兄、もえす姉弟と取引する
何も聞かずに条件を飲むと言い放ったタイチに、レオは指を3本立てて見せた。
「ではまず、こちらの条件ですが3つあります。ひとつは、俺たちが二着目を作ったことを誰にも他言しないこと。次に、持ち込む素材の出所を探らないこと。最後に、性能は落とさずに為しえる最短の納期で仕上げること」
「誰にも他言しない、か……作ったのは俺らだって、分かる奴にはすぐバレちゃうけど。それでもあんたらに作ったということを黙っとけってこと?」
「そうです。俺たちが今ここに来ているのは、あくまで一着目の装備のため。あなたたちの装備を見抜ける人間なら金額も知っているでしょうし、2人分を同時に二着作っているなんて思わないはずです。あなたたちが決定的な答えを与えない限り、噂や疑いは真実にはなりません」
「素材の出所なんかは、盗品じゃなければ私たちは気にしないぞ。性能の方は任せろ、私もタイチもめっちゃやる気ある! 納期はあんたが素材を集めてくる早さにもよるな。職人ギルドから素材の買い付けもできるけど、最近は在庫があんまりないから高えし、質も安定しねえ」
「必要な素材はこちらで全て用意します。後で必要なもののリストを作ってください」
何だかこのまま話がまとまりそうだ。
レオには何か考えがあっての取引なんだろうけれど、ユウトはその後ろでちょっとそわそわしていた。
「あの……僕の二着目って、何を作るの?」
「はいはい! ユウトくん、俺のお薦めは魔女っ子装備一択だよ是非是非! 絶対似合うから! レオさんだって見たらきっと一発で納得するよ!」
「タイチ魔女っ子好きだよな」
「普通の子が魔女っ子に変身って、萌えのテッパンだろ! 俺もう魔女っ子に関しては色々試行錯誤して作ったから、すげえ可愛いの作れる自信ある!」
いきなり鼻息荒くテンションを上げたタイチが、デザイン帳の新たなページに脳内の萌えを吐き出し始める。
「こう、後ろに大きいリボン付けてさ、白いドレスグローブ、もちろんミニスカートにニーハイは譲れないよね! 清楚なブラウスに、可愛いボレロ! はあああ俺って天才だわ……!」
「ちょ、ちょっと待って、僕こう見えても一応18歳の男……」
「大丈夫、俺は男の娘も守備範囲だから!」
それの何が大丈夫だというのだろうか。
困ってレオを見上げ助けを求めるが、
「……これはアリだな」
兄はそう言って眼鏡のレンズをきらりと光らせただけだった。以前はユウトが魔法少女と間違われると困ると言っていたくせに。
「兄の背広はどんな感じにする!? 私は作るならやっぱスリーピーススーツだと思うんだよね! あのジャケットの下に見えるベストのぴったりしたシルエット、脇から腰のラインがたまらなく萌ゆる! ズボンはもちろんサスペンダーで吊るタイプで、タック入りな! 異論は聞かない!」
どんな感じにするかと訊いておいて異論は聞かないってどういうことだろう。もえす姉弟は自由すぎる。
しかしレオはスーツの形にこだわりはないらしく、特に訂正も入れなかった。
ただ、ひとつだけの主張はする。
「スーツはそれで構いません。ただ、ネクタイだけはこちらで用意したものでお願いします」
そう言って兄が取り出したのは、ユウトのプレゼントしたエンジ色のネクタイだった。
……まさかとは思うけれど、これに合わせるためだけに二着目にスーツを作る気だったりしないよな……? 今ある背広は防御力がないから、新たにこれを……?
