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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、ネイの働きに内心で感嘆する

 ネイがもえすで作ってもらった体育の先生装備には、まだ使っていないアイテムがあった。


 首からぶら下がった笛だ。


 小さな吹き矢になっており、命中+と範囲+が付いている。

 そして、上蓋が開くようになっていて、そこから毒や睡眠薬を入れて付帯効果を付けることができるようになっていた。


 たまに両手に短剣を構えて戦うネイにとって、奇襲を助ける第3の武器とも言える。

 ミワが隠密であるネイの特性も考えて準備したのか、それともコスプレアイテムのひとつとして付けただけなのかは定かではないが、これは思わぬお役立ち武器かもしれない。




復讐する死者(レヴァナント)の成り立ちってさ、死体に刻まれた呪詛が骨随まで達すると霊力を得て魔物になる、と聞いたことがあんだけど」

「そうです。それにはとても長い年月が掛かり、その間に人としての記憶は澱みに沈んで、怨恨の念だけが残る。復讐すべき相手を見失っているから、彼らの復讐はいつまでも終わらないのです」

「復讐すべき相手、か。それを思い出したら、どうなるんだろうね?」


 ネイはそう言いながら、棺に入れられていたジラックの領主の弟の姿を思い出していた。


 その身体に呪詛を刻んでいたのは、彼の兄だ。次男はその呪詛を受け、ライネルやルウドルト、そしてエルダールの人々に復讐しようとするのだろう。

 本来、復讐するべき相手は長男なのに、その思い通りに動かされているのだ。何ともやりきれない。


 最初から復讐する死者になろうと思って死ぬ人間などいない。怨嗟の念を抱きつつ死んだ者が、誰かに呪詛を刻まれてできあがるのがレヴァナント。

 それとジラックの件をふまえてここにいる復讐する死者に当てはめて考えてみれば、ネイはやはり胸くそ悪い気分になった。


 ここにいる復讐する死者を、生前に怨嗟の中で殺したのは、おそらくヴァンパイア・ロード。その身体に呪詛を刻み込み、復讐すべき相手を忘れた彼らを自分の手下として使っているわけだ。

 もし復讐すべき相手に使役されていることを思い出したら、復讐する死者たちはどうなるだろう。


 澱みから引き上げられた人としての記憶で、魔物としての自我を保てなくなるのではないかとネイは予想する。


「ヴァルド、ヒントちょーだい。復讐する死者の呪詛って、大体どのへんに入ってる?」

「……呪詛を入れる位置は術者によって様々ですが……。おそらくここのゲートの復讐する死者は、背中の肩甲骨のあたりです。それから、必ず入るのは眉間」

「2カ所だけ?」

「能力のある者が掛けた呪詛ならこれで十分に強いです。いくつも呪詛を刻むのは場当たり的で能力を絞れない小者くらいですよ」


 ああ、なるほど。ジラックの現領主の顔を思い出して、ネイは納得した。


 それにしても、術者によって違うと言いながら、ヴァルドは何故このゲートの復讐する死者の呪詛の場所を知っているのだろう。

 ……昔、攻略しに来たことがある? それともここのボス、ヴァンパイア・ロードのことを知っている……?


 少しだけ気になるが、とりあえず今はそのタイミングではないか。


「……さて、俺の思惑通りに行くか分かんないけど、やってみるしかないかな。ヴァルド、俺が試行錯誤してる間に仲間呼ばれたら、また魔法で退治してくれんでしょ?」

「あれは魔力消費が激しいので使いたくないです。速攻で決めて下さい、先生さん」

「無茶言うなあ、だったらヒントじゃなくて答え教えてよ!」

「先生、ヴァルドさんほどじゃないけど僕も範囲魔法使えるから、もし幽霊来たら頑張るよ」

「あー、いい子だねえ、もゆるちゃん。頼っちゃおうかなあ」

「……貴様、もゆるに助けてもらおうだなんて1万年早い。潰すぞ」

「いやいや、潰すなら寄ってくる死霊にして下さい」


 こんな時なのに、ユウト以外勝手なことばかり言う。まあ、レオはいつも通りなのだが。


 ヴァルドに至ってはおそらく、ネイがやろうとしていることに薄々気が付いている。きっとその方向性が間違っておらず、やりようによってはちゃんと速攻で決められるからこその言だろう。

