで、ピンを押し込んでみろ!」
「それが、さっき宝箱に触った時に効果が相殺されたみたいで……むしろ幸運下がってる感じなんですけど」
「ならばもはや死ぬ気で正解を出せ!」
宝箱の表面に浮かび上がった術式が、どんどん時間をカウントダウンしていく。それに大人2人は焦っているが、そんな罠のことを知らないユウトはきょとんとしていた。
さっき宝箱が開いた音がしたのに、どうして兄たちは鍵にこだわっているんだろう。
ユウトから見れば、立て札のヒントのとおりに物事は進んでいて、後は宝箱を開けるだけだと思うのだけれど。
レオの腕の中から確認するように立て札を見て、弟はそれから間近にある兄の顔を見上げた。
「にいに、にいに」
「な、何だもゆる!? 安心しろ、お前は俺が護……」
「たからばこ、あければおわりだよ?」
「それは分かってんのよ、もゆるちゃん! ただ鍵が開かなくて」
「せんせ、えっと、かぎじゃなくて、ひんと」
4歳児は上手く言葉が出てこない。
答えを伝えようと、ユウトはあれあれ、と立て札を指差した。
「『たからばこをあけよ』って、やじるしかいてある」
「だから、矢印の先のこの宝箱を開けようと今頑張って……」
レオはそこまで言って、はたと気が付く。
そうだ、部屋の中にこれひとつしか宝箱がないのに、どうしてわざわざ矢印で示してあるのか。ユウトが言うようにこの立て札全部がヒントなら、この左向きの矢印だって重要な意味があるはずで。
「……そういうことか……!」
つまりこの矢印は、宝箱を示しているのではなく、宝箱を←方向に開けよ、と言っているということだ。そう考えてから見ると、この矢印は『開けよ』の文言のところに付いているのが分かる。
この改行の違和感もヒントのひとつだったわけか。
「ソードさん、カウントダウンがあと1分切った!」
「待て待て……今俺はもゆるの賢さに感動している……。さすが俺の弟、尊すぎてずっと抱っこしてたい」
「いやちょっと、萌えてる場合じゃないでしょうに」
「問題ない。宝箱の蓋を持ち上げるんじゃなく、左にスライドさせろ」
「え? スライド……?」
レオの指示に、ネイが怪訝な顔をする。しかし言われた通りに蓋を左に動かすと、それは軽い力ですっと移動した。
さっきの金具が外れる音は、おそらくこのスライドレール部分の留め金が外れた音だったのだ。
「何この宝箱、鍵関係ないじゃん!」
「汚れのないもゆるは最初からそう言っていた」
「俺もソードさんも汚れまくりだわ、そら開かないわ! つうか、宝箱がこんな開き方するって反則だろ!」
喚きつつネイが蓋を完全に開け放つ。
途端にぱあっと宝箱が光り、時限罠の術式が解除された。
それと同時に、部屋の奥の方に下り階段が現れる。
そう、この階を完全攻略したのだ。
この時点でようやく宝箱の罠による影響が消える。
当然、レオに抱っこされていたユウトは、そのまま兄の腕の中で元に戻った。
「良かった、やっと戻った。……ごめん、兄さん。降ろして」
「尊すぎてずっと抱っこしてたい」
「え、やめてちょっと、恥ずかしい!」
4歳児と同じ扱いをされて、ユウトは頬を染めつつレオの腕から抜け出した。幼い弟も可愛いが、こうして照れる弟も可愛い。結局兄にとって、ユウトがユウトならそれで満足だ。
「とりあえず宝箱が攻略出来て良かった……。僕が戻ったってことは、前のパーティの人たちの罠の効果も消えたってことだよね?」
「そうだな。女体化した奴とか、いきなりおっさんの女装になって周りのみんなびっくりするだろうな」
まあ、その辺りは関係ないし、自分たちが気にすることじゃない。
しかしそう思って軽く返したレオに、開いた宝箱の中を覗き込んでいたネイが、困惑した様子で声を掛けた。
「……ソードさん、もゆるちゃん。前のパーティで罠に掛かって消えた魔導師らしいのが、宝箱の中にいるんだけど」
そう言えば、そんなのがいたか……。
……どうやら、前パーティのことを関係ないと切り捨てて進むわけには行かないようだ。