「ネクタイ? まあ、それくらいなら私の萌えを阻害しないから大丈夫だ。エンジか……だったらスーツは濃いネイビーあたりがいいかな。織りを変えてストライプの生地にすっか。……しかしネクタイだけ何の効果もない役立たずの装備になっちまうぞ。一部を解して織り直せば……」
「……俺の至宝を役立たずだと……? このネクタイの繊維を一本でも切ったらこの工房は明日消し炭になると思え」
「すみませんでした」
さすがのミワも本気で凄んだレオには即謝罪した。
だからといって全然怯みはしないのだが。
「何という殺気に満ちた凍てつく視線……眼鏡越しなのがまた萌ゆる……! 黒縁眼鏡サ・イ・コ・ウ!」
「もう外す」
「あっ、くそ! もう少し網膜に焼き付けていたかったのに!」
取引の話は終わったとレオはさっさと眼鏡を外してしまう。それに地団駄を踏むミワを放って、兄はタイチに話しかけた。
「とりあえず通常装備を先に仕上げてくれ。その作業代は先払いしていく。……ところでそれと別に、ここでは合成クリエイトができると聞いたのだが」
「ああ、できるよ。俺はどっちかっていうと鍛冶よりアイテムメーカーなんだ。姉貴が鍛冶メインで、得意な作業を2人で分担してやってるからな」
「……ということはアイテムも作れるのか」
「薬品関係以外なら大体は」
この姉弟は性格に難があるものの、ずいぶん多才なようだ。
レオもそれには異論がないようで、そのまま依頼に入る。
「ならばそのうちアイテムも頼みたい。だがまずは、このネクタイに合成クリエイトをして欲しいのだが」
「このネクタイに、他のアイテムの属性を合成するってことだね? 属性を引き抜いたアイテムは消失するけど、それでもいいかな」
「ああ、構わない」
「合成クリエイト? そのネクタイに何かするの?」
ユウトのあげたネクタイに何かをするらしい。
そういえばこれを最強クラスに合成して、不滅属性を付けるとか言ってたような。
そんな弟の疑問に、兄が答える。
「アイテムや装備は属性というものが付いている。普通のアイテムはだいたい2つだな。同じ属性のものは合成クリエイトで加算できて、どんどん強くなるんだ。先に付いていた属性を消して別の属性を足すこともできる。そうやってアイテムを育てられるわけだ。……ちなみにこのネクタイは今何の属性も付いてないから、2つ新たな属性がつけられる」
「なるほど、それはすごいね。どんどん合成すれば、どんどんアイテムが育つんだ」
ユウトが感心していると、そこにタイチが補足をした。
「そう言っても、アイテムの成長には上限があるけどね。だから元のアイテムの基本数値が良くないと、成長させても他に劣るなんてこともある。合成料金も馬鹿にならないし、普通は一生物のアイテムにしかしないものだよ」
「え、そうなの!? だったらこれに合成なんてもったいないんじゃ……」
「いや、さっきの様子からしてこれはレオさんにとって一生物なんだろ。俺も分かるよ。他人からはこんなものと思われても、自分にとっては何よりも大事な物ってあるんだよ」
どこか達観したような表情でタイチが言う。
それにレオも大きく頷いたが、横からミワの突っ込みが入った。
「タイチの一生物は迷宮ジャンク品の着せ替えできる魔女っ子フィギュアだったな。絶対壊れないようにと大枚はたいて不壊属性の付いたアイテム買って合成したら、属性のせいで衣装パーツががっちり貼り付いて、着せ替えできなくなっちゃったやつ。あれ笑った」
「うるせえわ! 姉貴の一生物だって迷宮ジャンク品の美青年がプリントされた抱き枕じゃねえか! 生地が虫に食われないように防虫属性付けたら、抱いて寝れなくなって今は飾ってんだろ!? 何で防がれてんだよ、虫か!」
「萌える男がいるとふらふらと引き寄せられてしまう点で言えば虫かもしれない」
「……な、なるほど、それか……!」
いや、納得するところではないと思うけど。
まあそんな指摘はするだけ無駄か。
「おい、お前らの一生物は勝手にしてろ。俺はこのネクタイにこれの属性を合成して欲しいだけだ」
2人の会話が切れた隙にレオがばっさり話題を切り捨てて、もうひとつのアイテムを取り出した。
……ネクタイに合成して欲しいもの。それは以前一度だけ見ていたアレだった。
ブーメランパンツだ。殺戮熊の迷宮の戦利品。
これをネクタイに……いや、まあ使ってないだろうし、属性を引き継ぐだけだし、いいんだけど。ちょっと微妙。
「防汚+5、防臭+5か。布物には結構いいな。単純な合成だしこれくらいならすぐできるから、その間に姉貴と装備の方の素材の選定してて」
しかしユウトと違って、属性しか見ていないタイチたちは気にならないようだ。彼はネクタイとパンツを持って工房へと消えた。
そして口論する相手がいなくなったミワも、レオと打ち合わせを始めた。
「よし、じゃあ兄、欲しい性能に合わせた素材を選定していくから、希望を出せ」
「ユウトの装備は最高品質で揃える。防御はもちろん、状態異常回避、攻撃回避率も上げろ。素早さは欲しいから軽くして、属性が付くなら集中力+を……」
やっと鍛冶屋らしいやりとりが始まった。
話の内容が分からないユウトはそれにだけほっとして、今さらのように店内を見回す。
ミワはあまり数を作らないのか、置いてあるのは女性向けばかりだ。魔女っ子衣装も多くあった。
(僕の二着目、あんなのになるのか……)
ユウトはちょっと遠い目をしてしまう。
レオが反対をしなかったから、あのオーダーは通ってしまった。金を出すのも素材を集めるのも兄だから、こればかりは仕方ない。
(まあ、一着目にまだマシなのがあるんだから、魔女っ子なんて着なくていいよね。兄さんには悪いけど)
ユウトは装備ができあがった時に一度袖を通すくらいは我慢しようと考えながら、レオの交渉が終わるのを待った。
 