 レオがワイトを相手にした時と違って、自分のタイミングを掴む作業などいらず、ただ自身の能力を駆使すれば一気に倒せるということだ。


 だったら答えをくれればいいのにと思うけれど、ヴァルドはベースとなる知識はくれても、その解法を与える気は最初からないようだった。

 まあ、このベースとなる知識がもたらされただけでも、ネイにとってはだいぶ大きなアドバンテージではあるわけだが。


 ヴァルドがレオでなくネイを指名したのは、おそらく素早さが鍵。

 そして腕力は必要ない。搦め手を使える器用さは必要か。


 ネイが狙うのは呪詛。

 復讐する死者に復讐するべき相手を思い出させるために、掛けられた呪いを、一瞬でもいいから全て剥ぎ取る。

 剣で切り裂いてもすぐに元に戻ってしまう敵の身体に、どうにかくさびを打ち込む。その結果がどうなるか。

 ……そう、やってみなくちゃ分からない。


 ネイはポーチから聖水を取り出すと、笛に付いている上蓋を開け、針の入った筒の中に注ぎ込んだ。

 それを、ヴァルドが興味深そうに見る。


「面白い物をお持ちですね」

「吹き矢になってんの。上手く使えば役に立つかと思って」

「そうですか。良いですね、上手く使って下さい」


 このヴァルドの言葉で、ネイは自分のやろうとしていることが有効であると確信した。

 おそらく彼が内に持っていた解法と違っている。しかしそれよりも良い解法をネイが提示できたのだろう。


 ネイたちはここでようやく歩き出し、ヴァルドが見かけたという復讐する死者の近くにやってきた。

 気付かれない位置で待機し、短剣を2本取り出す。

 使うのはこれと、笛だけだ。


「僕たちも近くまで行かなくていいんですか?」

「平気平気、心配しないで。俺は奇襲が専門分野だからね。もし速攻で倒しきれなくて仲間呼ばれたら助けに来て」

「いいからとっとと行け」

「大丈夫、全然心配していません」

「心配されないとされないでちょっと微妙……」


 まあ、信頼から来る言葉だと理解しておこう。

 ネイは笛をくわえると、タイミングを見計らって物陰から飛び出した。






 やはり、奇襲をさせたらその手際の良さは感嘆に値する。

 レオはネイの敵捌きを後ろから眺めながら、その動きを自分に置き換えてトレースした。


 復讐する死者の背中に剣を突き立てるまで、もちろん気付かれることはなく。

 背中から綺麗に骨を両断し、それが元に戻る前に骨髄に至っている呪詛を聖水の吹き矢で貫いた。


 このランクの魔物には、聖水は僅かの時間しか効かない。

 呪いの浄化、アンデッドに対する麻痺、そのどちらの効果も3秒ほど。

 しかし、その3秒はネイにとってはそれほど厳しい時間ではない。


 背中に突き立てたのと逆の短剣は、側面から回り込んで即座に眉間の頭蓋を割った。その脳髄の呪詛を聖水の吹き矢で貫く。


 その瞬間、復讐する死者の全身から、ほんの刹那ではあるが呪詛が消えた。それで十分だった。


 彼らを魔物たらしめていた呪詛が消えたその時点で怨嗟が断ち切られ、彼らは果たせぬ復讐にさまよう魔物ではなくなったのだ。そして、もう人間でもない。

 もしかすると本来の復讐すべき相手への怨念が残るかと思ったが、それも杞憂だった。

 ネイがもう1本聖水を取り出して振りかけると、その身体は土塊のようにもろもろと崩れた。


 同じことをレオがやったら、もう少し時間がシビアだ。

 まず武器をコンパクトに振るうのが向いてない。自分は自分で別のやり方を考えよう。


「先生、すごい! 速攻でした!」

「お見事です。ここまであっさりと終わらせると思いませんでした」

「アン!」


 こちらに戻ってくるネイを、ユウトとヴァルドとエルドワは褒め称える。もちろんレオは何も言わない。この男にそういう言葉を掛ける気持ちがまず無いし、口では何だかんだ言うが、この男がレオからのそういう言葉を欲していないことを知っている。


 皆と合流して剣を鞘にしまったネイは、ユウトたちの賛辞に苦笑した。

 その顔は、何故か少し複雑そうな表情だ。


「何だ、敵を倒してのその顔は」


 レオが訊ねると、ネイは小さく唸った。


「……初めて、倒した敵に礼を言われました。『ありがとう』って」

「礼を?」


 そんなことがあるのだろうか。

 そう思いつつ、その心情を推し量る。


「……最後に人間として死ねたからか」

「どうなんでしょうね。俺はあんまりそういう感慨持たない方なんですけど、まあ……とりあえず、復讐すべき相手は俺らが倒しておくって言っときました」

「最後の聖水は手向けか?」

「何となく、です。……俺がもう見ていたくなかっただけかも」


 ネイはそう言って肩を竦め、黙り込んで中空を仰いだ。

 その脳裏には、ジラックの次男の姿が浮かんでいるのかもしれない。

 しかしそれを指摘するのは野暮で、レオは何も気付かないふりをして、復讐する死者の素材を取りに向かった。

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